第5話【食堂で①(in the dormitory cafeteria)】


 コンコンと、部屋のドアがノックされる。




 ドアを開けると、エレンが居た。




 エレン・アルバース。


 階級は中尉。


 所属は、私たちのような実働部隊と違い情報局勤務でコールセンターのオペレーター。




 年齢は私より4歳上の24歳だけど、まるで同級生の友達のように仲良くしてくれていて、今日もこうして食堂に誘いに来てくれた。




「もう、行ける?」


「うん、髪も乾いたし、もうお腹ペコペコ」




 エレンと一緒に食堂に着くと、もう多くの隊員たちがセルフサービスで好きな料理を皿に盛っていた。




 私たちも、その列に並ぶ。




 デスクワークの多いエレンのトレーには、色とりどりのフルーツや野菜と海藻類に混じって、少しだけ肉料理が乗るビタミン&食物繊維がメイン。




 かたや実働部隊の私のトレーにはビーンズやフィッシュ、チキンを中心としたタンパク質&脂質に、その吸収を助けるための野菜が乗るエネルギーとタンパク質がメインの食事。




 飲み物もエレンはフルーツジュースなのに対して、私はミルクだ。




 サーモンフィレのバター焼きにタルタルソース添え、フォークですくっているときにエレンが「今日は遅かったのね」と聞いてきたので「サンダースが……」と答えたとき「しっ!」っと、エレンが人差し指を唇に当てて黙る様に促した。




 振り返ると、項垂れたコーエンを引き連れたサンダース軍曹が食堂の入り口に立っていて私を睨んでいた。




 振り返ったため必然的に目と目が合い、サンダース軍曹の眼光の鋭さに恐れをなした私は慌てて振り返った体を正面に戻しエレンに助けを求めた。




「私!? 無理!無理‼」


「どーして!??」




「だって私、士官候補生の時から中尉に昇進するまで、ずっとサンダースの小隊に居たのよ」




「士官候補生の時は仕方ないにしても、少尉になれば小隊長だったんでしょう? だったらサンダースは下士官だから部下になるんじゃない?」




「シーナ、知らないの? 少尉や中尉なんかよりも古参の軍曹の方が偉いなんてこと軍隊じゃ当たり前なのよ。それに、見習期間に受けたトラウマは一生ついてまわるの」




「えっ、なんで? 軍隊って階級と言う名のカースト制じゃなかったの?」




「それは命令系統上のこと。実際は、現場のスペシャリストである軍曹や曹長の方が




偉い場合の方が多いのよ」




「へぇ~……そうなの?」


「そうなのよ」




 私はエレンのようにはならない。




 小隊長になってしまえば、サンダースであろうと誰であろうとトコトンこき使ってやる。




 だって軍隊の階級は絶対なんだもの。と、思いながらチキンにフォークを刺そうとしたときに、ごつい手でポンと肩を叩かれた。




「相変わらず、よく食うな」


「はっ、はい……」




 肩越しに聞こえたのは、そのサンダース軍曹の声。




 その声に体がピクンと反応して、フォークは狙っていたチキンを外して皿を突いてしまった。




 エレンが「シーナもトラウマね」とクスリと笑った。








「やれやれ」




 やっとサンダース軍曹から解放されたコーエンが同期のルー伍長のテーブルに着くと、ルーはコーエンの肩を軽く叩いて「お疲れさま、またあの娘こかい」と笑ったので「ああ」とだけ答えた。




「しかし、さすがに鬼軍曹の誉れ高いサンダースだけあって厳しいよな。あの娘の失敗は、お目付け役であるお前のせい。俺のところの分隊長だったら、ただただ鼻の下伸ばして見ているだけだぞ」




「なんたってサンダースは、別格だからな」




「実戦経験も豊富で、元デルタ所属。将軍クラスだって一目置くバリバリの戦争屋」




「なんで、そんなエリート下士官がCCS(サイボーグ犯罪対応班)なんかに入ったんだ?陸軍学校の教官になる誘いなんてものも有るだろう?」




「ああ、そりゃあ有るだろうさ、あれだけ的確な状況判断ができる上に、技術と実績・人格の三拍子揃ったヤツはそう居やしない。楽な道なら探さなくても向こうからいくらでも転がり込んでくるはずなのに、違法サイボーグパーツを着けて人間離れしたパワーを持つ犯罪者相手と言う、いま最高に困難な任務に自ら進んで入ったんだ? ワケわからねえ!」




「たしかに……」




「しかし、そのサンダースが目をかけている、あのシーナって言う士官候補生もナカナカのモノだな」




「目をかけている? あのサンダースが!? 俺には目の敵にしているようにしか見えねえけど……」




「バカ。じゃあ忙しいサンダース軍曹が、なんでイチイチあの娘の行動をチェックしているんだ?」




「そ、そりゃあ、イジメとか荒探し?」




「んな訳ねえだろう!? サンダースがそんなケチな野郎じゃないことくらい、俺の分隊の新米隊員だって知っているぜ。じゃあなぜサンダース分隊で一番頼りになる男をお目付け役として付けている?」




「一番頼りになる男って、俺のことか?」


「他に誰が居るんだ?」




「おだてんなよコノヤロー。なにも出ねーぞ」


 コーエンがいい気になり、ルーを肘で突く。




「バーカ。分隊長の直下にあたる伍長だと言うことだ」




「あー、そーいう事……」

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