第44話【敵が待っている②(the enemy is waiting)】

 病院の階段を上る。


 おそらく敵は工事業者に化けて捕まった仲間……つまり入院している犯人を取り戻すつもりなのだろう。


 工事業者は確か黄色のカバーオール。


 目立つから分かりやすい。


「いいかシーナ、警官にも気を着けろ」


 フロアに着いてから、敵にどう対処するかシミュレーションしているところに、ビアンキ中佐が声を掛けてくれた。


「警察官……ですか?」


「可能性だが、気になることがある」


「それは?」


「メンテナンス前の監視カメラの映像に微かだが、光源のチラつきがあった」


「それは廊下の照明が、LEDランプだからではないのですか?」


「たしかにLEDランプはビデオ画像に微かなチラつきをもたらすが、今は昼間で天気は快晴。日中の太陽光の明るさは夏場で10万ルクス冬場でも5万ルクスもあり、LEDランプの場合は部屋で400~750ルクス廊下なら150~300ルクスになる様に機材の設定がされているはずだから、日中にLEDランプを直接映さない限り画像にチラつきは起こり得ない」


「それって……どういう事ですか?」


「これはあくまでも私の推理でしかないけれど、さっき私が見た映像は予め病院のセットを使って撮影された物だ。そしてメンテナンスの目的は警察官を襲撃するときにカメラに記録されないため」


「つまり警官は既に偽物に変わっているんですか!?」


「私の推理通りなら、そうなる」


 警護の警察官が入れ替わった……。


 入院している捕らわれた仲間を救出するためなら、そんな手の込んだことをする必要はないはず。


 口封じのために殺すのが目的なら、もっと簡単。


 ではなぜ、このような事をする必要がある?


 “待ち伏せ”


 つまり、狙われているのは、私たち……いや、ハーレムの事件でソシェルが言っていた通り、奴らの狙いはビアンキ中佐だ!




 空港で捕まえた犯人の2人は、すでに病院で改造されたサイボーグパーツの除去手術を受けている。


 1人は両足がなく、もう1人は右腕がない状態に戻されている。


 自分の手足を切断してまで、犯罪で金儲けを企んだ代償は大きすぎただろう。


 もしも犯人グループの目あてが、実行犯の2人だったとすれば、その目的は救出ではない。


 改造パーツを外された2人には、もう何の価値も感じていないはず。


 となると、目的は“口封じ”しかない。


 入院している2人をエサにした、ビアンキ中佐の暗殺計画。


 しかし何故ビアンキ中佐がこの病院に来ることを、奴らは知っている?


 “警察に内通者がいる!?”


 今日会議が行われることも事前に知っていて、そこでビアンキ中佐が病院に行くように罠を仕掛けた。


 奴らから賄賂をもらう見返りに、捜査情報を漏らすことは警察では昔からよくある話。


 通常の犯罪よりも危険度が高いというのもあるが、CCSを設立するにあたって警察ではなく軍が選ばれた理由の一つには情報の漏洩問題があることは確か。


 我々は大尉以下の隊員は全員寮生活を強いられていて、監視カメラはもちろんインターネットやSNSだって検閲が入る。


 どうやらCCS設立にかかわった者たちは、軍人になら多少の“人権侵害”は許されるとでも思っているらしい。




 犯人たちが入院しているフロアに向かうには、エレベーター、階段、非常階段と3つのルートがある。


 私なら非常階段を選択するが、中佐は階段を使うルートを選択した。


 階段を上りながらニューヨーク市警に、今日の警備要員の名簿を依頼した。


 名前は直ぐに届いたが、写真は少し時間が掛かるということだった。


「写真の到着まで待ちますか?」


「シーナは、どうしたい?」


「敵の目的が捕らえた2人の犯人か我々なのか分からない以上、急を要する方を優先したいと思います」


「それなら、待つ必要はないだろう」


「いいんですか!?」


「もし私が思ったように、あらかじめ病院のセットを作ってかく乱を企むほど大掛かりなことができるグループだとしたら、警備要員の名簿も既に入手済みで偽造の証明書も発行しているだろう」


「では、行きます!」


 私はビアンキ中佐に確認して、ドアノブに手を伸ばす。


 手袋の中の手が汗でぬれていた。

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