第24話【やさしさ①(kindness)】
「シーナ、リバーヘッドのフランダース港に不審な船が居ると通報があったわ。至急向かって!」
ロングアイランド島のメルビルを通りすぎて、これから南海岸沿いにルートを変えるため折り返した時にエレンから連絡が入った。
「CC(サイボーグ犯罪)なの?」
「詳しくは分からないけれど、地元の警察は、そう考えてCCSに応援の依頼をしてきたわ」
「……分かりました。他の応援車両は?」
「30キロ後方のロングビーチにジェフとスタントンのペアが居るわ。今のところロングアイランド島に入っているのは、アナタたちの他はその1台だけよ」
「了解。直ぐに向かいます。現地到着予定は今から30分後です」
「お願いね」
「了解」
シーナがパトライトとサイレンのスイッチを入れて、市街地の交差点に差し掛かる。
サイレンに気付いた車が全て止まったことを確認してから、ゆっくりとUターンしてリバーヘッドに通じる495号線に向かう。
「どうかしたのか?」
シーナの様子が、いつもとは違うことに気が付いたコーエンが声をかけるが、シーナは「どうもしない」と気のない返事を返すだけ。
495号線の制限速度は時速55マイル(時速88キロ)だが、この車は緊急車両なので80マイルも出せばシーナの言った通り30分後には現場に到着する。
だが今までのシーナなら、そこを100マイル以上の猛スピードで飛ばして少しでも早く到着しようとするはずなのだが、どうもあのソシェル一味のアジト以来様子がおかしい。
なにかサイボーグ犯罪に、興味を失ったような。
それでもコーエンは黙って助手席に座っている。
気にならないわけではない。
むしろその逆で、滅茶苦茶気になる。
けれども、もしシーナがなにかしら心に傷を負っていたなら、その傷口を突つつくことはしたくない。
体にできた傷は時間が経てば治るが、心にできた傷は時間の他に、ほんの少しだけでも他のものが思いやりを付け加えてあげなければならない。
人は誰でも同じで、そのように出来ていると俺は思う。
「30キロ後方の車が、ジェフとスタントンなら、あてにならねえな。どうせアイツ等のことだからビーチで釣れもしない女を物色しているに違いない」
「……」
シーナが全然話に乗って来てくれなくて、俺の心に冷たい北風が吹いた。
きっちり30分後に現場に着いた。
地元警察のパトカーが4台も止まっているのに、出迎えは2人。
「CCSです。現場は?」
いつも先頭に立つはずのシーナに代わり俺が先陣をきって警官に聞くが、聞くまでもなく丘の向こうにある浜辺から中国人らしい甲高い話声が聞こえていた。
丘を上ると6人の警官が様子を見ている。
浜辺に乗り上げたボートからは幾つもの箱がおろされて、そこから少し離れところに待機しているトラックに積み込まれていた。
「ただの密輸ではないのですか?」
「それが……見てください、あの2番目の男の腕を」
警官から双眼鏡を渡されたので見てみると、たしかに2番目の男と言うヤツの右腕は何やら機械の表面が剝き出しになっているように見える。
“強化パーツ装着者⁉”
「とりあえず行ってみますので、援護を頼みます」
「はい」と返事をした警官たちが緊張のためゴクリと唾をのむ。
無理もない。
出稼ぎの中国マフィアは狂暴なことで有名だ。
なにしろ遊ぶ金欲しさのニューヨークマフィアとは違い、彼らには生活が懸かっているのだから。
「行くぞ、シーナ!」
「はいっ!」
従順なシーナも良いが、どこかタイミングがズレる。
「CCSだ。荷物を検閲する」
「シーシーエス、ソレ、ナニモノカ!?」
初めて聞く中国なまりの英語に一瞬気が抜けるが、奴らは大切なはずの荷物を地面に放り投げ一斉に俺たちに向かって走ってきた。
手にはハンマーや釘抜きや、石などを持ち、凄い形相で襲ってくる姿はチョッとしたホラー映画。
中国と言えばカンフー……。
思わずビビッて身構える俺に「武器を持っている敵を前にして止まるな!」とシーナが声をかけてくれた。
「おっ、おう!」
俺を追い抜いたシーナが襲ってくる中国人の中に突入する。
相手は7人。
その中には強化パーツを装備している疑いのある奴もいるのに無茶だ……と思っていたが、襲ってくる敵をまるで赤子の手を捻るようにバッタバッタとなぎ倒し、あっと言う間に7人全員を砂浜に寝転がせた。
“さすがシーナ”
「なにを感心している、止めは任せたぞ」
シーナはそのまま逃げようとするトラックめがけて猛ダッシュして、トラックの運転席から男を引きはがす。
俺は腕や肩を痛そうに抑えて起き上がろうとする奴一人一人に、拳固をお見舞いしてノックアウトさせて回る。
あっと言う間の流れ作業に警官たちは驚いていた。
結局、強化パーツを着けていると思われた男の腕は、単にタトゥーで描かれていて誰一人として強化パーツを着けている者は居なかった。
しかし荷物だけは本物のサイボーグパーツだった。
人工皮膚の付いていない剥き出しのパーツには、ところどころ錆や塗装が剥がれた部分も見える。
これが違法な改造パーツなのか、正規のパーツなのかは分からないが、どちらにしてもそう長くは使えそうにないことは確かなようだ。
あとは警察に任せて、俺たちは現場を去ることにした。
「チョッと、寄り道をしていいか?」
「構わないけれど、なに?折角だからロングアイランド島の先までパトロールしてみないか」
「サボるつもり?」
「いや、そんなつもりじゃないけれど……それに昼食もマダだったろう」
「じゃあ、いいよ」
OKしてくれたので急いで運転席に飛び乗ると、その様子を見たシーナが呆れたように笑って助手席に座ってくれた。
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