第19話【脱出‼②(prolapse)】

「ポチっとな」


 私のガードを潜り抜けて、胸元に飛び込んだオッサンの指が私の胸の先端を押す。


 パトロール任務や事件の時は、防弾仕様のガードスーツを着る。


 これは競泳用の水着の様に肌に密着するから、これを着るときは基本的にパンツとタンクトップだけの最小限の衣服を身に着けるだけでブラなんてしない。


 今は潜入捜査のためにガードスーツを脱いでレストランの制服を着ているけれど、下着の予備なんて持ってきていないから今の私はノーブラと言うことになる。


 そのノーブラの胸の先端を知らないオッサンに触られて、いい気がするわけがない。


 痛くも痒くもない、ただ気持ち悪いだけで心が冷える。


「なにそれ?」


「オッサンが考えたエチエチ拳法だ」


「で?」


 エチエチ拳法など興味もなかったが、なにか聞いてもらいたそうな眼につられて素っ気なく一言だけの疑問文を返すと、オッサンはメガネの奥で細い目をキラキラ光らせて言った。


「この拳法は懐柔術に属している」


「懐柔術!?」


 そんな拳法など聞いた事もなかったので、パンチ合戦をしながら聞いた。


「つまりだな、こうやって」


 私が繰り出したパンチを引き寄せて、裏に回り込んだオッサンが「アチョウ!」と、またヘンテコな声を上げて今度は私のお尻を撫でるように叩いた。


「キャッ! なにすんのよ‼」


「安産型の好いケツをしている。これなら沢山子供が産めそうだな」


「余計なお世話よ‼」


「いいや、ここは近所のオッサンから言わせてもらうが、ハッキリした性格なうえにお前さんは愛嬌もある。しかも働き者だ。“子は宝”と言うが、その子にとっても“親も宝”じゃねえとならねえ。お前さんなら器量も良いし、好いお母ちゃんになるぜ。だいいち、その体じゃあ旦那が放っておかねえだろう」


「もーっ、勝手に変な想像しないでよ……」


「隣で戦っている、背の高い男の方はナカナカのハンサムボーイじゃねえか。もうヤッタのか」


「マダに決まっているでしょう‼」


「馬鹿な奴だぜ、こんな上玉、そうそう居やしないのに食わねえなんて」


「やめてよね……」


 なんか、話を聞いているうちに力や瞬発力が鈍くなっていく気がする。


 そのうえオッサンに触られたところがポカポカと温かくなり、ふにゃふにゃと腰砕けになるのが分かる。


 “これはいったい、どうしたこと?”


 触られたお尻や胸に手を当てて確認すると、なんだかヌルヌルの液体を着けられている。


「お前、何をした」


「ようやく気が付いたな」


 オッサンがニヤッと笑う。


「媚薬だ」


「媚薬!?」


「そう。性感の高い場所に塗ることで、Hモードになっちまう薬だ」


「Hモードって、あのエッチモードって言うこと??」


「そのとおり。そろそろポカポカと温かくなってきたころだろう」


「そ、そのあとは、どうなる!?」


 媚薬なんて使ったことがないから、聞いた。


「そのあとは、まず腰に力が入らないような感覚に陥り」


「陥り?」


 たしかに、今時点で少しだけ腰から力が抜けるような気がする。


「そのあとは大切なところがムズムズして濡れてきて、だんだん我慢できなくなる」


「我慢できなくなるとは?」


 濡れてくるのはなんだか理解できるにしても、我慢できなくなるというのは、どの生理現象なんだ? それとも生理現象とは違う何か、なのか……。


 言われてみれば体の感触がおかしい。


 まだ“濡れて”はいないが、オッサンの攻撃を避けるために動くたびにブラをしていない胸が衣服に擦れてむず痒い。


 まるで“こそばされている”感じで、今にも笑い出しそうな変な気分。


「だいぶ感度が良いようだな」


「うるさい‼」


 まさか普通に戦うだけでなく、こんな戦法があったとは知らなかった。


 それにしても、ヤバイ……。


 オッサンが執拗に攻め立てる下半身への攻撃を避けるため腰を振るたびに胸が擦れるし股の間も何だかむず痒くなり、その上顔が上気して行くのが自分でも分かり、それが余計に気持ちを変な方向に高ぶらせてしまう。


 男性を相手に接近戦はなるべく避けなければいけないのに、自ら接近戦を仕掛けるだけではなく、逆にオッサンの体を引き寄せようとしてしまう。


 呼吸を一定に保たなければならないのに荒くなり、口が開き知らず知らずのうちに熱い吐息が漏れ出してしまう。


 “駄目だ、もう、我慢できない……”


 ついに体をあずけるように、オッサンの肩に手をかけてしまう。


 目の前にあるオッサンの顔がニヤッと笑い「堕ちたな」と、私の耳元に息を吹きかけるように低い声で囁く。


「嫌っ! 言わないで……」


 いやらしい手が私の腰を引き寄せるように抱く。


 私の体はその手に呼応して、ビックっと跳ねる。


「ぐえぇぇぇぇ~~~~っ‼」


 跳ねた拍子に膝を思いっきり持ち上げてジャンプすると、見事にオッサンの顎を捉えた。


「バカ! 好い気になってんじゃねえぞ‼」


 超接近戦で放ったムエタイの膝蹴りがヒットして、オッサンが悲鳴を上げ、一瞬にしてダウンした。


「ザマア見ろ! こんな手で、私が倒せるとでも思ったか‼」


 丁度時を同じくして、足への集中攻撃で動きの止まった巨漢の男にコーエンのハイキックがヒットした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る