第3話【道場で①(at the dojo)】
バーン‼
基地内にある道場で畳を叩く音が響く。
「遅い‼ 実戦では、道着の数十倍も重い防弾スーツを着ているんだ。もっと早く!」
「オーケー」
勤務時間を終えた後、道場での稽古はシーナの日課。
そしてお相手はいつもシーナの目付け役であるコーエン伍長は、身長192㎝、体重95㎏の堂々とした体格を誇る細マッチョ。
対するシーナは身長170㎝、体重は自己申告で57㎏。
バーン‼
再び畳に打ち付けられるコーエン。
仰向けになった道着の胸からは、隆々と盛り上がった汗だくの大胸筋が激しく上下に揺れていた。
「もう一回‼」と大声で叫びながら起き上がるコーエン。
「私の手ばかりに気を取られずに、もっと体の動きに注意をはらえ!」
シーナがコーエンにアドバイスを与える。
「ウッス‼」
勇ましい声とは反対に、コーエンの表情はOK寸前のボクサーのように赤く、足取りもフラフラ。
そう。
道場ここではシーナの方が、はるかに強い。
キュッキュッキュッ。
畳の擦れる音、そしてまたバーン!と受け身を取る音が聞こえた。
「チキショー、なんで上手くいかねえんだ。才能ねえ……」
投げ飛ばされて、畳の上で仰向けに寝転んだままコーエンが天井を見上げて言う。
「誰にも才能なんてない」
コーエンの隣に腰を下ろし、同じように仰向けで寝転んだシーナが言う。
「それを言うなら“誰にも才能はある”じゃねえのか?」
「いや、これでいい」
「なぜ?」
「私たちは機械の様に、あらかじめ動作をインプットされているわけではないだろう? 全ての能力は経験に基づくものだ。だから私達にはもともと何の才能もないってこと」
「慰めを言うなよ。じゃあビアンキ中佐はどうなる?俺より1つ年上の26だけど、11歳で名門大学の医学部に入り、そこを卒業した後に入った士官学校もトップで卒業して、もう中佐だぜ。あれは才能じゃねえって言うのか?」
「才能じゃないよ。どんなにIQが高くても勉強することや努力することが好きでなければ、只の危ない人間に成り下がってしまう。コーエンは学生時代なんのスポーツをしていたの?」
「高校ではバスケと野球、大学ではアメフトの選手だった」
「だから足が速いのか」
「背が高けえぶん、足も長いからな」
「それは違うと思う。コーエン。君は走るのが好きだった。 違うか?」
「ああ、好きだった。 でもなんで分かる?」
「足の長い全ての人が、足が速いわけではない。走るのが好きで、早く走るために努力や研究をして、その上に足が長いから君は人より速く走れるようになった。そうだろう?」
「じゃあシーナは? シーナは俺よりも身長で22㎝、体重では40㎏近く軽いんだぜ。いくら合気道の達人でも体格的なハンデは大きくないのか?」
「経験年数が違う。私が合気道を始めたのは5歳の時で、それから今まで合気道を忘れた日なんてない。15年間も努力してきた。それに合気道は“力の勝負”ではない」
「柔よく剛を制すか」
「バカ、それは柔道よ。合気道は、人間の体のつくりを利用した体格差や体力によらない護身術よ」
「それは理解しているつもりだが、何故あれほどまでに人間の力を越えた強化パーツを装着した奴らまで倒せるんだ? 俺にはシーナの才能としか思えないぜ」
「それは相手が人間だからよ」
「人間だから?」
「いくら腕や足に強化パーツを装着していても、その他の大部分は人間よ。言ってみれば違法に改造されたサイボーグパーツは人間の一部分であって全部じゃない。だからいくら強化パーツを装着したところで人間の体は一定以上の力に耐えられないし、バランス感覚は目や耳からの情報を脳で処理するのだから、人間には猫や猿のような器用なことは出来っこないのよ。相手を強いと思ってはダメ」
「わかった」
コーエンが先に起き上がり、まだ畳の上であおむけに寝転がっているシーナに手を差し伸べる。
「ありがとう」
「なんのなんの」
笑顔が戻ったコーエンにシーナが上達のヒントを授け、コーエンの手を借りて起き上がる。
目の前に立つ巨体を見上げてシーナが笑って言う。
「やっぱり、たいした力ね。私なんか何もなかったように引き上げる」
「ああサンダース軍曹には敵わないが、実は力も俺の自慢の一つだ」
「もうひとつ」
「もうひとつ?」
「そう。もうひとつ大切なことを教えてあげるわ。それは過剰に相手に勝とうと思わないことね。あと力自慢もね」
「それは何故?」
「勝とうと思うと力が入るため、筋肉が硬くなって動きが鈍くなる。そしてその力のために柔軟性を損なうことになるのよ。頑張れウォルター・コーエン」
ポンと軽くコーエンの肩を叩いて励ますと、シーナは道場を後にした。
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