第21話【サンダース軍曹とビアンキ中佐②(Sergeant Sanders and Lieutenant Colonel Bianchi)】

 サンダース軍曹は直ぐに戻って来た。


 あのフロアに居たはずの敵を連れていない。


「ソシェルたちは?」


「逃げられた。まったく逃げ足の速いやつらだ」


 もうソシェルたちが逃げようが、どうなろうが私にとってはどうでもいいこと。


 問題は敵の待ち伏せが、どうして失敗に終わったのか。


 まさかサンダースがいくら強いといっても、敵にホンの数発しか打つ余裕を与えずに自慢の鉄拳だけでココまで辿り着けるわけはない。


「いったい、どうして?」


「不満か?」


 つい言葉に出てしまったところを、サンダースに睨まれた。


「い、いえ。とんでもありません。しかし、なぜ?」


「それは俺が百戦錬磨の鬼軍曹だからだ……と、言いたいところだが、俺は何にもしていねえ」


「じゃあ……」


「ナカナカ感がいいな、そう、ビアンキ中佐だ」


「でも、どうやって?」


 ソシェルの部屋で、たしかに数発の発砲音は聞こえた。


 思ったよりも協力する仲間が集まらなかったのか?


 いや、あのソシェルの自信に満ちた顔に嘘はない。


 そのために目立つ1989年製のシボレー・サバーバンを用意して、罠に上手く掛ったことを確かめるために盗聴器を私たちの車に忍ばせた。


 盗聴器は私に見破られてしまったけれど、バカな私はソシェルの思い通りに、あのアジトに乗り込んで行ってしまった。


 奴らの部屋に入った時、ソシェルが出てこなかったのは、仲間に連絡していたからだろう。


 つまり、ソシェルの計画は完ぺきだったはず。


「どうやって? 知りたいのか?」


「ええ、いや、お願いします」


「俺の説教スペシャルコース付きでも構わないのなら教えてやってもいいが、どうする?」


「お、お願いします」


「オメーにしちゃあヤケに素直だな」


「いつも素直です」


「だな。だがオメーの素直なところは、テメーの欲望に素直なだけで一般的に言う“素直”とは違う。今日はそこのところを徹底的に教えてやるから、覚悟しておくんだな」


 ヤバイ。


 余計な一言を言ってしまったために、サンダースの怒りを焚きつけてしまった。


 こいつは軍隊でまだパワハラが日常的に行われていた時代の兵士だから、彼の“覚悟しておけ”は屹度そういう意味があるに違いない。


 今からでも、謝るか?


 女の武器は涙だから、ここで床にひれ伏せて嘘でもいいから泣いて謝れば……。


 いや、止そう。


 きっとサンダースは、私のウソ泣きに気が付いて、更に怒りの闘志を燃やすはず。


「オイッ、なにボケボケしている。帰りは俺が運転してやるからサッサと着いてこい」


「いえっさー……」


 仕方なしにトボトボと、サンダースの後を着いて行く。


 その姿は“三歩下がって師の影を踏まず”の体勢。


 みえない鎖に引かれて、と殺場に連れられて行く牛のように“素直”に階段を下りて行く。


 建物から出ると、そこには狭い道路を埋め尽くすばかりのCCS(サイボーグ犯罪対応班)のパトカーの群れ。


 真っ暗な夜の裏通りに青と赤のパトライトがキラキラ光って、まるで繁華街のネオンサインのように煌びやか。


 そしてパトライトで作られたネオンサインさえも単なる背景に変えてしまう女性が一人、私たちが建物から出てきたことに気が付いて人の波を乗り越えるように近づいて来る。


 そう。


 それはリリアン・ビアンキ中佐だ。


「サンダース!」


「中佐殿! なにか用ですか?」


 ビアンキ中佐は、近づくなり一瞬私を見た。


「どこへ行く?」


「コイツを基地に連れて帰って、搾り上げてやろうと思いまして。報告書は、後で回します」


「報告書は、いい」


「いいんですか、でもコイツ命令違反ですぜ!」


「情報統制中だ、見習とはいえ一応士官だ。決定権を担う権利はある」


「しかし、敵の罠に」


「結局、その罠は回避できたじゃないか。それにケガ人もミシェルだけで、しかも軽い打撲だけだ。シーナは私が預かる。今夜はご苦労だった」


 一方的に話を切られた上に、たっぷり搾り上げるはずのシーナまで取られたサンダースは、いかにも不満という顔を見せた。


 そして去り際に、こう言った。


「英雄になりたいのなら、お前ひとりだけでやれ。いいか、今夜は上手くいったが、二度目はねえと思え」


 相変わらず鋭い眼光と、ドスの利いた坦々とした言葉が私を竦み上がらせた。




「シーナ……体に異常はないか?」


「あ、はい」


 名前を呼ばれたあと、次の言葉が出るまでの一瞬の間に戸惑いを感じた。


 異常はないと言ったが、実は巨漢の男を無理に大きく投げ飛ばしたときに右腕を酷く痛めてしまった。


 それよりももっと痛いのは、自分の心。


 あの時ソシェルの計画を聞いて、私は罠にかけられたと思い込みコーエンたちを連れて逃げた。


 まるで、当然のことのように。


 結果的に、そのせいでソシェルたちを逃がしてしまうことになったのだが、問題はそこではない。


 ビアンキ中佐やサンダース軍曹の能力……いや、それだけじゃなくて他の隊員たちの能力をもっと信用していればソシェルの計画を聞いて慌てることもなかったし、取り逃がすこともなかった。


 それを思うと、自分が情けなくて悔しくて急に涙が溢れてきた。


「どうした、シーナ、どこか痛むのか?」


 ビアンキ中佐が私の肩を抱いて、優しく聞いてくれる。


「す、すみません。私がもっとシッカリしていれば……」


 込み上げてくる嗚咽で、それ以上声を出すことはできなかった。


「今は何も言わなくていい、私の車に乗れ、話は落ち着いてからでも大丈夫だ」


 そう言いながら、ビアンキ中佐は夜の道を穏やかに走り、基地に戻るまで何も聞いてこなかった。




 結局ビアンキ中佐はエレンから得た少しの情報だけで、これが罠であるという最悪の可能性を考えて各マフィアの親玉の家やファミリーが屯す場所に警察車両を大々的に動員することにより奴らをソシェルのアジトに向こう事を阻止することに成功した。


 “一を聞いて十を知る”とは、まさにこのこと。


 ソシェルから計画を聞かされて慌てて逃げだして、ソシェルたちを取り逃がしてしまった私とは大違い。


 穴が有ったら当分入っていたい……。

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