第48話【3分前(3 minutes ago)】
捕まえた犯人が入院しているのは、長い廊下の一番奥にある特別室。
その廊下を、白衣を着た1人の女医が歩いてゆく。
身長170センチの黒髪の女医。
脚の脹脛ふくらはぎの部分が僅かに外側に湾曲しているが、痩せ型でもなく、かといって太っているわけでもない均整の取れた健康的なプロポーション。
シーナだ。
**3分前**
「これから、どうします!?」
「ここからは真正面だから、台車の陰に隠れて進んだとしてもそうウマくはいくまい」
「では、銃を?」
「倒した奴等の持っていたサプレッサーを使えば簡単に倒せる。もし部屋の中にいる敵が倒れた音に気付いたとしても、相手を倒してダッシュで扉の前に取り付けば、まあ何とかなるだろう。……あとはサンダースとコーエンが、今こっちに向かっているから応援を待って仕掛けるかのどちらかだ」
応援について言う前に間が開いたのは、この状況で応援を待っても特に何も進展しないことを分かっているからなのだろう。
敵を射殺するだけが目的なら話は違ってくるが、狭い一本の通路で数が多くてもそれほど意味がない。
我々の目的は、あくまでも空港で捕まえた実行犯への尋問。
まあこういう状況でそれを遵守しようというのも無理があるとは思うが、最初の計画を簡単に変更しないのは現場にとってありがたい。
「私に、やらせてください」
「私に? なにかいい考えでもあるのか」
「はい。 私が医師に成りすまして部屋の中に入ります」
「無謀な賭けだな……しかし医師に成りすますのであれば、医師免許を取得している私の方が適任だ」
「いえ、中佐は基地司令ですから、いくら適任と言っても駄目です」
「戦いの先頭に立つのも上官の役目だ」
「それは部下を鼓舞する必要がある場合だけです。こんなに血気盛んな部下が居る場合はリスクを侵してはなりません。それに上官たるものは常に部下に的確な指示を出せる状況にある必要があり、けして自ら進んで無謀な賭けに出られてはいけません」
「士官学校の教本通りだな……分かった、任そう。それで私は何をしたらいい?同時攻撃か!?」
「いえビアンキ中佐には援護をお願いします。もし私が通路にいる敵に反撃を受けることが有り、その反撃が銃である場合なら……」
「その時は?」
「銃を撃って私を助けてください」
「了解」
リリアン・ビアンキ中佐はその時だけ笑った。
もしもの時は、銃を撃って助ける。
たしかにそのとおり。
仲間の身が敵の銃により危険にさらされた時にだけ銃を使う。
倒した敵が持っていた銃を使えばサプレッサーも使用できるから、ここから撃つこともできる
こういう稼業をしながら、しかも銃が玩具のように使われているここアメリカで、それを当たり前のことのように言うシーナが頼もしくて可笑しかった。
それに私が2人倒したタイムを計り、そのタイムを目標にした負けん気も面白い。
私は小さな子供のころから今に至るまで、友達と言うものに縁がなかった。
10歳で大学に入ったくらいだから、学生時代のどの部分を切り取っても同じ歳の子と過ごした期間は皆無と言っていい。
飛び級に次ぐ飛び級を繰り返し、1年で6学年も飛び越えたこともあった。
当然周囲からは奇妙な目で見られた。
いくら頭が良くても運動神経は鈍いだろうと勘違いして、からかってくる輩も居た。
だがIQの高さを有効に利用できるのは、学力だけではない。
頭が良いというのは努力の積み重ねや経験の積み重ねだが、IQが高い=必ずしも知能が高いわけではない。
IQが高いというのは、ただ単に脳神経の伝達速度が速いというだけで、賢い人になるためにはやはり努力が必要になる。
しかし脳神経の伝達速度が速いなりの利点はある。
それが運動能力や、動体視力、反射神経といったもの。
私は歳の離れた同級生たちから浴びせられる奇怪なものを見る目の中に、いつも“いつか襲われるのではないか”と言う恐怖に怯えていた。
だから体も鍛えた。
親が身長の高い子に産んでくれたおかげもあってか、そういう事態には遭遇しなかったが、シーナの合気道や彼女の編み出したサイボーグ柔術には非常に興味がある。
なにしろ自ら積極的に相手を倒しに行くのではなく、相手が襲ってきた力を利用して反撃する武道が素晴らしい。
そして、様々なことに興味を抱くあの子リスのような黒い瞳も。
ほとんどの隊員が私の経歴を知っていて敬遠している中、シーナは歳の差のさえも気にしないでまるで私を同級生のリーダーのように見ていてくれる。
そんなシーナと一緒に仕事ができることが嬉しい。
サンダースが言うように、たしかに無茶な面もあるが、その無茶も含めて大切にしたい。
医師に扮したシーナの、堂々とした後ろ姿が頼もしく、そして美しかった。
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