第27話 炎上
「……んぅ?」
その日はアラームではなく電話で目が覚めた。時間を見ると、七時半。……いつの間にかアラームを消してたらしい。寝不足こっわ。明日から気をつけよう。
そして、電話を掛けてきた相手は要だった。
「もしもし。どうした?」
『寝起きか? まだニュース見てないか?』
「ニュース?」
『ニュースって言ってもネットの方だな。待ってろ、今送る』
やけに切羽詰まった声。ただ事ではないと頭が回転を始め、スピーカーにしながらスマホの画面を開く。
すぐにとあるニュースが送られてきて――
「……は?」
『【Silent spell】のリーダー、
リンクを開き、ネット記事を詳しく見る。
内容としては、亜虹ちゃんが匿名掲示版にて楠のメールアドレスを流出させたこと。そして、誹謗中傷や悪質なデマを流していたことが書かれていた。
「……嘘だろ。亜虹ちゃんが流出させてたのか」
『ん? お前なんか知ってたのか?』
「……噂程度には。これ、デマじゃないのか?」
『可能性はゼロじゃないと思う。関係者からの流出、ってだけらしいし』
要の言う通り、ニュース内では詳しく誰からのタレコミ……とかはなく、【サイス】の関係者としか書いていない。
……待て待て。あのグループいじめもあったのか? しかもいじめられてたのが亜虹ちゃん? よく分からなくなってきたぞ? やっぱりデマなのか?
だけど――
「デマだとしても、こんなに拡散されたら……厳しいだろうな」
『そうだな。ネットの悪いとこが出てる。雪翔はあんま見るなよ。今トレンドとか酷いから』
「……分かった」
デマだったとしても、火消しはかなり難しそうだな。……うぅむ。
【サイス】も気になるんだけど、一番気になるのは楠だ。
「悪い、ちょっと電話切る」
『ああ。学校は来れるのか? 無理はしない方が良いぞ』
「……後で連絡する」
『りょーかい』
一度電話を切り、息を吐く。
「……結構ショック受けてんな、俺」
頭の中に浮かんだのは、二グループが音楽番組やラジオでコラボしている姿。【サイス】のメンバーも仲が良かったはずなんだけど。
……いや、まだデマの可能性はある。公式から情報が出るまで待とう。それより楠だ。
『楠。もし辛かったら言って欲しい』
その言葉を送り……少しだけ悩んだ後。『一人が辛かったら行くよ』と送る。文面だけ見たらちょっと怖いような気もするけど、さすがに大丈夫だと思う。
スマホを持ちながら歯磨きや顔を洗ったりするも、返事はない。もう学校に向かってるのか、それとも……。
電話、掛けてみるか? いや、多分今精神が不安定になってるはずだ。チャイムの音も怖いと言っていたし、それは良くない。
何か、何かないか。
――そうだ。
連絡先を移動し、ある人へチャットを送る。
『朝早くに申し訳ありません、店長。貴船さんと連絡って出来たりしますか?』
チャットの相手は店長だ。
店長なら貴船さんと従姉妹だし、連絡を取れないだろうか。……まだ仕事時間ではないはずだし。
すぐに既読が付き、返事が返される。
『ニュースの件だよね、私も今さっき見たところ。あの子とは?』
『連絡がつかないんです。電話を掛けるのも良くない気がして』
『分かった。連絡してみるよ』
その言葉にホッとした。とりあえず外に出る準備はしなければいけない。
サクッとトーストを作ってかじり、学校に行く準備をしていると――電話が掛かってきた。知らない番号だ。
だけど、誰なのかなんとなく想像はついた。
『もしもし、雪翔君で合ってますか? 貴船です』
「貴船さん。はい、雪翔です」
『梨花から聞いて掛けたけど、今大丈夫?』
「大丈夫です」
後はもう着替えて出るだけだ。今日は体育もないし、教科書類は昨日の夜で入れている。
『七海ちゃんに関してなんだけど……今は私が七海ちゃんの所に居る』
「そうでしたか」
その言葉にホッとして息を吐いた。貴船さんが居るなら――と思いながらも、続く言葉に意識が引き締まる。
『うん。……でも、かなり精神に来てるみたいでさ。雪翔くん、ごめんだけど――』
「今行きます」
『いや、ちょっと待って』
カバンを取ろうとして、貴船さんに止められた。
『今、雪翔くんが来てくれると凄くありがたいよ。……だけど、そうなると君は学校を休むことになる』
「一日くらい問題ありません」
『君ならそう言うと思ったけどね。七海ちゃんが自分を責めかねない』
「……そうなりますか」
『うん、ごめんね。雪翔くんも気になるだろうけど』
「いえ、それが楠の為になるんだったら大丈夫です」
逆に気を使わせてしまっては意味がない。そうなると――学校が終わってからになるか。
『放課後、時間を作って欲しい。本当にごめん』
「いえ、今日もバイトはないので大丈夫です。終わり次第すぐ向かいます」
『いや、私が迎えに行くよ。終わるのは何時頃かな』
「四時ちょっと過ぎくらいには」
『分かった。学校の方には私が連絡しておくから、終わったら駐車場まで来て欲しい』
「分かりました」
そこで電話が切れて、俺は一度大きく息を吐いた。
「学校に行く準備、始めるか」
◆◆◆
「大丈夫……じゃねえだろうな」
「まあ、そうだな」
学校は【サイス】の話題で持ちきりだった。いや、【サイス】だけじゃない。【楠七海】の話題も
【サイス】に勢いが出ていて、最近教室で話していた生徒達は多かったからだろう。
その生徒達は彼女を見限ったようなことを話すか……『実は【Suh】が妬んで仕込んだんじゃないか』とか【Suh】を悪者として考える人に別れた。
この分断は非常に良くない。SNSでもよく見る流れだ。まさか現実で見ることになるとはな……。
それに、彼ら彼女らは楠がこのクラスの生徒だと分かって話してるのだろうか。
これでも俺はそこそこスルースキルが高いと自負している。それでもこの状況は中々辛いところがあった。
「……分かった。ちょっとどうにかする」
「過保護。要に動いて貰わなくても大丈夫だから」
「だけどな……」
「とにかく大丈夫だ。どっちかって言うと楠の方が心配だし。……あ、やっぱ楠を悪く言おうとしてる人達はどうにかして欲しい」
「……分かったよ。来週までにはどうにかしておく。俺も気分良くねえしな」
「めちゃくちゃ助かる。ありがとう」
要が居ると心強いなほんと。
そうして話しながらも時計を確認した。
もうすぐ学校は終わるし。そろそろ貴船さんも来るはず――
「神流君、迎え来てるよ。SHRは良いから行っておいで」
「あ、先生。分かりました」
どうやらもう来てたらしい。先生に呼ばれてすぐにカバンを取って――要が一歩前に出た。
「迎えって誰ですか。先生」
「え? いや、それは……」
「要、大丈夫だ。あっちの人達じゃない。どっちかっていうと店長寄りの人だ」
……確かに迎えってだけ聞いたら要も警戒するよな。でも話す訳にはいかない。どう話そうか。
うん。めちゃくちゃ濁すしかないな。
「俺が知ってる人で、信用出来る人だ。店長も知ってる人だから安心してくれ」
「……なんかあったら絶対言えよ」
「おう、本当にありがとな。……それじゃ、また来週」
今度こそカバンを持って、教室から出る。
来客用の駐車場に一台の車が止まっている。俺に気づいて、窓から貴船さんが顔を出した。
「雪翔くん、こっち乗って」
「分かりました」
流れるまま俺は助手席に乗り、シートベルトを締める。
貴船さんは目の下を腫らし……酷くやつれているように見えた。
「ああ、ごめん。メイクする暇もなくてね。……私の方でも最近色々あったからさ」
「お疲れ様です。本当に」
当然貴船さんの方も色々動いているんだと思う。この辺は貴船さん頼りになってしまうが……俺に出来るのは楠に会うことだな。
「……色んな話を聞いてきたはずだからね。現時点で私が知ってることを全て話すよ。七海ちゃんの家に向かいながらね」
「分かりました。楠は一人で大丈夫なんですか?」
「一人じゃないから大丈夫。……午後からは霞ちゃんと津海希ちゃんが来てくれたからね」
それなら良かっ……ん?
「えっと。二人が居るんだったら俺、要らなくないですか?」
「いや、必要だよ。君は彼女にとって必要な存在だ」
さすがにそれは言い過ぎじゃ……と返すことは出来ない。
貴船さんの声も表情も真面目なものだったから。
「……さて。じゃあ時間もないからね。早速話そう」
話を戻し、貴船さんがこれまでの経緯を話し始めたのだった。
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