第14話【真夜中の戦い③(midnight battle)】

 柔道や空手に限らず、ボクシングやレスリングと、多くの格闘技が体重別による階級制を敷いている中で合気道には体重による階級はない。


 あるのは段や級による技能レベル分けだけ。


 技能が違い過ぎると、技を受ける側の受け身が取れずに怪我をしかねないから。


 もっとも護身術が基本となっているので、体重差が云々(うんぬん)と言ってはいられないし、試合形式のものはなく稽古が主体になる。


 要するに合気道は相手に勝つことに主眼を置いている格闘技ではなく、相手の攻撃から自らの身を守るための武術なのだ。


 心の迷いは、技の乱れにつながる。


 身長2メートル VS 1.7メートル。


 体重120キロ VS 50キロ。


 男 VS 女。


 他の格闘技なら、お話にならない組み合わせ。


 今の状況は、巨漢の男に後ろから羽交い絞めにされている状態。


 羽交い絞めから逃れることは簡単だけど、そのあとのことを考えて私は敢えて相手の動きを待っていた。


 いま、このフロアに居るのは、私たちCCS(サイボーグ犯罪対応班)が3人と、犯人側が2人だから数的には私たちが有利なはず。


 気になるのは、この状況でなぜ奥の部屋からボスと呼ばれるヤツが出て来ないのか。


 逃げるつもりなのか、それとも……。


 巨漢の男が私を絞め上げるために、羽交い絞めがホンの少しだけ緩んだ。


 その隙を逃さずに両手を天井に突き上げて、バンザイの形にすると同時に床を踏んでいた2本の足を折りたたむ。


 これで私は空中に浮く、57キログラムの物体。


 しっかりと持っていないと、直ぐに床に落ちてしまう。


 だからここは羽交い絞めではなく、しっかり抱き着いていなければ私の体を捕まえておくことはできない。


 いかに改造パーツで力自慢だとはいえ、案の定手でしっかりと持たずに肘で挟まれていただけの私の上半身は、足を床から離した瞬間から再び床へと着地した。


 慌てた巨漢が、手で掴もうとするが、もう遅い。


 たとえ掴めたとしても、足を床面から離した時点で私の体は9.80665 m/s2の重力加速度が加わりエネルギー量は床に立っていた状態よりは遥かに大きくなっているから、下手な姿勢で掴もうとしたらギックリ腰になってしまうかも。


 巨漢が私を拘束するために肩幅より大きく開いた足の間を潜り抜けて後ろに回りこみ、羽交い絞めをすり抜けた私を捕まえるために追ってきた大きな手を逆に掴む。


 股の間から逃げようとする私を両手で掴もうとした姿勢は、まさに長座体前屈のように前のめり。


 その手を掴んで、あとは目の前にある尻を蹴り上げるだけで巨漢の男はまるでイキなアクション系コメディアンの様に派手な前転をして転んだ。


 普段なら寝転んだ相手に蹴りを入れて気絶させるところだが、どうも何かがおかしい。


 まるで、ド素人。


 片足に強化パーツを付けた男といいカギ爪の義手を付けた男に、この腕に強化パーツを付けた巨漢の男や今コーエンとルーを相手に戦っているあのメガネのオッサンにしても、いくらでも銃を使うタイミングはあったはず。


 階段の方から聞こえた銃声にしても、まだコーエンから聞いていないので確かではないが、車の様子を見に行った2人が初めから銃を手に持っていたとしたらコーエンたちはもっと注意深く動くはずだから銃声が聞こえるはずはない。


 なのに銃声が聞こえたと言うことは、銃を持っていながら、素手で戦っていたと言うことなのだろう。


 それに、この状態でも未だに姿を現さないボスの存在。


 何かが、おかしい。


 オッサンに遊ばれているコーエンとルーには悪いが、早くボスの居る部屋に行って会わなければいけない気がした。


 おそらく、相手も私が来るのを待っている気がする。


 急いでオッサンがボスと呼んだ女の居る部屋に向かおうとしたとき、強烈な力で足を払われた。


 さっき倒したばかりの巨漢の男が寝転がった姿勢のまま、その強化パーツを付けた腕で私の足を払ったのだ。


 まるで柔道の“足払い”をまともに受けてしまったように私は、走ろうとした勢いのままバランスを崩ししてしまい壁にぶつかってしまう。


 邪魔をされたことでホンの少しだけ頭に血が上り、向かってくる巨漢の男に蹴りを入れたが避けられてしまい、逆にパンチを食らいそうになった。


 専門は合気道だけど、ムエタイなどの攻撃的な格闘技にも自信はある。


 なのに巨漢の男は私の蹴りを、スウェーして見事に避けた。


 スウェーとはボクシングなどの打撃系格闘技におけるディフェンスの一つ。


 高度な動体視力と反射神経、卓越した距離感と鋭いカンが必要となる技術だが、身に着けるにはその素質だけではなく絶え間ない練習が重要となる、最も習得の難しい技術のひとつと言える。


 つまりこの巨漢の男は、ここに居た他の改造パーツ装着者と違い、充分に訓練されていると言うことになる。

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