第25話【やさしさ②(kindness)】

 フランダース港のある24号線から27号線サンライズ・ハイウェイに入り、そのままロングアイランド島東端の村モントークに向かうのかと思っていたら、コーエンは2キロ走ったところで直ぐにハイウェイを降りてしまった。


「カリブ料理でいいか?」


「いいけど、カリブ料理って。どんな料理があるの?」


「ジャークチキンとか、タコスなんかもあるぞ」


「あー、タコス食べたいな。他には何があるの?」


「モロと言うのは豆と米を炊いたもので、グルーパー・フィンガーズは白身魚のフライ。ゴート・シチューというヤギ肉を使ったシチューも美味しいぞ。それにカリブ風ハンバーガーも」


「カリブ風ハンバーガーって?」


「鳥のひき肉で作ったハンバーグをジャークソースで焼いた上にチーズやレタスと、あとはトッピングでトマトや焼きパイナップルなどを乗せたハンバーガーだ。ウマいぞ~!」


「あー、それ食べてみたい。焼きパイナップルってどんな味?酢豚の中に入っているパイナップルみたいなのかな?」


「スブタ??」


 スブタが何物なのか分からなかったが、シーナが明るくなってくれたことが嬉しい。


 やっぱりシーナは食いしん坊だ。


 橋の手前を右に曲がり、あとは海岸線のくねくねと曲がった道路を少し進むと海側に青い平屋建ての家が見えた。


 特に大きな看板を掲げているわけでもなく道路に面した場所には駐車スペースもなく、一見すると民家にしか見えない造り。


 ましてカーブを曲がった先に急に見えたから、一度でも来たことがなければ見落としてしまいそう。


 コーエンはお店の手前を曲がり、奥にあった駐車場にスルリと車を入れた。




「良く来るの?」


「昔はね」


「ヨット?それともボート?ひょっとしてスキューバーとかの、マリンスポーツ?」


「違うけど、答えは後で教えてあげる」


「ケチ!」


 海の見えるテラス席で私はチーズとパイナップルの入り、コーエンはトマトとアボカド入りのチキンハンバーガーを食べていた。


 共にレタス付きで、皿にはハンバーガーの他に、たっぷりのフライドポテト付き。


 ハンバーガーの他にはジャークチキンを一皿注文して、食後の飲み物はコーエンがノンアルのモヒートと言うカクテルを注文してくれた。




「はあ……」


 少し会話が途切れてしまうと、どうしてもタメ息が出てしまう。


 コーエンとの時間が詰まらないわけではない。


 むしろ、その逆。


 なのにタメ息が出てしまうのは、ソシェルに言われた言葉のせい。


 1日50ドルの日当で働く障がい者が、どうして50万ドルもするサイボーグシステムを装着できるのだろう?


 いくら考えても、装着できるわけがない。


 敵わない夢。


 さっき事件のあった場所がフランダース湾だったから、つい小説『フランダースの犬』の主人公ネロを思い出す。


 ネロは教会に飾ってあるルーベンスの絵が見たかったが、その絵を見るためには高いお金を払わなければならず、お爺さんが亡くなって孤児となったネロにはとても払えるお金ではなかった。


 最後の時、ネロと愛犬パトラッシュは教会のあの絵の前に居た。


 絵にはカーテンが掛けられてあり見ることはできなかったが、死の間際にどこからともなく入ってきた風がカーテンを捲り上げてネロは絵を見ることができ、そしてネロとパトラッシュは天国に召された。


 子供の時に、この絵本を読んで何度泣いた事だろう。


 高額なサイボーグシステムは、多くのネロとパトラッシュを生んでいる。


 そう思うと、サイボーグ犯罪を目の敵にしていた心が萎え、自分が何をしたらいいのかさえ分からなくなってくる。


 サイボーグシステムを世に出した“罪”


 その“罰”として、サイボーグ犯罪が生まれた。


 たしかに、支援団体もなく貧困にあえぐ肢体不自由者にとって、装着費用を稼ぎ出すには犯罪しか手がない。


 ソシェルの言ったことは間違っていない。




「どうぞ。少し早いけれど」


 コーエンは、そう言って私の前にモヒートを置いた。


 白い液体の上には軽くすり潰したミントの葉が乗っていた。


「これは、悩み事が浄化される飲み物なんだ」


「嘘ばっかり」


「じゃあ、試してごらん」


「嫌よ‼」


 と、言いながらグラスを口に運ぶ。


 輪切りにしたライムと、少し潰されてクタクタになったミントの葉が、氷の入った炭酸水の中でスッキリと輝いている。


 見た感じだけでもコーエンの言う通り、悩み事が弾けてどこかに飛んで行っちゃいそう。


 しかし、そう簡単に手名付けられてたまるものですか!


 意地を張って反発しながら輝く透明の液体を口に運ぶと、口の中で炭酸の泡と共にミント地ライムの爽やかな酸味が弾け飛び鼻に抜ける。


 口の中がエメラルド色に澄み切った、カリブの海になったみたい。


 ゆっくりと飲み込むと、ノド越しはまるで暑い夏の日の夕方に飲むキンキンに冷えた極上のビールみたい。


 思わず「プハーッ!」と息を吐いた。

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