第20話【サンダース軍曹とビアンキ中佐①(Sergeant Sanders and Lieutenant Colonel Bianchi)】

 これで邪魔者2人を倒した。


「脱出するぞ!」


「脱出!?」


 コーエンが不思議がって私を見返す。


「スマナイ。我々は敵の罠にかかった。速やかにココから退去する!」


「いいって事よ、了解‼」


 コーエンもルーも、私を責めることなく素直に撤退の指示に従ってくれた。


 それが嬉しくて、それが辛い。


 きっとサンダース軍曹なら、勝手に突入しておいて大失敗を侵した私を酷く責めるだろう。


 部屋を飛び出すと、非常階段を駆け上がってくる複数人の足音が聞こえた。


 敵から丸見えになる非常階段を使うつもりはなかったので、一目散に中央にある階段を目指す。


 4階から3階の踊り場に差し掛かった時、こっちからも猛烈な勢いで駆け上ってくる複数人の足音が聞こえた。


 “ヤバイ! 遅かったか”


 こうなったら“島津の退き口”を実践するしかない!


 (※島津の退き口:1600年、関ヶ原で敗戦濃厚な西軍において、島津勢は敵中に取り残される形になったが、その場から逃げることなく更に敵主力の中に突撃を仕掛けて戦場を脱出したことを言う)


「足を止めるな、突っ込むぞー‼」


「つ、突っ込む?」


 驚いたルーが聞き返す。


「シーナ下がれ、俺が先頭になる!」


 コーエンがそう言って、私の前に出ようとする。


「次期小隊長の私を差し置いて何をするつもりだ!?」


「俺が先頭に立つ」


「何故!?」


「だってシーナ、お前は、ガードスーツを着ていないじゃないか」


「関係ない。頭を撃たれれば同じだ! それよりも私の返り血を敵に浴びせて、目隠しにしてやるつもりだから先頭は譲れない!」


「ヤメロ縁起でもない。それに……」


「それに、なんだ!?」


「その、肌の透けた衣服を敵に見せるわけにはいかない!」


「えっ」


 そう言えば、オッサンに媚薬を着けられて濡れているのは間違いないが、それにしても肌が透けているとは……“肌が透けているぅ~っ‼??”


 まだ見ていなかった衣服のようすを確認しようとスピードを緩めたとき、私の隣をコーエンが凄いスピードで駆け抜けて行った。


 オッサンに媚薬を塗られたのは、胸とお尻。


 お尻は、一応ミニだけどスカートを履いているから問題はないはず。


 胸の方はブラをしていないし、レストランの制服は白のブラウスだから……これ、ヤバイかも。


「痛いっ!」


 胸元を見ようとしたとき、コーエンの背中にぶつかり頭から流れ星が飛ぶのが見えた気がした。


「なんで命令を無視して勝手に止まるのよ‼」


 目の前に立ちはだかる192㎝の壁を、ゲンコで何度も叩きながら言うがコーエンは何も答えない。


 “もしかして敵にヤラレタの?”


 銃声は聞こえていないし、火薬の匂いもしない。


 ましてガードスーツは銃弾だけでなくナイフや弓矢も通さない。


 と、言うことはヤラレタのは頭部?


 手を上に伸ばしてコーエンの顔や頭を弄ってみる。


 特に手が血で真っ赤に染まってはいないが、なんだか冷たい汗のようなものが手に着いた。


 そりゃあ走れば汗も出るけれど、その場合汗も体温の上昇と共に熱くなるはず。


 いったい何だろうと思った矢先、ドスの利いた嫌な声が聞こえてきた。


「こんな真夜中に、どちらにお出かけかな? ナカナカ面白い事をやってくれるな、シーナさんよぉ。基地からの命令も仰がずに勝手に犯人のアジトに踏み込むとは、恐れ入ったぜ」


 恐る恐る、コーエンの背中から顔を出すと、そこには居るはずのない人間が斜に構えて私を睨んでいた。


「サンダース、軍曹……?」


 ソシェルが言うには、応援に駆け付ける部隊は悪の仲間たちによって一網打尽にされるはず。


 私も彼女の話を聞いて、“しまった”と思った。


 なのに、何故?


「俺が元気な姿でココに居るのが気に入らないようだな」


 サンダースが私の考えを察して言った。


「い、いえ、そんな……」


 気に入らないわけじゃない。


 でも、いくらサンダース軍曹が百戦錬磨だといっても、敵が張り巡らせた罠のど真ん中を潜り抜けて来たにしては全体的に様子が涼しすぎる。


「たしかにな。まんまと敵の仕掛けた罠のど真ん中を潜り抜けて来たのなら、俺もこれほど冷静ではないだろう。部隊にも甚大な被害が出たのなら、女だって容赦はしねえ」


「と、言うことは……」


「ああ、敵の待ち伏せは失敗に終わったのさ」


 そう言うと、私たちを置いてサンダースは部下を連れて階段を駆け上って行った。

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