第16話【魔女と呼ばれる女②(a woman called a witch)】

 空中に放物線を描く拳銃をつかみ取り、体を前転させて背中でドアを押し破り、そのまま回転して部屋の中に侵入して拳銃を構える。


 “えっ!?”


 5~6メートル先の景色に、目を丸くした。


 中に居たのは、ハーレムのスラム街でコーエンに声をかけてきたゴージャスな胸の女。


 服は、さっきの下着姿ではなくスーツに着替えているが、そのエロさを隠す気はないようだ。


 胸元が大きく開き、長い髪がその表情を隠していた。


「ソシェルの仮事務所へようこそ……シーナさん」


 “ソシェル……”


 ソシェルはフランス語で“魔女”を意味する。


 どうせ本名ではないだろう。


「名前を知っていると言うことは、やはりあのとき盗聴器を仕掛けたな」


「あらヤダ、盗聴器は仕掛けたんじゃなくて捨てたのよ、あなたたちの車の中に。それにしても、よく気が付いたわね。そして見事だったわ。途中までは」


「途中まで?」


「そう。アンタはレストランで時間を潰して、その間にあらゆる手を使って仲間になる人たちを集めるべきだったのよ。そうすればココを見つけ次第、包囲して一網打尽にできた。……それをノコノコ少人数で乗り込んで来るなんて、無茶……いいえ、バカにもほどがあって呆れちゃう」


「そのバカに、こうして追い詰められているお前は一体なんだ!?」


 ソシェルは目にかかった金色の髪をフッと息をかけて、表情を現した。


「追い詰められている? 私が? 本当に?」


「銃が見えないのか!?」


 “見えないわけがない。とぼけやがって!”


「銃が何になるの? それは単に人を傷つけるだけの道具よ」


「当たり所が悪ければ死ぬぞ」


 私が、そう言ったところでソシェルは急に笑い始めた。


 笑いはナカナカ止まらない。


「うるさい! なにがおかしい!?」


 私の言葉に、ようやくソシェルが笑うのを止めた。


「だって、おかしいでしょ。いま私が言った言葉と、アンタが言った言葉を思い返してごらんなさい」


「私が言ったことと、お前が言ったこと?」


 ソシェルが言ったのは、銃は単に人を傷つけるだけの道具。


 それに対して私が言ったのは、当たり所が悪ければ死ぬという脅し……。


 “しまった‼”


「ようやく気が付いたようね。この言葉だけ聞くと、どっちが悪で、どっちが正義か分からないでしょう?」


「……」


「言葉だけじゃない。アンタのご両親が造った……いいえ、元々はアナタのお爺さんが造ったサイボーグシステムだってそうよ。もっともアンタのお爺さんに聞いたとしてもヤツは原理を開発したのは自分だとは言わないでしょうけど」


 “お爺さんが……”


「サイボーグシステムを広く世に出したことは罪よ」


「罪!?」


「そう。その罰として、サイボーグ犯罪が生まれた」


「何故サイボーグシステムが罪で、それを違法に改造して罪を犯すのが罰なんだ‼ 勝手に自分たちに都合のいいように解釈するな!」


「そう? じゃあ聞くけれど、サイボーグシステムを導入するのに必要な費用は幾ら掛かるのかしら?」


 サイボーグシステムは高度な医療行為。


 金額は移植する部位によって大きく異なるけれど、膝下の片脚だけでも5万ドル前後はする。


 より繊細な動きを求められる手の付いている腕となれば、その4倍の20万ドルは優に超えてしまう。


 つまりサイボーグシステムを装着できる人は、富裕層か支援団体がバックに居る人などに限られる。


「……ようやく分かったようね。しかもサイボーグシステムを必要としている肢体不自由者の殆どは貧困層に居る。危険な現場作業に駆り出され、手や足を切断しても僅かな保険金が貰えればいいところ。発展途上国などでは、その保険金すら支払われない。だから私たちは彼らを救うために、この仕事をしているの」


「犯罪と分かっていながら?」


「あたりまえでしょう。肢体不自由者は足元を見られて1日50ドルも貰えればいいところよ。アンタみたいなお嬢さんには分からないでしょうが、このインフレ下で1日50ドルの日当で生活すら苦しいのに、どうやって高額なサイボーグシステムを装着する資金をためることが出来ると思っているの? お金持ち相手に商売をしている奴らから手っ取り早く盗む以外、彼らにサイボーグシステムを装着させることなんてできないでしょう」


「しかし犯罪であることに間違いはない……」


「分かっているわ。だから“罰”なのよ。敵わない夢をチラつかせて良い気になっている偽善者が世に広めたサイボーグシステムの作った“罪”の代償としてね」


「偽善者だなんて‼」


「偽善者よ‼ ……まあもっとも、最近開発される殆どの物は“罪”のある代物ね。例えば自動運転システムはどう?」


「どうって……今はある程度ルートが決まっているバスやタクシーやトラックに利用が広がっていて便利じゃないか」


「そう。その代わり高齢者の職を奪ってしまったわ」


「高齢者の? でも、それによって交通事故は減ったじゃないか」


「でもね、重労働が出来ない高齢者にとって“ドライバー”という仕事は大切な収入源だったの。たとえ事故の危険があったとしても。ロボットもそうね、倉庫や自動車工場で大活躍! そして人間に代わって、多くの雇用を奪った。それによって、いまや富裕層と貧困層の格差は広がるばかりよ」

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