第6話【食堂で②(in the dormitory cafeteria)】

  いままでザワついていた食堂の時間が一瞬止まる。


 この現象は、基地司令官のリリアン・ビアンキ中佐が、やって来た証拠。


 寮住まいではなく通いの幹部なのだから、帰り道で好きな店でもっと美味しい料理を食べることもできるのにビアンキ中佐は必ず夕食はこの食堂で食べる。


 若干26歳の若さでCCSニューヨーク市本部の基地司令を任されている天才は、その容姿も常人を超えている。


 178㎝の高身長でスリムなボディーラインは、ファッションモデルとしても十分通用するうえに、キリっとした少し冷たくも思える目に浮かぶ青い瞳はまるでバイカル湖のように神秘的。


 金髪のロングヘア―が透き通るほど白い肌に良く似合うが、沈着冷静で殆ど変えない表情とパーフェクトな容姿が他人に冷たい印象をあたえ、隊内では“鉄仮面”とか“ウンディーネ”(自らの魂を持っていない水の精霊)と陰で呼ばれ恐れられている。


「やれやれ、鉄仮面のお出ましだ」


「コーエンは鉄仮面派か」


「じゃあ、ルーはウンディーネ派か? まあ、どっちも人間の心や魂を持ち合わせていないことには変わりはねえか……」


「そりゃあ違う」


「?」


「ウンディーネは、人間と結ばれて子供を授かることで、魂が芽生えるんだ」


 コーエンが急に笑い出す。


「ルー、オメーひょっとして、あの鉄仮面に子供を授けてやるつもりか!? やめておけ。アイツはウンディーネなんかじゃねえ。水は水でもルサールカの方だぜ! あの容姿につられていたら、そのうち水の底に引き込まれてしまうぜ」


(ルサールカ=水の精。美しい姿で男を惹き寄せ、水に引き込んで命を奪う)


「そーか? 俺は何か違う気がするんだがな」


「違うもんか! 中佐はバケモ……」


 コーエンはそこまで言った所で、ビアンキ中佐の冷徹な視線に捉えられている事に気付いて、自らの時計を止めた。


「コーエン、下らねえこと言ってねえでサッサと食べろよ」


 話すのをやめて食事に取り掛かるルー。


 食べ始めないコーエンに気付くと、コーエンは中佐に睨まれて時を止められたままだった。


 “こりゃあ本当に奴の言う通り、ルサールカの方なのかも知れんな……”と、ルーは思った。




 まったく、男はつまらない。


 得意気に女の噂話をしていても、その女に見つめられた途端、からっきし意気地がなくなる。


 リリアン・ビアンキはコーエンから目を離すと、今度はその目をシーナに移す。


 サンダースの報告ではシーナが今日も無茶をやらかしたという事だったが、私はそうは思わない。


 あの場合、シーナが犯人との接触時間を最短にすることに拘ってくれたおかげで、犯人の逮捕が出来たのだと私は思う。


 あの街で、どこかの空き家にでも逃げ込まれれば、見つけ出すことは困難になる。


 問題はシーナが時短のために無茶をしたことではなく、シーナが何故そうしたかと言う気持ちの方。


 サンダースがシーナにこれほど拘るのも、その点に気が付いているからに違いない。


 シーナの親、つまりクラウチ製作所が開発したサイボーグシステムは画期的だった。


 だがそれを速く世に広めた結果、違法改造を施されたサイボーグパーツを得て常人離れしたパワーとスピードをもつサイボーグ犯罪と言うものを発生させてしまったことは否めない。


 サイボーグ犯罪は、瞬く間に広がり、そのためにCCS(サイボーグ犯罪対応班)が設立された。


 だが悪いのはクラウチ製作所でもなく、シーナの親でもない。


 もちろんサイボーグシステム関連の特許や技術を公開しなければ、このような犯罪は防ぐことが出来たかも知れないが、それをしていたのではサイボーグシステムの装着を待っている世界中の肢体不自由者にはナカナカ行き届かない。


 シーナの両親も、そこのところは迷っただろう。


 いわば苦渋の決断だったのだろう。


 けれども彼女は、両親を恨んでいるわけではない。


 本人に直接聞いたわけではないが、あの純粋な黒い瞳を見れば直ぐに分かる。


 彼女は誰よりも両親が好きで、大切に思っている。


 士官学校に入ったのもCCS(サイボーグ犯罪対応班)に入ったのも、両親の発明に泥を塗る犯罪を止めるため。


 なんと健気けなげで純真な子。


 リリアン・ビアンキは食事をとりながら、シーナの顔に注意を注ぐ。


 子リスのようにコロコロと良く動く黒い艶やかな瞳に、真っ黒でボーイッシュなショートヘアー。


 均整の取れた健康的な体に、ふくらはぎが少し外側に曲がった日本人特有の脚が神秘的な魅力を感じる。


 笑うと幼さの残る顔が、更に幼さを増してまるで子供のように可愛い。


 シーナのことを思うと、なぜか心がポカポカと温かくなる。


 “なんだろう? この気持ち……”


 そう思っていると、シーナと目が合ってしまい慌てて目を背けてしまった。


 おまけに頬が急に熱を帯びて焼けるよう。


 この状況は、ひょっとしなくても顔が赤くなっているのに間違いない。


 リリアン・ビアンキは赤くなった顔を人に見られないように、俯いて食事に没頭することで自らの気持ちを半ば強制的に閉じた。

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