第4話【道場で②(at the dojo)】
道場を出ると、廊下の柱に背中を着けたサンダース軍曹がコッチを睨んでいた。
“待っていたかのよう”ではなく、あきらかに“待っていた”
しかも理由は、どうも好い話ではないらしい。
「もう稽古は上がったのか」
「はい」
「コーエンは、少しは上達したか」
「はい、彼は筋が良いと思います」
「才能を否定するお前が、珍しいな“筋が良い”なんて言う言葉を使うのは。考えが変わったのか?」
「いいえ。今でも持って生まれた才能なんて、誰にもないと思っています。生きていくうえで何かに興味を持つとか、何かを記憶に留めようとする幾つもの努力が積み重なって“才能”と言われる現象が起きるのだと私は思っています。その点で言えば、コーエン伍長の絶え間ない努力は十分に“筋が良い”と言えると思います」
「なるほどな」
「ところで、何ですか? 私を待ち伏せていたようですが」
「今日のことでチョッとな」
「今日の……」
「いったい何をやった? 交差点でトラックとバスに接触して、横断歩道で通行中の歩行者が居るにもかかわらず進入する危険行為を犯した上に、一方通行の通りを逆走しただけでなく歩道まで走る。おまけに捕らえた犯人の腕に装着されたサイボーグパーツを捥ぎ取り、重傷を負わせてしまうとは。 理由があるなら聞いてやるから言ってみろ。」
サンダース軍曹が、いつものように大声を出すわけでもなく静かに坦々と話す。
だがその口調は、あきらかに怒りが混じっていて、そのドスの利いた声と共に相手を恐怖に陥れる。
これこそがサンダースが“鬼軍曹”と言われる所以ゆえん。
この声で、この口調で非難されれば、誰しも反省せずにはいられない。
しかし、シーナは違う。
「交差点の進入時には既にサイレンを鳴らしておりましたので、非があるとすれば緊急車両の進路を妨害したトラックとバスの方にあるはずです」
こともあろうか鬼軍曹のサンダースに、口答えをするシーナ。
「では、横断歩道は?」
「通行する歩行者を驚かせてしまった非は認めますが、接触しないように十分なスペースを開けて通過させてもらいました」
「間違いないか? あとでドライブレコーダーを確認するぞ」
「そうしてください。……でも、軍曹はもう確認済みなのではないですか?」
シーナの質問に、サンダースがニヤリと笑う。
「逆走は、緊急性を考えて、仕方なかったのか?」
再びシーナに質問する。
「はい。犯人が建物内に入ると見つけるのが困難になるばかりか、新たな犠牲者が出る可能性もありますので、まだ路上を走って居るうちに追いつかなければならないと思いました。それに緊急車両には一方通行の適応は無いはずですので、逆走したと言われる筋合いはありません」
「……新米のくせに、よく知っているな。だが捕まえた犯人の腕を捥ぎ取る行為はどうだ? たとえその腕が本当の腕ではなくサイボーグパーツだったとしても、既に車のボンネットの上でのびている犯人に対して過剰な行為だったとは思わないのか?」
「相手の意識レベルを医学的に確認できる状況ではありませんでしたので犯人がのびているのか、のびた振りをして反撃を企んでいるのか私には判断できませんでした。ですから自らの身を守るためにサイボーグパーツにダメージを与えておく必要があると判断しました」
「対サイボーグ柔術の師範なのに?」
「師範であろうと、チャンピオンであろうと、少しでも油断してしまえば御仕舞です」
「だからと言って、捥ぎ取ってしまう必要はねえだろう」
「すみません。そこは軍曹の仰るとおり、軍人としては新米なので犯人と対峙して興奮してしまい手加減が出来ませんでした」
「おしとやかなことだな……」
サンダース軍曹が、呆れたようにシーナを睨む。
「こう見えても、育ちはいいんですよ」
「もし英雄になりたいのなら、部隊を辞めて1人でやれ」
「別に英雄になりたいわけではありません」
「ならいいが、あまりお前の無茶に他の隊員を巻き込まんでくれ」
「巻き込むだなんて……」
「お前のやり方は奇襲攻撃に似ている。上手くいけば大戦果だが、下手をすれば玉砕だ。まあお前は日本人だから奇襲攻撃や玉砕はお手の物かも知れねえがな」
「……」
「まあいい、俺の忠告はここまでだ」
ホッとして、寮に戻ろうと軍曹に背中を向けたとき、再び声を掛けられた。
「いつまでも、新米だからと言う理由が通用すると思うなよ」と。
道場を出て、裏庭を抜けて寮に帰る。
幹部を除くCCS(サイボーグ犯罪対応班)のメンバーの殆どは、この寮で生活を共にしている。
寮と言っても、全て個室。
入り口は女性隊員用と男性隊員用の2つのエリアに分かれていて、その2つのエリアは食堂以外には交わることはない。
部屋でシャワーを浴びながら、今日起きた事件のことを思い出す。
サイボーグ犯罪発生の一報を受けたとき、現場が近いことと犯人の逃走経路に慌ててしまった。
犯人の逃走経路上には幾つもの廃屋や空き家があり、犯人が姿をくらますには都合が良い。
しかも一旦日が落ちてしまうと、あの辺りは犯罪者や犯罪者予備軍の溜まり場となっているので、犯人を捕らえる我々にとっては都合の悪い場所と言える。
だから焦ってしまい、サイレンのスイッチを入れ忘れたまま猛スピードで走り出してしまった。
当然、街中の狭く見通しの悪い道を猛スピードで走っていれば、相当な注意を周囲に張り巡らせなければならないので走り出してからスイッチに手を伸ばす余裕はなかった。
偶然とはいえ、交差点に差し掛かった時コーエンがサイレンのスイッチを入れてくれたのは不幸中の幸い。
それがなければ私の運転する車は緊急車両として認められないうえ、ただ街中で暴走して交通犯罪を繰り返すだけの存在となっていただろう。
住民が怒るのも、サンダースに咎められるも無理はない。
サンダースの前で、私が言ったのは見苦しい言い訳に過ぎない。
彼の言う通り、私はまだ新米と言う立場に甘えている。
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