第49話【誰がドアの向こうで待っていたのか①(Who was waiting behind the door)】

 シーナは難なくドアの前に居る2人の敵の目前まで駒を進めることが出来た。


 私はその様子を、持ってきたミメラの画像で確認していた。




「また来た」


「今度は、いったい何なのです?」


 2人の警官が、ドアまでの通り道を塞ぐように立つ。


 “今度” と言うことは、ついさっきも誰か来たと言うことなのか……。


 “また来た” と言うことはさっきも来たと言うこと、あるいは中に誰かが入っていて、次に私が来たという2つのうちのどちらか。


 医師の格好をしている私を見て、“また”と言ったということは、前に来たのも同じ医師である確率は高い。


 ここで話を間違うと、直ぐに私が偽物であることがバレてしまう。


「技師の方から機器の記録データーを取ってくるように言われましたので」


「記録データー?」


「そんなの、普通にWi-Fiとかで双方向通信が出来るんじゃねーのか?」


「失礼ですが病院内の通信は一般と違い非常に高度なセキュリティーが掛かっていますので、医療機器のデーターを外部に漏らすことはできないのでナースステーションでも異常を知らせるアラームだけしか受信できないようになっています」


「あー、だから看護師がチョクチョク覗きに来るって訳だな」


「その通りです」


 本当に、そうなのかどうなのかは知らなかったが、何でも堂々と言えばそれらしく聞こえるものだ。


「じゃあ、その記録データーを取るメモリーかなんかを持ってきていると言うことか?」


「そうです」


 当然、出まかせの話なのでメモリーなんて持ってきてはいないが、用心深い偽警官から持っているメモリーを見せろと言われた。


 大ピンチ!


 持ってもいないメモリーを探すふりをしてポケットの中で手をゴソゴソと動かしていると、CCSの食堂で精算するときに使うICカードなどを入れたケースを床に落としてしまう。


 敵に見られると私の身分が直ぐにバレてしまうので慌てて拾おうとするが、偽警官の一人がそれを察したのか私が気付くよりも一瞬早くケースに手を伸ばそうとする。


 握手が出来るほど近い距離で向き合った者同士が、ほぼ同時に床に落ちたケースを拾おうとする行為が俗にいう“ごっつんこ”に行きつくことは当事者以外なら誰にでも予想は出来る。


 私はそこに少しだけスパイスを付け加えるだけ。


 ワザと頭同士がぶつかり合うように見せかけて、相手の頭と接触する寸前に突き上げるように押してやる。


 僅かな動作なので、見ているもうひとりの偽警官からは案の定頭同士がぶつかって“ごっつんこ”したとしか思えない。


 しかし普通に頭同士がぶつかるだけでも目から星が飛び出るほど痛いのに、そこに更に突かれると言う力を付け加えられたのだから堪らない。


 この場合、問題となるのはお互いの頭がぶつかる衝撃よりも、その衝撃に対する準備の問題の方が大きい。


 頭突きを仕掛ける者と、仕掛けられる者は、たとえ同じ個所がぶつかったとしても決して同士討ちにはならない。


 なぜなら仕掛ける方は重い頭部を支える首や肩の筋肉に対して、既に衝撃に耐えると言う準備を整えているからに他ならない。


 こうして、お互いが頭をぶつけ合い、お互いがその反動で後ろに尻餅をついて転ぶ。


 当然相手側は脳震盪のうしんとうを起こしているはずだから、尻餅をつくだけでなくそのまま仰向けに転び更に床で後頭部を打つことになるから当分起きられないはず。


 何もしなければもう一人の偽警官は私と同僚の両方を見比べて、より重症である同僚の方に向かうはずだが私は女であることを最大限に利用してそれを阻止する。


 別に特別な事でもなく、ただ転んだ時にバランスを保つために少し足を開くことと、キャーっと小さく叫ぶことだけで事は足りる。


 案の定もう一人の偽警官は倒れた同僚の方に行きかけていた目を私に向け直し、倒れた私が起こしてもらうために手を差し出すとまるで魔法にでも掛かったように自然に私の手を取ってくれた。


 敵にしては紳士。


 このままノックアウトさせるのは可哀そう。


 などとは、微塵も思わない。


 なぜなら、男の目は、私の顔ではなくスカートを履いていない白衣の中を覗こうとしていたから。


 引き上げてもらったお礼に少しジャンプして、膝を鋭角的に持ち上げてご要望であるパンツが見えやすいようにしてあげた。


 でも、私の目的は、そこではない。


 彼は私のパンツを覗き見る代償として、その先にある私の膝を顎に食らい同僚と同じように床にダウンすることになった。


 ミメラを使って事の一部始終を見ていたビアンキ中佐が、私をサポートするために急いで駆けて来てくれた。


「鮮やかなものだな、仕掛けてから僅か2秒で二人を倒すとは恐れ入った。さすがだ」


 ビアンキ中佐に褒めてもらって、とても嬉しい。


 子供の頃からパパやママ、それにお爺ちゃんに褒めてもらうことが嬉しくて様々な困難を乗り越えてきたことを思い出し、現場であるにもかかわらず無意識のうちに口角を上げてしまい「……どうした?」とビアンキ中佐を戸惑わせてしまった。


「いえ、お褒め頂いたので、つい」


「つい?」


「褒められることで成長してきたことを思い出すと、つい嬉しくなって……すみません」


 シーナは、そう言うと日本人らしくペコリとお辞儀をした。


 “褒められて、成長する……”


 今まで興味があるから人は成長するものだとばかり思っていたが、そういう成長の仕方があることを初めて知ったリリアン・ビアンキは何だか良い事をしたようで自分自身も少し嬉しくなって戦いのさ中であるにもかかわらずニッコリと口角を上げていた。

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