第28話トラップとミス

「私は犯人を探るためにとある罠を張っていた」

「……罠ですか?」

「そう。罠」


 楠のメールアドレスを流出させた人物を探るための罠……パッと思いつかないけど。



「元々七海ちゃんのメールアドレスを知っていた人に『諸事情でメールアドレスを変えました』と言って、それぞれ違うメールアドレスを渡す。そうすれば流出した時にすぐ分かるんだ」

「……めちゃくちゃ力技ですね」

「でも、これが一番早い。雪翔くんのお陰ですぐ罠に食いついてくれたからね」

「俺の?」


 俺なんかやったっけ? 最近やったのなんてPOP作りしか……。



 ……。


「すみません、一つ質問良いですか?」

「うん、いいよ。何でも聞いて」

「楠のメアドを流出させた犯人って亜虹ちゃんで合ってるんですか?」

「……うん、合ってるよ」



 ……まじかぁ。あのニュース、本当だったのかぁ。



「となると、俺のPOPに反応したと」

「正解。動機はもう気づいたかな」

「妬みとか焦り、ですかね」

「その通り。……ちょっと裏の話になるけど良い?」

「……はい」


 正直あまり聞きたくないけど、楠木のためなら仕方ない。


 俺が頷いたのを確認して、貴船さんが続きを話し始めた。



「業界の認識としては、【サイス】より【Suh】の方が上として見られていた。単純にSNSのフォロワーや、PVの再生数。そして、世間への影響力を鑑みてね」

「……なるほど」

「ちなみに『世間への影響力』っていうのには君も関係あるからね」

「えっ?」



 なんで俺? と思ったけどあれか。丁度今話してたもんな。


「POP……というか、それによるバズりですか」

「その通り。他にもあるけど……これはいっか。ともかく、総合力は【Suh】の方が上だと見られていた。これまでは良いね?」

「はい」


 喜んでいいのか複雑なものである。……一旦飲み込もう。



「だけど、一ヶ月前くらいからそれは拮抗し始めた。……七海ちゃんの活動休止はかなり影響があったんだ。もちろん霞ちゃんと津海希ちゃんが頑張ってくれてたから、大幅な成長が緩やかになった程度だよ」


 その辺りは仕方がない……と言いたいけど、実際成長がストップしたり、ファンが減らない辺り二人は本当に凄く頑張ってると思う。

 


 そして、貴船さんの目が、表情が――自然と鋭くなっていく。



「それでも、【サイス】との差が縮まるには十分だった。彼女達の実力もあって、新曲も流行ったからね」

「だけどPOPの件があったから……総合力で差をつけることは出来なかったと」

「そうだね。月間の再生数で言えばこっちの方が上だった。向こうは新曲も含めてね」


 ……バズれるくらいの地力はあった、という証明にもなると思うけど。向こうからすればそりゃ面白くないよなぁ。



「そこで亜虹ちゃんは焦って、またメールアドレスを流出させた。『ここで復帰されたら元に戻ってしまう』と考えてね」

「だけど、そのメールアドレスは楠のメールアドレスじゃない」

「そう。罠に引っかかってくれた訳だね」



 ここまでは理解出来た。しかし、分からないこともたくさんある。



「その後はどうなったんですか?」

「話し合いをしてきたよ。【サイス】のメンバー三人とプロデューサー、マネージャーとね」

「随分思い切りましたね」

「だけど、最初から公表するつもりはなかったよ。デメリットがあまりにも大きすぎる」


 その言葉を聞いて、一つ確認したいことを思い出した。

 いや、違うと分かってる。それでも念の為だ。



「俺もそうではないと思ってるんですが、情報を提供した関係者というのは貴船さんではないんですよね」

「ああ、うん。もちろん。七海ちゃんのことを考えれば公表する選択肢はまずないからね」


 その言葉に安堵した。


 ……しかし、同時に新たな疑問も出てくる。


「そうなると関係者というのは……」

「調査中だからまだ分かっていない。憶測で話す訳にもいかないからね」



 楠の家も遠い訳ではない。俺もあまり質問は挟まないようにしようと一つ頷いた。



「私はこの話を表に出さない代わりに二つ要求を出した。一つ目は『これ以上楠七海、及び【Suh】のメンバーに嫌がらせをしない』こと。二つ目は『【Suh】と今までと同じように仲良く過ごす』か『二度と【Suh】』と関わらないこと」



 その言葉に息を飲んだ。


 随分と極端な二択だ。しかも、今までと同じようにとは……かなり難しいだろう。



「うん、分かってるよ。……そんなこと出来るはずがない。それでも私は信じてみたかった……んだけど、最終的には関わらない方を選ばれたね」

「……そうでしたか」

「そこまではまだ良かったんだよ」



 貴船さんが無理に笑おうとしたせいか、頬を引き攣らせた。


 ……楠のためにそれだけ頑張っていたのだと、痛いほど伝わってくる。



「どこかから話が漏れたんだ」

「……どこかから?」

「ああ。もちろん業界全体が知ったとかそういう話じゃない。上層部に漏れたらしくてね。あくまで『噂』止まりだっただろうけど、それでも【サイス】は仕事を減らされることとなった」



 ……よくある話、と言えばそうなのだろう。


 アイドル業、というか芸能業界。更に大きく広げると、有名人はイメージが大切だと思う。


 不祥事があればその業界から干される。番組やテレビ局のイメージを下げないために。……ということなんだろう。



「それが原因で、亜虹ちゃんはいじめられた」

「……あれも本当だったんですか」

「うん。お弁当が捨てられる、私物がなくなる。……それと、聞こえるように陰口を言ったりとかね」

「それは……」



 また何とも言いにくい話だ。

 二人が亜虹ちゃんを恨むのも当然かもしれないが……いじめを肯定したくはない。



「だけど、それは自分達の首を絞めることになった。……亜虹ちゃんが悪い方に吹っ切れたんだ」

「匿名掲示板でデマを流した、というやつですね」

「そうだね。……向こうのマネージャーからそう連絡が来たよ。『今度は大事になる前に』ってね」


 今度は向こうのマネージャーが上手くやろうとしたが、それもどこからか流出したと。



「とりあえず、簡単にまとめるとこんなとこかな」

「大体分かりました」


 まだ気になるところはあるけど――楠の家にもうすぐ着く。



「楠はどんな感じですか」

「……そうだね」


 貴船さんの表情が更に険しくなる。少しの間を置いて、話してくれた。



「七海ちゃんは周りに心配を掛けさせないようにする。学校でも基本的には明るく振る舞ってる……よね」

「はい。一人の時以外は。……俺が偶然見かけた時も無理やり笑おうとしてました」

「そっか。今は自分を隠せなくなるくらい追い詰められているんだ」



 つまり、と。貴船さんの瞳がこちらを見つめてくる。



「七海ちゃんは今日一度も笑っていない。私の前ではもちろん、霞ちゃんと津海希ちゃんの前でも。……これは初めてのことなんだよ」

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