第47話【敵が待っている⑤(the enemy is waiting)】

「行きます!」


 台車のブラウンの扉から向こうの様子をうかがい、タイミングを見計らって一気に飛び出す。


 手前の奴が素手の私に気付き、格闘戦を仕掛けてくる。


 病院内で銃に手をかけなかったマナーの良さは、敵ながら褒めてあげるべきポイントなのかも知れない。


 奴が右のストレートパンチを繰り出すが、出した手を逆手に捻りそのまま奥にいる奴の仲間に向かって進むと、奴は追い越した私の足に後ろを遮られて逃げ足を出すことが出来ずにそのまま後ろに倒れた。


 床に倒れた男が起き上がろうとする前に、素早くサイドステップで側頭部に蹴りを入れて寝かしつけて奥にいる奴と対峙する。


 仲間が一瞬のうちに倒されたのをみた奴が、慌ててホルスターに手を伸ばし拳銃を取ろうとしたので、直ぐに足を変えて拳銃に伸ばした手を弾き飛ばす。


 日頃から不正サイボーグパーツを装着した奴らばかり相手にしているので、訓練されていない人間なんてまるで赤子の手を捻るように簡単。


 ビアンキ中佐のようにダイナミックではないけれど、同じタイムでこの2人を倒して見せる!


 止めに右のハイキックを顎あごに叩きこんでフィニッシュ。


 だが繰り出したキックが、何の感触もないまま高く伸びきってしまう。


 “避けられた‼”


 見ると、男は背筋を思いっきり反らして私の蹴りをかわしていた。


 “偶然!?”


 奴は相当体が柔らかいらしいが、それにしても体を後ろに反らし過ぎ。


 完全にバランスが後ろに傾き過ぎていて、これでは私が何もしなくとも後方に倒れこんでしまうだろう。


 馬鹿な奴。


 パンチやキックを避けるときは、バランスを崩さないようにギリギリのところで避けるべき。


 もし、次の機会があれば覚えておくがいい。


 奴が後方に倒れるときに、少しだけ力を添えてやれば終了。


 そう思って私が前に出ようとした瞬間、死角になっている顎の下から嫌な雰囲気を感じて慌てて体を捻る。


 “一体、なんだ!?”


 捻って左に重心を傾けた右の頬ほほに冷たい風が通り抜ける。


 “この体勢からキック??”


 まさかと思ったが、この攻撃はカンフー。


 バク転して距離を取り直そうとする奴を不用意に追うと、次に来る相手の攻撃は上か下か。


 カンフーの攻撃は早い。


 いったん主導権を奪われると、いくら合気道と言っても後手に回り続けることになるから、次の判断を間違えば窮地に陥る。


 バク転を終えた男が腰を低くして構える。


 下か!?


 いや、突きや蹴りを放つときも腰を低くして構えるのは常石。


 奴は私を惑わす目的で、それを少し分かりやすく見せたに違いない。


 “面白い! そっちが、そう出るなら、こっちも面白いものを見せてやる”


 私は躊躇いもなく前方宙返りからの、踵かかと落としを仕掛ける。


 もちろんカンフーの使い手を相手に、踵落としのような大技が、そうそう掛かるはずがないことは承知の上。


 要は奴の懐に飛び込むことが目的なのだ。


 踵落としをかわされたことで少しだけバランスが崩れ、床に座り込むような着地になってしまう。


 奴がそこを見逃さずに、すかさず左の回し蹴りを放つ。


 だが、この一連の動作は私が仕掛けたフェイク。


 奴の蹴りを避けると見せかけて両手を床に着け、寝転がるような姿勢から足を延ばして回転させ、蹴り足を支えるために残った奴の右足をはらう。


 蹴りを放った左足が空振りに終わり、支えるはずの右足をはらわれたことで奴が床に倒れこむ。


 素早く起き上がろうとする奴より一瞬早く起き上がった私は再び倒れこむように素早く奴の顔面にエルボーを落とす。


「うぐっ」


 奴が最後に小さく呻き声をあげて動きを止めた瞬間に時計を見た。


 5秒5秒……しくじった。


 ビアンキ中佐が2人倒したときのタイムから2秒も遅れてしまった事が悔しかった。

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