第46話【敵が待っている④(the enemy is waiting)】

 倒した偽警官を階段室にある掃除用具入れに放り込み、通路を先に向かう。


 次の角を曲がると今度はエレベーターが有る。


 必ず敵は、そこにも偽の警官を配置させて待ち伏せているはず。


 私たち2人の格闘能力なら、偽警官との格闘戦は特に問題はない。


 問題なのはエレベーターまでの距離と場所。


 角を曲がった先にあるエレベーターまでは約20メートルで、正面にはナースステーションがある。


 偽者とはいえ相手は見慣れた警察官。


 警察官を襲う我々は、他人から見ると犯罪者に他ならない。


 しかもナースステーションで誰かが騒ぎ立てれば、我々の行動が敵に筒抜けになってしまう。


 20メートルの距離だと、全力で走ったとしても2,5秒は掛かる。


 いくら遅くても敵は0,5秒後には気づくだろうから、無傷で近づくのは困難だろう。


 敵は躊躇なく発砲してくるはずで、そうなればこのフロアに居る全ての敵に囲まれることになってしまうし、巻き添えになってしまう犠牲者も出てしまう。


 “どうする? 2手に分かれるか……”


 私がヤキモキしながら色々と考えているというのに、ビアンキ中佐はまるで呑気に何かを待っているようにリラックスしていた。


 “何?このさっきと全く違う温度差は……”


 気の利くエレン中尉のことだから、銃の携行許可を取って病院に入った私たちに気付いて応援の要請をしているとは思うけれど、まさか自分で頼んでもいない応援を待つほど“お気楽”な性格でもあるまい。


 中佐が何を待っていたのか、答えは直ぐに分かった。


「はい、片付けますね」


 後ろの病室から出てきた職員の声。


 手に持っているのは、食べ終わった食事のトレー。


 違う部屋からも、同じように空になった食事のトレーを持った別の職員が出てきて、それを人の背丈ほどもある大きなステンレス製のコンテナ台車にしまう。


 台車には左右両方にブラウンのアクリル板で作られた扉があるから、両方閉めた状態では向こう側は見えにくいが完全に見えないわけでもない。


 これは回収時に残飯が外から見えにくく、しかも安全を配慮したつくり。


 透明だと反対側の扉が開いていても気付きにくいし、逆に鉄板などだと反対方向に人が居ても気が付かない。


 このままトレーの回収が進めばほぼ満載状態になり、向こう側が見えにくくなってしまうから隠れるのに都合が良い。


 職員は奥の部屋から順に私たちの方に向かって食事の回収作業を進め、その動きと連動して大きな台車もこっちに向かって移動してくる。


 つまり私たちは、この台車の流れに沿って移動すれば、エレベーター前にいる偽警官に見つかることなくナースステーションに近づくことができると言うわけ。


 決して早くはないが、確実。


 おそらくビアンキ中佐は、監視カメラを見ているとき既に食品回収用のこの台車の存在に気が付いて、これを有効に利用する目的で階段を使うルートを選択したのだろう。


 台車に隠れながら、ゆっくりとナースステーションに近づく。


 ナースステーションの前では、丁度エレベータールームからは台車の陰で死角になるので中佐が事情を職員に説明して、奥の部屋に避難するように指示していた。


 中佐の静かで落ち着いた説明を聞いた職員たちは、特に騒いだり慌てたりする様子もなく静かに落ち着いて避難していた。


 的確で視野の広い状況判断といい、相手に落ち着いて行動ができるように伝える話術といい、さすがに最年少で佐官になっただけの人物。


 ただ頭が良いだけでは、こうはいかない。


「そろそろ、やりますか!?」


 機が熟したと思い、中佐に合図を促す。


「くれぐれも、台車には気を付けろ。思った以上に凄い音がするからな」


 ビアンキ中佐は、またリリアンの時のような笑顔を見せて私に注意を与えてくれた。


「はい」


 狭い空間での戦いで、台車を気にしていてはまともに戦えない。


 台車の中には食器やトレー、それにスプーンなども収められている。


 人や物が当たることで、それらが動いたり落ちたりすれば、まるでドラムを叩くような激しい音が出る。


 それを避けるためには、より繊細な注意が必要となり、困難な戦いになるのは分かっていた。


 正直、気負ってしまい体が硬くなっていた。


 でもリリアンの笑顔に勇気をもらったことで、何事もなく乗り越えられそうな気がしてきた。


「今度は、シーナが先ね」


「Yes Ma'amイエス・マアム」




 ※(男性の上官に対しは聞きなれたYes, sir!が使われますが、女性の上官に対しての敬称はYes ma'amとなります)

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