第40話 両親への挨拶

「来たよ、お母さん。お父さん」

「ちょ、あの、七海さん。手、せめて手をどうにか」

「ん? 何が?」

「この状況でのすっとぼけはいくら俺でも見逃しちゃうよ大好きだよもう」


 わざとらしく首傾げるの可愛いなほんと。何でも許しちゃいますよ俺は。




 あー、可愛い。七海可愛い。現実逃避したい。


 俺、七海のお父さんお母さんの前で大好きって言っちゃったよどうしよう。



「さて、ご紹介が遅れて申し訳ございません。それがしは神流雪翔と申すものでござ候」

それがしを一人称にする人初めて見た。時代が百年単位で巻き戻ってるよ、雪翔くん」

「神流雪翔です。ちょっと想定外の事態にテンパりまくってます。よろしくお願いします」



 土下座したい……でも七海に両手をしっかり掴まれてて出来ない……。


「とりあえず詳しくは病室でね。お父さん、お母さん。この子がいつも話してた雪翔くんだよ」

「は、初めまして。話には聞いていたけど、中々ユニークな子だね」

「ふふ、楽しい子ね」


 ユニークさと七海大好きファンなことだけが売りですから。



 ということで、俺達は七海のお母さんが入院している病室に向かった。大部屋ではなく一人部屋らしい。


 そこで改めて自己紹介を行う。俺はある程度済んだ……あれを済んだと言っていいのかは分からないけど、終わったことにして二人がしてくれるらしい。



「私は七海の父、くすのき五織いおりだよ。いつも七海から雪翔くんの話をたくさん聞いてる。……本当にありがとう」

「い、いえ。俺も好きでやってるので」



 五織さん、か。五織様と呼んでも……さすがにドン引きされそうなのでやめておこう。


「私は七海のお母さんのくすのき二葉ふたばです。雪翔くん」

「え、あ、はい」



 ただ名前を呼ばれただけではなさそうで、思わず返事をしていた。


 二葉さんと五織さん、二人の名前を足して七海という名前になったのかなとか考えていると――七海ごと抱きしめられていた。



「ありがとう。七海のことを支えてくれて。……七海、ごめんね。大変な時にお母さんとお父さんが居なくて」

「……ううん。二人が大変なのは知ってたから」

「それでも、七海にまで気が回らなかったのはダメね。さっきお父さんとも話をしたからね」



 ……良かった。これからはもっと親子仲良く出来そうだな。

 ところで俺、なんで抱きしめられてるの?



 と考えた頃、二葉さんの抱きしめる力も強くなった。



「雪翔くん。ありがとう……本当に。雪翔くんと会ってから、七海は凄く楽しそうに話してくれるのよ」

「いやいや、俺も七海に好きって伝えられる絶好の機会なので」

「ふふ。『ぴょんぴょん』さんらしいわね?」

「えっ」


 えっ……


 えっ!?


 もう話したの!? と思って七海を見ると、彼女も驚いたように目を見開いていた。



「ふふ、やっぱり合ってたのね」

「ちょ、え? なん、なんで?」



 意味がわからず困惑していると、二葉さんがくすりと笑う。


「七海が雪翔くんのことを話してる時にね。思い出すんだよ。――七海に初めてファンが出来た時。初めてファンレターを貰った時のことをね」

「ほ、ほんと……?」


 七海が驚き混じりの声を上げると、二葉さんが大きく頷いた。


「ふふ。それくらい楽しそうなのよ、七海が雪翔くんのことを話してる時はね」

「そ、それでもどうして気づけたんですか……?」

「お母さんは娘に関することならなんでもお見通しなのよ」


 漂う強者感がやばい。そりゃ最推しのお母さんだしそうか。

 あと、昨日は体調を崩していたと聞いたが今日は…………いや、こういうのは良くないな。我慢してくれてるだけなのかもしれないし。


 改めて気を引き締めようとしたが、暖かな声に緊張が緩んでしまう。



「ずーっと七海のことを応援して、支えてくれてありがとう」

「……俺も、七海さんに助けられた過去がありますから。その時のお返しをしただけです」

「それでも、貴方が七海を支えてくれたのは事実なのよ」


 ……大人しくお礼を受け入れた方が良さそうだ。否定、というかあんまり言い返すことじゃない。


 そして、二葉さんが俺達を解放して――にっと笑った。



「これからも私の娘をよろしくね、雪翔くん」

「この命が燃え尽きようとも守護まもります」

「それはダメ」


 この命さえ捧げ――と言おうとしたけど、二葉さんが指で小さくバツを作った。



「七海を大切にする気持ちと同じかそれ以上、自分に向けないとダメよ」


 その仕草もあって、めちゃくちゃ若く見える。本当にお母さん……? 少し歳の離れたお姉さんとかじゃなくて?



 でも、そんな考えは――すぐに消え去った。




「自分を大切にしないと、いつか大切な人を悲しませることになるからね」




 表情は変わらない。声も明るく楽しげだ。



 それでも、ずんと心に沈み込むような重さがあった。



「……分かりました」

「うん!」


 大きく、嬉しそうに頷く二葉さん。

 なんとなく、七海がどんな風に育ったのか分かってきた気がする。良い両親に恵まれたようで良かった。……本当に。



「七海のこともすっごく心配だったのよ。貴船さん達もそうだけど、雪翔くんが居てくれて良かった、本当に。ねえ、お父さん?」

「そうだね。本当に居てくれて良かったと思うよ」



 すっごい穏やかな表情を浮かべる二葉さんと五織さん。



 ……えっと、これ言って良いんだろうか。知らないよな。

 多分、二人は知らないはずだ。俺が昨日、七海の家に泊まったことは。



 これ、話した方が良いんだろうか。でも七海が言いたくなければ――



「ううん、言いたいかな。私は」

「……俺ってそんなに顔に出やすい?」

「なんとなくだよ」

「昨日のことっていうのは……」

「もちろん分かってるよ。大丈夫だよ、話しても」


 そっか。話していいのか。



 ……うん、そうだな。言わなかったら七海も気持ち悪いかもしれないし。



「俺から言うよ」

「うん、お願い」


 こういうのは俺から言わないといけない。……あんまり七海に負担も掛けたくないし。



「お二人に一つ、謝罪したいことがあるんです」

「私が頼んだこと、っていうのも先に付け足しておくね」


 ……まあ、そうだな。それを言わないのも違うか。



 真面目な表情へ切り替え、二人もまっすぐに俺達のことを見てくれた。



「昨日、俺は七海さんの家に泊まりました。……お二人の許可なく泊まってしまって申し訳ありません」


 そこまで言って、頭を下げる。土下座は……この場では相応しくないと思ったから。




「……頭を上げて、雪翔くん」



 少しして、五織さんの言葉に顔を上げる。



「ありがとう、話してくれて。別に責めたりはしないよ」

「……はい」



 なんとなく気づいていた。この二人はこういう時、責めるタイプじゃないんだろうなと。


 やっぱりあの人達とは……今思い出すのはやめておこう。



「……えっと、雪翔くん。ちょっとだけいいかな?」

「ん?」


 その時七海に声をかけられた。どうしたのだろうと見ると……彼女は顔を真っ赤にしていた。



「分かる。分かってるよ。雪翔くんがそれだけ真剣で真面目なんだなって。……でもね。今のはちょっと真剣すぎて、凄い誤解をされてそうなんだ」

「……ん?」



 その言葉の意味が分からず、首を傾げてしまった。


 誤解? というか真面目って言われても、そりゃ異性の、しかも男が泊まりに来るなんて大事だし。何も出来る訳がないとはいえ――



 ――あれ、もしかして誤解?



 気づいてしまった瞬間、顔に熱が上ってきた。いやいや、まさか。……まさか。え、ちょっと俺の言い方が本気すぎた?



「ご、誤解は後で私が…………別に解かなくてもいっか」

「な、七海さん? すっごく不穏な言葉が聞こえてきたような気がするんですが。……と、というかその、ち、違います。何もなかったですから。だよな?」


 同意を求めて視線をそちらに向けると……なぜか、七海は更に顔を赤くした。



「…………うん、何も無かったよ」

「間が完全に何かあるやつなんですが!?」



 ――というやり取りをしている間、二人はどこか生暖かい顔でこちらを見ていた。



「病院食にお赤飯って出るのかしら、お父さん」

「さ、さすがに難しそうだけど……頼んでみる?」



 それから誤解を解くまで、十分くらいの時間を要したのだった。

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