第33話【ジョンFケネディー空港事件⑤(John F Kennedy airport incident)】

 腰のペットボトルに手を掛けて、中の液体を零す。


 全力で走るには地面を正確に蹴る必要がある。


 特にこのロビーの様なツルツルの床ならば、より慎重に走らなければならない。


 ヤツは足にも強化サイボーグパーツを装着しているから、床が濡れていると速いスピードでは止まることが出来なくなる。


 床が濡れていることは目で見れば分かるから、たったこれだけの仕掛けでヤツのスピードを止めることができるはず。


 あとは腕の攻撃を回避しながら床の濡れたエリアに誘い込めば、ヤツ自身のパワーを利用してヤツの体をコンクリートの壁に打ち付けて倒すだけ。


 微かに風が動いた。


 “スピードを緩めないのか!?”


 闘牛士の様に半身になってギリギリ交わすと、案の定濡れた床でヤツが転倒して滑って行く。


 “馬鹿なの!?”


 不注意にも程があると油断して見ていると、ヤツの手がスッと伸びてきて私の足を掴もうとした。


 慌てて足を引くが、ヤツの指に防弾スーツの膝の辺りを掴まれてしまった。


 身体を持って行かれないように、必死で壊されたコンクリートの柱に剥き出しになっていた鉄筋にしがみ付く。


 その拍子にバリッという嫌な音が聞こえ、脚がスウスウする。


 見てみると、左側のスーツが股の縫い目の部分から下がスッポリ取れてしまい、ブーツも脱げてしまった。


 なんてこと!?


 慌てて追いかけるが、破れたスーツを取り戻す前に素早くヤツが起き上がる。


 “マズイ!”


 迂闊にも、無防備な体制でヤツの正面に立つ羽目になってしまった。


 絶体絶命。


 ここで機関銃を撃たれでもしたら、最悪防弾スーツの無い状態になってしまった左足はただでは済まない。




「シーナ! 伏せろ‼」


 その時ようやくコーエンの声が響き、直ぐに身を屈める。


 ドーンという音がして、ファゴットから放たれた徹甲弾がヤツの胴体に装着された防弾板の胸に当った。


 防弾板は大きく凹んだだけで弾は貫通しなかったが、ヤツは吹き飛ばされて壁に減り込むようになって止まった。


 “助かり!”


 この衝撃なら、軽くても脳震盪のうしんとうは間違いない。


 振り向いてコーエンに右手を上げる。


「サンキュー」


 コーエンもファゴットを下して右手を上げた。


 だが次の瞬間、コーエンが驚いた顔をして慌てて下したファゴットを持ち上げようとする。


 “いったい、何!?”


 答えはスーツを履いていない左足にスースーする風が教えてくれた。


 “ヤツだ‼”


 奴はコーエンが放った徹甲弾の威力に吹き飛ばされはしたが、気絶もしなければ脳震盪も起こしてはいなかったのだ。


 既に勝ったと思い込み、迂闊にも敵に背中を見せた私がバカだった。


 “絶体絶命‼”


 もう、私には打つ手がない。




 パーン!


 氷の様に静まり返った出発ロビーに1発の銃弾が響く。


 硝煙の匂い。


 真後ろでドサッという、何かが倒れる音。


 “やられたのか……”


 しかし、私はまだ立っている。


「馬鹿野郎‼何故、俺の到着を待たない!」


 ドスの効いた声。


 この声はサンダース軍曹。


 倒れたのは違法サイボーグパーツを手足に装着していたあの大男。


 可哀そうだけど、防弾板の左胸にはサンダース軍曹が放った12.7mm銃弾による大きな穴が開いていた。


 そして鬼軍曹の手にはM84A10スーパーバレット。


 12.7㎜特殊弾をマッハ3.5の速さで撃ちだすスーパー狙撃銃。


 これを立ったまま正確に撃てるのは、サンダース軍曹しかいない。




「しかしこの大男は、どうしてコーエン伍長が放った徹甲弾であの壁まで吹き飛ばされながら平気でいられたのですか?」


「薬中だ。だから死ぬまで自分は最強だと思ってやがる。半殺しのまま捕獲して色々聞き出したいこともあったが、こう言う奴に手加減をすると命取りになる」


 なるほど、だからグラビティ弾を有機溶剤で洗い流したときに皮膚が火傷したように爛れていても平気で戦えたのか。


 しかしヤツ等の目的は何だったんだ?

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