第18話【脱出‼①(prolapse)】

 天井から落ちて壊れたリモコン銃は、防弾ガラスの向こう側で銃弾を打ち続ける。


 慌てて逃げようとしたソシェルが、その防弾ガラスにぶつかって倒れた。


「おバカさんね。慌てちゃだめよ」


 部屋を出ると、まだコーエンとルーはオッサンに遊ばれていて、巨漢の男も立ち上がろうとしていた。


 オッサンも凄いが、巨漢の男のタフさ加減も半端じゃない。


 でも今ならチャンス。


「チェンジよ!」


 オッサンとコーエンの間に割って入る。


「チェンジって?」


「アナタとルーは、巨漢の男。オッサンは私が引き受けるわ」


「オッサン!??」


 ルーのパンチを捌いていたオッサンが素っ頓狂な声を上げて振り向く。


 その隙を狙ってコーエンが蹴りを入れるが、オッサンは余裕でそれを避けた。


 蹴りを入れたコーエンも、もう避けられるのには慣れっこになっている様子で、ルーが攻撃するタイミングで私の方に振り向いて言った。


「きょっ、巨漢の男は強化パーツを着けているんだぜ!」


「接近戦を挑まなければ大丈夫よ。それに」


「それに」


「彼は、今起き上がったばかり。ダメージは相当あるはずよ」


 口には出さなかったが、一番の問題はコーエンもルーも時間稼ぎをしているオッサンのペースにまんまとハマっていると言うこと。


 オッサンは実際問題あたまが良い。


 2人を倒さないのはリスクを避けるため。


 複数人を相手にする場合一瞬で相手を仕留める必要があるが、合気道や少林寺拳法といった護身術由来の武道の場合は打撃系格闘技の様に“一瞬で倒す”ということは難しい。


 コーエンもルーも100キロ前後の体重を持つ鍛え抜かれた軍人だから、一瞬で倒せなかった場合は後手に回ってしまうので70キロ程度のオッサンの体格で彼らの攻撃を凌ぐことは難しくなる。


 だからオッサンは常に後手に回らない様に、2人の攻撃をコントロールしながら自身のペースを保っていたのだ。


 でも、今度は私が相手。


 そう、上手くはいかせない。


 護身術が由来の合気道同士で戦うことはまずない。


 もし戦ったとしても、それは関節の取り合いのような変テコな試合になるだけだろう。


 合気道はあくまでも、相手の攻撃を受け流すための術。


 オッサンは合気道の他に少林寺拳法を使う。


 少林寺拳法には、突きと蹴りの他に投げ技もある。


 厄介なのは、柔道の様に攻撃的な投げ技ではなく、攻撃してきた相手の力を利用して投げた後は必ず関節を決められてしまうところだ。


 オッサンがしきりにパンチやキックを繰り出してくるが、空手ほど重いキックではないので余裕で受け流すことが出来る。


 同じ合気道家なのだから、そんなパンチやキックが通用しない事くらい分かっているはずなのに執拗に仕掛けてくるのは私の出方が知りたいからに違いない。


 苛立った私が同じような攻撃に出たところを狙って、投げ技と関節技で仕留めるつもり。


「上半身への攻撃は無意味だ。下半身を蹴り上げろ!」


 巨漢の男と対峙しているコーエンとルーが、相手のペースに呑まれるようにボクシングスタイルで勝負をしているのが見えた。


 巨漢の男はボクシングの心得があるはず。


 しかもかなりのキャリアの持ち主。


 同じペースで戦っていたのでは、いくら鍛えられた軍人といっても勝ち目はない。


 強いボクサーを相手にした時には、先ずはローキックで相手の動きを止める事が肝心。


 かつて日本のカリスマ的プロレスラーが、ボクシングの伝説的チャンピオンと戦った時にも似たような戦法が使われた。


「余裕じゃねえか、ネーちゃん」


「まあね。アンタのパンチやキックなんて格好だけだから、恐怖心も感じないわ」


「言ってくれるな……じゃあ、これはどうだ!」


 オッサンは見たこともないヘンテコな構えに変えた。


「なにそれ?」


 もともと少林寺拳法はトリッキーな動きが多いが、これはまるでキツネダンス……いや、カマキリ拳法だ。


「きぇぇぇぇぇぇぇぇっ‼」


 思わず体中に悪寒が走るような品の悪い叫び声と、体を微妙に震わせる壊れたロボットのような奇天烈な動作。


 “いったい、なに!?”


 ストレートのパンチが、目の前で大小複数回の弧を描くように飛び出してくる。


 しかも拳ではなく指先を立てて、まるで私がその手を止めようとしたら引っ搔こうと企んでいるような変なかたち。


 こんなの見たことない。


 初めて見る新しい拳法に惑わされている私の胸元に、オッサンのカマキリの手が素早く伸びる。


 “しまった‼”


 すっかり隙を突かれてしまった。


 万事窮す‼

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