第22話【働きアリの法則:ジェフとスタントン(Worker ant law:Jeff & Stanton)】

 いかに精鋭部隊と言っても、全員が真面目にキチンと仕事をしているわけではない。


 本当に素晴らしい組織の中には、必ずハミダシ者が居る。


 よく働く生き物の代名詞と言えば昆虫のアリが有名だが、全てのアリが良く働くのではなく、このアリの世界には一定の法則がある。


 それは、


 よく働くアリが、全体の2割。


 普通に働くアリ(時々サボる)が、全体の6割。


 サボっているアリが、全体の2割。


 3つの中の、どのグループを間引いたとしても、この2:6:2の割合は変わらない。


 ちなみに私たちCCSの中で、よく働くアリの代表格はビアンキ中佐とサンダース軍曹で、私とコーエンは普通の分類。


 そしてサボるアリの代表格には、ジェフとスタントンの2名が居る。


 ジェフ一等兵は、元は軍楽団に所属していたほどの優秀な音楽家だった。


 スタントン上等兵はコンピューターのシステム管理者として元はペンタゴンで技術軍曹としてシステムを管理していたほど優秀な軍人だったが、今では2人とも普通以下のパトロール要員。


 過去の経歴を見ると、2人は共に元の上官から“超勤勉”と評価されていたのだが、噂ではそのプレッシャーに圧し潰されて堕落してしまったのだろうと言われているが真相は定かではない。




 食堂はいつも賑やか。


 その中でも、特に賑やかなのがジェフとスタントンの2人。


 背が高く少しポッチャリ系のスタントンだけならそう問題はないが、ヒスパニック系で小柄のジェフとのコンビとなると、もう賑やかを通り越して“煩い”としか言いようがない。


「きゃっ‼」


「エレン、相変わらず安産型だな」


 セルフサービスの列に並んでいるとき、ジェフが通り過ぎざまにエレンのお尻を触っていった。


「お前たち、上官に対して失礼だぞ」


「なんか文句でもあるのかよ士官候補生。お前らみたいに無線で指示出したり、学生時代の延長みてぇな刑事ごっこを楽しんでいる訳じゃねえ。俺たちは毎日現場で命を張っているんだよ!」


「その命を張っている人が、何故ハーレムのスラム街での一斉捜査の日に現場に現れなかったのかしら?」


「シーナ、オメーは士官学校では賢かったのかも知れねえが、俺たちから見ればまだまだヒヨッ子だぜ。みんなが手柄目当てに一ヶ所に集まっちまったら、敵に裏をかかれたときに大変なことになるだろうが」


「つまり俺たちは英雄と言う派手な栄誉よりも、作戦をより高度なレベルで成功させるために、あえて裏方に回ったという訳だ」


「しかも、たった2人で」


「まあ、俺たち以外に、この任務に着けるヤツはココには居ねえな」


「ハンバーガーショップでナンパしながらか?」


「偽装だよ、偽装」


「女って奴は、好きな男が他の女にチョッと目を向けるだけでも直ぐに嫉妬しやがるから手に負えねえ」


「誰が好きな男だ!?」


「まあ、そう強がるなって。士官候補生のお嬢ちゃん」


 ジェフが去り際に、私の胸を叩くふりして触って行った。


「コノヤロー‼」


「止めなって、シーナ」


 完全に頭にきた私が突っかかろうとするのを、エレンが止めた。


 2人の面倒なところは、滅茶苦茶サボっていて何の役にも立っていないのにその自覚がないどころか、逆に自分たちこそ頑張っていると変に勘違いしているところ。




 腹の虫は収まらないけれど、ポンコツ2人を相手に騒いでいても、こっちが周りからバカに見られるだけだから止めておとなしくテーブルに着いた。




 ジェフとスタントがルーの隣に一つ開けて座り、遅れて項垂れたコーエンがその開いた席に座る。


 ルーが覗き込むようにコーエンに聞いた。


「またサンダースに絞られたのか」と。


「お、おいおい、俺は何にもしていねえぜ」


「?」


「原因はアイツだ」


 持っていたフォークの先でシーナをさすと、ルーは「ああ、またあのお嬢ちゃんか」と言って心配そうな顔でシーナを見つめた。


「ど、どうした?」


 ルーの反応に驚いて聞くコーエンに、ルーは顔をシーナに向けたまま応えた。


「けな気なもんだな」


「?」


「シーナの親、つまりクラウチ製作所が開発したサイボーグシステムは画期的だった。だがそれを広く世に広めた結果、違法改造を施されたサイボーグパーツを得て常人離れしたパワーとスピードをもつCC(サイボーグ犯罪)と言うものが世間を騒がせ、そのために俺たちCCS(サイボーグ犯罪対応班)が設立された。だが悪いのはクラウチ製作所でもなく、シーナの親でもねえ。もちろんサイボーグシステム関連の特許や技術を公開しなければ、このような犯罪は防ぐことが出来たかも知れねえ。しかしそれをしていたんじゃ、このシステムの装着を待っている世界中の肢体不自由者にはナカナカ行き届かねえ。両親も、そこのところは迷っただろうな……」


「じゃあシーナは、両親を恨んで?」


「違うだろうな。あの娘こは、そんな娘じゃねえ。チャンと躾しつけされた良いお嬢ちゃんだぜ」


「なんで他人のお前に分かる?」


「そりゃあ分かるさ。目と脚を見りゃあな」


「目と脚??」


「ああ、あのギラ付きのない、澄み切った黒い瞳を見てみな。まるでリスみたいにツヤツヤしてコロコロと良く動く目は純真さと賢さを物語っている」


 たしかに、そう言われれば、その通り。


「じゃあ、脚は?」


「シーナは東洋人だが、その東洋人の中でも、由緒正しい日本人だけが獲得している脚の形っていうものがある」


「日本人だけ……なんだそれは?」


「言っておくが、全ての日本人じゃねえ。今では生活様式も変わったからな」


 ルーは何故か、勿体つけて笑った。


 エレンと並ぶシーナの脚を見ても何も思いつかない。


 もっともエレンもシーナもジャージの単パンだから、脚全部が見えているわけではない。


「一体何なんだ? 勿体つけてねえで、さっさと教えろ!」


「あの盆栽みたいに曲がった脚さ」


「盆栽みたいに、曲がった……」


 そう言ってルーは、フォークで下を指す。


 よく見てみるとエレンの脚が棒のように真直ぐなのに対して、シーナの方はふくらはぎの部分が外側に少しだけ湾曲している。


「どうして?」


 理由が分からずルーに聞くと、古くからある日本人の躾の基本は正座であり、その正座こそがあのように外側に湾曲した脚の形を生むのだと語っていた。


 欧米人にはなく、朝鮮人や中国人とも違う脚。


 なるほど、確かに違う。


 隣で聞いていたジェフが「俺は、東洋人は嫌いだが、日本人だけは好きだ」と言うと、スタントンが「日本人はマナーがいい」と、付け加えた。


 なるほど、確かにワールドカップやオリンピックの時に、散らかったゴミを回収して帰るのは日本人だ。


 いつまでもシーナの脚を見ていると、その脚を隠すように手が添えられた。


 “いったいなんだ?”


 ハッと気づいて、視線を上げると、シーナとエレンが冷たい目で俺を見ていた。


 “いや、違う、コレは……”

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