第17話【魔女と呼ばれる女③(a woman called a witch)】

「さて、お勉強の時間はここまで」


 ソシェルが椅子から立ち上がる。


 スーツのスカートは、やはり超の付くミニのスカートで、しかもサイドにスリット付き。


 同性の私から見ても、妖艶な大人の魅力満載の脚が眩しく感じられる。


 コーエンが見とれるのも無理はない。


「さあ、シーナさん。拳銃を置いてもらいましょう」


 ソシェルはスーツのポケットから拳銃ではなく、携帯を取り出した。


「どうして? 追い詰められているのは、そっちの方だぞ」


「おバカさんね。アンタ空港のガラスドアにぶつかったことあるでしょう?」


「そ、そんな経験はない!」


 否定したものの、実は何度かある……いや、何度も。


 どうも、あの透明な壁は今でも苦手だ。


 しかし、何故そのことを知っている??


「嘘おっしゃい。これに気が付かないくせに、よく言うわ」


 ソシェルが目の前の空間をノックするように叩く動作をすると、コンコンと厚いガラスを叩くような音が聞こえた。


「防弾ガラス!?」


「そう。そして」


 ソシェルの大きな緑色の瞳が上を見るように促す。


 視線の先を追いかけると、天井に吊ってあるBox型の監視カメラが首を振って私を捉えていた。


 Boxの中をよく見ると、カメラのレンズのほかに、細い銃口のようなものも見える。


「リモコン式の銃か……」


「そうよ。今頃こんなBoxに収まっている監視カメラなんて、あるわけないでしょう」


「しかし、廃ビルに近いこのオフィスには合っている」


「そう、そこが盲点なの。猪突猛進型のシーナちゃんにとっては、特にネッ」


「私を捉えたとしても、父も母も脅迫には乗らないぞ」


「あら、そんなセコイことなんて考えていないわ」


「だったら……‼」


 ようやく気が付いた。


 自分の犯した最大のミスに。


 情報統制をかけて、これ以上の応援が来ることはないと思っていたが、1人だけ確実に来てしまう人が居ることを。


 “リリアン・ビアンキ中佐!”


 基地司令のビアンキ中佐は、通いだが自宅に居ながらも基地の情報を全て知ることが出来る。


 だから情報統制が掛けられている情報さえ、知ることが出来るのだ。


 最大規模のサイボーグ犯罪都市ニューヨーク市に於いて、その基地司令が犯罪組織の人質になる、あるいは殉職してしまうことなどあってはならない。


 そんなことになってしまえば、CCS(サイボーグ犯罪対応班)存続の危機につながりかねない。


「ようやく分かったようね、おばかさん。私たちを侮っては駄目よ。悪い奴等は弱いから、たとえ血で血を洗う抗争を繰り返している相手であっても、共通する敵に対しては団結するものよ」


 ソシェルが話している間に、何人もの人が行きかう音や争う声、それに時折拳銃の発砲音なども聞こえてきた。


 やがてその人の波は、この場所に押し寄せる。


 サンダース軍曹にいつも言われていた“無茶をするな”と。


 そしてこの前は私のやり方が奇襲攻撃で、上手くいけば大戦果だけど下手をすれば玉砕だとも言われた。


 やはり百戦錬磨のサンダースは正しい。


 今回は“下手”をしてしまった。


 上手くいかなかったのは仕方がないが、ここで玉砕するわけにはいかない。


 この部屋に留まることは、それを受け入れることになる。


 せめてコーエンとルーだけでも助けなければ。


 ソシェルに向けていた拳銃を、天井に吊ってある銃が内蔵されているリモコン式監視カメラに向ける。


「無駄よ! ケースもガラスも防弾仕様だからね。悪あがきは、およしなさい」


 パン、パン、パン、パン、パン、パン。


 ソシェルの言葉など、お構いなしに拳銃を打ち続ける。


 コーエンから渡されたグロック21のマガジンには、45ACP弾が13発装填されているはず。


 弾を残すつもりもなく、リモコン式監視カメラに向けて撃ち続ける。


「だから無駄だって言ってるでしょう……っバカなの‼?」


 私の無駄にも思える連射に、苛立つソシェルが遂にリモコンを使って私を撃つ。


 ダダッ。


 監視カメラのBoxの中に隠されていたマシンピストルが、私を狙って火を噴く。


 1発目が私の直ぐ傍にある壁に穴を開けるが、2発目は大分離れたところに空き、3発目はドアに当たり4発目はソシェルの前にある防弾ガラスをノックした。


「きゃーっ‼ なにこれ!??」


 ソシェルが悲鳴を上げるのも無理はない。


 リモコン式の銃は、もう使えない。


 なぜなら私が拳銃を使って無数に開けた天井の穴のせいで、リモコンで作動させた途端に自身の発砲による振動で遂に天井から抜け落ちてしまったのだから。


 いくらカメラと銃が収められているケースが防弾仕様だと言っても、それを吊っているのは普通の吊り天井。


 石膏ボードの天井板を、天井裏に組まれた亜鉛メッキ鋼板で作られた野縁のぶちにビス止めしていく。


 だから私は監視カメラを狙うフリをしながら、実はこの天井裏にあるはずの野縁のぶちを破壊するために撃っていたのだ。

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