第45話【敵が待っている③(the enemy is waiting)】
「なんだよ、この渋滞は‼ ロングアイランド島からマンハッタンに向かう全ての道路が真っ赤じゃねえか!」
その頃サンダースとコーエンの乗るパトロールカーは、ひどい渋滞の中にいた。
カーナビの画面には、マンハッタンに入るために渡らなければならないイースト川に架かる7本の橋と、そこにつながる全ての幹線道路が渋滞を示す赤色で表示されていた。
「コーエン、イースト・エルムハーストに向かえ」
「軍曹、まさか飛行機で!??」
ロングアイランド島北岸のイースト・エルムハーストにはラガーディア空港がある。
「馬鹿野郎! 飛行機でどこに降りるんだ!?」
「じゃあ……」
サンダース軍曹は直ぐに無線機を取り、エレン中尉を呼び出す。
「エレン、大至急ラガーディア空港にドクターヘリを手配してくれ!」
「けが人ですか!?」
「いや、俺たちが乗る」
「軍曹が!?」
「マンハッタンに向かう道路が、どれも謎の大渋滞で動けねえ。病院に行っているシーナとビアンキ中佐が気になる!」
「了解! すぐに手配します。でも、ドクターヘリは急な病気や怪我の人に迷惑が掛かるので軍か警察に以来します」
「それじゃあ駄目なんだ!」
「何故ですか?」
「軍や警察のヘリだと犯人グループから丸わかりになるし、民間のヘリが病院に降りるのも怪しまれる」
「了解! ドクターヘリ、手配します」
「では、行きます!」
そう言って扉を開けようとした私の手を、ビアンキ中佐の細い手が止める。
「待て!」
振り向くと中佐の鋭い目が、見えるはずもないドアの向こうを睨んでいた。
「ここは私が先に行く」
「どうして? 上官を守るため盾となるのが部下の務めです。私に行かせてください」
中佐はリリアンの時のような慈しみのある優しい目を向けて「行動の先頭に立つ姿を部下に見せるのも、上官としての大切な務めなのよ」
「でも……」
「それにシーナ貴女は、見習士官で私は基地司令。部下を導くことが私の役目よ」
ビアンキ中佐は鉄のドアに片方の耳を押し付けて外の様子をうかがい、そして一気にドアを開いて飛び出した。
続いて飛び出すと、扉を開けた直ぐ目の前には2人の警官が居た。
2人とも、急に開いたドアと、そこから飛び出してきた中佐の姿に驚いた様子で振り向いた。
“2人は本物の警官なのか?それとも偽物なのか?”
いつもなら、こんなことは考えないで、ただ目の前にある障害物として処理するだけ。
だけど今は、矢面に立っていない分、余計なことを考える余裕があった。
“ビアンキ中佐はこの2人を、どう処理する?”
ところが中佐は私の考えが終わる前に、既に行動に出ていた。
……いや、正確にはドアを開ける前から決めていたという方が正しい。
なぜなら、その行動は尋常な速さではなかったから。
警察官にも引けを取らない長身の腕を横に伸ばし、右に居た警官の首に巻き付ける。
プロレス技のラリアットだ。
不意打ちを食らった警官は成すすべなく倒れ、巻き付けた腕の抵抗を利用して軽くステップを踏むや否や、今度は後ろ向きに左の警官に向けて後ろ回し蹴りを繰り出す。
遠心力の頂点に来るまでその長い足を折りたたんだまま、相手が丁度いい角度に来た途端に一気に伸ばす独特の蹴り方は破壊力充分。
しかも相手のガードを打ち破って側頭部にヒットさせた正確なキックのあとには、伸ばした長い足を一気に折りたたんで再び回転を速くして追い打ちの右の掌底を右脇腹レバーに打ち込む。
当然ビアンキ中佐の放った後ろ回し蹴りに、両手で作ったガードが木っ端微塵に吹き飛ばされて万歳状態になりノーガードとなっていたので効果は抜群。
あっと言う間に2人の警官を伸のしてしまった。
その間、3秒5。
“相手が本物か偽者かも分からないのに、こんな派手に倒してしまって大丈夫なの?”
今まで思ったことのない疑問を感じた。
おそらく私が先頭を切って飛び出したとすれば、今のビアンキ中佐と同じように目の前にいた2人を有無も言わせず倒していたはず。
今回は後衛だから、そう感じたのだろう。
すぐに倒れた警官の身分証明書をチェックする。
一応、本物っぽいが、専門家に鑑定してもらわなければ分からない。
中佐は私と違って身分証明書には目もくれずに、倒れた警官に手錠を掛けてから拳銃を押収し、ほかに武器を隠し持っていないかチェックをしていた。
そう。
いつもとリズムが違っていたから忘れていたけれど、第一にしなくてはならないことは倒した相手の拘束と武装解除。
これをしておかないと強力な反撃を食らう可能性もある。
“いけない、いけない……”
私も慌てて相手に手錠をかけて拳銃を押収した。
押収したのはリボルバー型の拳銃、S&WスミスアンドウェッソンのM36チーフスペシャル。
よく映画などで警察官が持っている銃。
だが、この男の身分証明書には1980年生まれと記載してあった。
NY市警では既にリボルバー型は廃止されている。
リボルバー型拳銃を所持できるのは、1987年7月1日までに警察官になっていた者のみという特例措置があるので、リボルバーを所持できる者は定年間近の老警官のみ。
つまり、この男がリボルバーを持つためには7歳の時点で警察官になっておかなければならなかったという事。
「中佐、こっちの警官は偽物です」
「ああ、こっちもだ」
「やっぱり、リボルバーですか?」
「いやSIG SAUER P226(シグ・ザウエル)だがダブルアクション専用のDAKではない」
SIG SAUER P226はニューヨーク市警の認定拳銃の一つ(ほかにはグロック19と、S&W M5946が許可されている)だが、P226は元々デコッキングレバー付きのシングルアクション。
しかしニューヨーク市警は安全対策のため、シングルアクションを禁止しているからP226の場合は通常のモノではなくダブルアクション専用タイプのP226DAKでなければならない。
しかも消音機サプレッサーも携帯していた。
つまりビアンキ中佐が倒した警官は、2人とも偽者という事だ。
残りの警官も全て偽者だろう。
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