第15話【魔女と呼ばれる女①(a woman called a witch)】

 オッサンの方は何の目的のためか分からないが、時間稼ぎをしているらしく上手にコーエンとルーをあしらっている。


 しかし私の相手、つまり右腕に強化パーツを付けた巨漢の男は、どうやら楽しく遊ぶ術を知らないらしい。


 強化パーツを付けた右のパンチもそうだが、コイツは合気道の受け方や返し方を知っている。


 おそらく、あのオッサンに鍛えられたに違いない。


 練度から察すると約6~8年ほど……つまりこの巨漢の男はサイボーグシステムの創成期からオッサンたちと一緒に仕事をしているということになる。


 裏切りが横行する悪の道で6~8年といえば、それはもうファミリー。


 オッサンがボスの右腕なら、この巨漢の男は左腕に違いない。


 巨漢の男のパンチは鋭く早い。


 特に強化パーツに変わった右のパンチは、人間はもとより一撃で熊をも倒すことが出来るレベル。


 だがサイボーグ犯罪の履歴の中には、このような使い手は載っていないから殺人など大きな犯罪には使用していない可能性が高い。


 そういえば、コイツに襲われた警官たちも、軽傷だった。


 まともにパンチを食らっていれば、私たちに逃げた犯人の特徴を教えることなど到底できなかっただろう。


 手加減したのか!?


 でも、何のために?


 パンチを避けながら、根気よくタイミングを計る。


 違法に改造された強化パーツは、パワーだけでなくスピードも常人のレベルを超えている。


 だけど人間である以上、パワーもスピードも限界がある。


 例えば小さなネズミがチーターのようなスピードと熊のようなパワーを発揮できる腕を持っていたとして、そのネズミがその腕で凄まじいパンチを放ったとすれば、どうなるだろう?


 自身の持つ質量を超えた膨大なパワーをネズミは支えられずに、まるで火のついたネズミ花火の様にバランスを崩してクルクルと回転してしまうだろう。


 結局どんなにパワーアップしようとしても、自らの体重で支えられる限界を超えることはできない。


 特に体というのは全体のバランスが重要だから、片腕だけパワーアップした巨漢の男は特にバランスの悪さは顕著に表れる。


 生身の左のパンチは特に問題はないが、強化パーツの強力なパンチを放つ右のどの種類のパンチも、そのスピードに体が一瞬引かれている。


 繰り出す時も、戻す時も。


 そのために、次の動作に移るテンポが一瞬遅くなる。


 つまりパンチをこうやって出したとき。


 巨漢が繰り出したパンチを、体を横に振って更に相手に向かって行く。


 顔の横、わずか1センチほどのところを巨漢の腕が通り抜け、髪が風速にさらわれる。


 パンチが空を切ったところで、巨漢の男が伸ばした腕を縮めようとするが、体はその腕のスピードにつられて前に行き続ける。


 その間に私は巨漢の男の胸に飛び込むことに成功し、いまパンチを繰り出した腕の肘の部分を右手で上から左手は下から支えて、まるで丸太を抱えるようにして持つ。


 同時に膝を曲げ、腰を下げて体をくの字に曲げて突き出した足を踏ん張り、まだ前に進もうとしている巨漢の体を止める。


 重心を低くした私の体に、つんのめって巨漢の上半身が私を追い越そうと覆いかぶさってくる。


 右手で押さえている巨漢の腕を、股に引き込むように思いっきり下に引くと同時に、曲げた膝を腰でジャンプするように一気に伸ばして腰を突き上げる。


 “ビクッ‼”


 本当であれば力など左程必要はないのだが、ここで決めたくてつい右手に力が入り、筋肉が悲鳴を上げる。


「うおりゃぁぁぁぁっ‼」


 こういう時に最後の力になるのは、やはり気合。


 巨漢の体が高く宙に浮き、私の体の上を追い越して行く。


 いま痛めた右手を解き放つ。


 投げられた巨漢の体が空中で仰向けに変わるとき、その長い足が高い天井に備え付けられ有ったLEDライトに引っ掛かり破片を飛ばす。


 巨漢の体は向かい合わせの机の向こうに消えたかと思うと、ドスンと鈍い音を立てた後、その向こうにあった同じ向かい合わせに並んだ机の列をけたたましい音を立てながら曲げて行った。


 もうしばらくは巨漢の男が起き上がることはない。


 オッサンは2人に任せて、私はボスの居る部屋に向かう旨をアイコンタクトでコーエンに知らせると、彼は戦いのさなか腰に挿していた拳銃を背中越し起用に私に投げてくれた。


 “なんか、超カッコいい!”

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