第24話 推しについて探る

「最近七海ちゃんの呟きが増えてて嬉しい」

「そ、そう?」

「日常の呟きが何億の俺を救うか……」

「雪翔くんが億単位で居るの……?」

「増えようと思えば増えます」

「日本の人口ピラミッドが凄い極端なことになっちゃうね」



 色々とあったけど、未だに放課後の密会……というとあれだな。いつもの大好きだと伝える時間は続いている。


 精神的なものはすぐに治るものじゃないし、多分根本的な解決もしてないしな。その辺また貴船さんに聞いてみたいところだ。

 ……連絡手段がないんだけど店長、聞いてくれたりしないかな。



 それはそれとして。今日は色々と探りたいのだ。



「そういえば楠に一つ聞きたいことがあるんだけど」

「ん? なにかな?」

「楠ってアイドル関係の……ダンスと歌以外で趣味とかあったりするのか?」

「ないよ」

「即答」



 それとなく誕生日のプレゼントの参考にしようと思ったんだけども。



「精一杯だったからね。努力を欠かさない人たちに食らいつく……追い越そうなんて思ったら、その人の何倍も努力をしないといけないから」

「……そっか」

「うん。最近は練習もあんまり出来てないんだけどね。ブランク、凄いことになってると思う」


 楠が自嘲気味に笑った。


 ……どうしてもまだ歌やダンスなどの練習をしようとすると、脚がすくんでしまうらしい。



「最近楽しいのは……雪翔くんと話すこと、なのかな? 趣味とはちょっと違うけどね」

「好きぃ……」


 ほっぺをほんのりと赤く染め、はにかむように笑う楠。もう大好きです。


 でも、そうなるとやっぱり難しいな。プレゼント、どうすれば良いんだろ。



「……もう一つ聞いても良かったりする?」

「うん、何でも聞いて!」


 推しのテンションが高い。楽しそうだし良いことだ。もっとガンガン上げて欲しい。いや、俺が上げさせなければ。



「答えたくなかったら答えなくて良いんだけど……その、霞ちゃんと津海希ちゃんと出かけたりするのか?」


 そう聞くと、楠は楽しそうに頷いた。


「うん! 最近はあんまりないけど、津海希のカフェ巡りに付き合ったりしてたよ!」

「何それ尊い」

「私も霞も甘いの大好きだからね。最近は忙しくて行けてないけど、カラオケとか。霞ちゃんの試合とか見学しに行ったりね」

「【Suh】三人でカラオケはもうライブだ……」


 霞ちゃんの試合、というのは剣道のことだろう。霞ちゃん、小さい頃から剣道やってたはずだし。……こっちも最近は忙しくて顔出せてないって言ってたなぁ。



「あ、ごめん。一つだけ趣味あったかも」

「なんだ?」

「……笑わない?」

「例え口が耳まで裂かれようと笑いません」

「雪翔くん、たまーに怖い例えするよね」


 何があっても笑いません。人の趣味も努力も。



「私ね。【Suh】のグッズ集めるの好きなんだ」

「……!? 初知りなんだけど」

「うん、今初めて言ったからね。雪翔くんしかこのことは知らないよ」

「えっ……えっっっっっっっっ!?」


 サラッととんでもない情報流しましたね!? 確かに俺が知らない情報ってことは表に出てないだろうけど!?


「雪翔くんなら誰にも言わないって信じてるから」

「そりゃ言わないけども」


 楠に関して俺かは誰かにバラしたことは一度もない。要にも言ってないしな。

 それにしても……信じてるなんて言われたら墓場まで持っていくしかない。



 ニコリと微笑む楠に脳を焼かれていると、彼女がパンと一つ手を鳴らした。


「話を戻すけど、私、ほんとに【Suh】のことが大好きでね。自分のグッズを買うのはちょっとだけ恥ずかしいからあんまりしてないけど……二人が関係するグッズは全部買ってるよ。多分、雪翔くんと同じくらいね」

「ということは大体コンプしてるのか……」



 ニコニコとした表情を崩さない楠。元々疑ってないけど、多分これガチの話だ。



 でも、ふーむ……そうなるともっと難しくなってきたな。



「あ、悪い。今は考える時間じゃなかったな。聞きたいことはこれで終わりだから、大好きターンに移ります」

「ふふ、良いんだよ? もっと考えてても」


 楽しそうに笑う楠。……全部バレてそうな気がする。多分バレてる。



 ◆◆◆


「……はぁ。どうしたものかな」


 暗い部屋の中。『女子友達に送る誕生日プレゼント』と調べてみるものの、結果を見てため息を吐いてしまう。



 アクセサリー系は友人へ送るにしては重すぎる。やはり無難なものだとお菓子類とかになる。


 やはり無難……それで良いのだろうか。



 スマホを置き、改めて考える。



「……消耗品、とかもアリっちゃアリか」



 主に使いやすいタオル、ハンカチ系。


 美容品は……体に合わない可能性があるのでNG。香水やシャンプー、ボディソープはセンス頼りだし、好き嫌いがあるからダメだろう。



 ……うーん。まじでどうしよう。ネットの知を頼ってみるか。



『【ゆる募】異性の友達に送るプレゼント』



 そう呟くとすぐに反応が来た。いつも一緒に推し活してくれる人だ。


『ぴょんさん彼女持ちなんですか!?』

『友達です』


 絶対勘違いされるだろうと思ってたので、即返信をする。これはツリーに追記した方が良さそうだな。



『追記:相手にはかなりお世話になってる。恋人ではない(重要)仲はそこそこ良いとは思う。あと、多分サプライズを期待されてる』

『ぴょんさん……今ぴょんさんと俺の間に繋がってた友情が崩れましたよ』

『異性の友達が居るだけで崩れる友情は友情じゃないでしょ』


 それにしても冷やかし……というか、からかいがめちゃくちゃ多いな。ネットだし当然か。

 ただ、中には真面目に答えてくれる人も居る。



『ぴょんさんと仲良いってことは【Suh】も知ってるのかな? それならグッズとかはどうかな?』



 お、珍しい【Suh】の女性ファンの人だ。


 この人、あんまり表に出てこないけどかなり【Suh】に詳しいんだよな。色んな人にリプを送ってるし、多分俺と同じで推しについて語り合いたいタイプのファンなんだろう。



 でも、グッズか……今日楠が言ってたのもそうだけど、そういえば最初にバイト先来た時も【Suh】のグッズ買ってたよな。



 でも、めちゃくちゃグッズ持ってるっぽいし、限定品とかは本人達にも配られてるだろうしな。そう思いながら更新をすると、もう一つ返信がついた。


『オリジナリティが欲しいんだったら、ぴょんさん手作りのぬいぐるみとか喜ぶんじゃないかな?』

『その手がありましたか』



 昔……最初期の【Suh】にぬいぐるみのプレゼントをしたことがあった。楠をかなりデフォルメ化した小さなぬいぐるみだな。



 その頃はまだプレゼント規制とかもされておらず、事務所の厳格なチェックはあったものの渡せたのだ。



 普通ならドン引きされそうなものだけど、楠はその後握手会とかファンレターとかで何回もありがとうって言ってくれた。

 お世辞にしては言い過ぎな気もするので、多分ちゃんと喜んでくれたんだと思う。そう思いたい。ちょっと愛が重いくらいは許して欲しい。


 多分他にもぬいぐるみを作って送ってる人とかも居るだろうし、今度は三人分作っても良いかもしれない。



『ありがとうございます。そっちで考えてみます』



 そう返信しながら一つ、違和感を覚えた。



 ――あれ? 俺、ぬいぐるみを作れるって呟いたことあったっけ?



 でもまあ、この人……『seven』さんは俺がぬいぐるみを作れるって知ってたし。多分どこかのタイミングで呟いたんだろうな、きっと。


 ◆◆◆


「なんかお前、最近忙しそうだよな」

「ん? 来月が楠の誕生日だからな」

「それにしちゃ準備期間長くねえか……? ずっと難しい顔しながらスマホ触ってんじゃん」

「ああ。ファンアカウントの方で色々やろうと思っててな」



 こっちもこっちで色々準備が必要なのである。俺一人じゃ出来ないからな。

 前から準備は進めていたけど、最近は色々チェックで忙しいのだ。


「なんか手伝うことあったら言ってくれ」

「助かる。でも今回は大丈夫だな。俺にしか出来ないから」

「ふーん、そうか」



 どちらも俺一人でやりたいことだし。ファンアカウントの方は俺にしか出来ない。



 さて、あと一ヶ月頑張るか。

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