第39話【リリアン(Lillian)】

 入口の守衛さんに言うと、既にビアンキ中佐から聞いていたらしく直ぐに中に通してくれた。


 プレミアム・アパートのわりに警備室も小さくて、しかもゴージャスで広いエントランスもない古いだけの建物だと思いながらトンネル状になった建物の1階を潜り抜けると中庭があって、その中央で私たちを出迎えてくれたものに感動した。


「わぁー! 噴水がある‼」


「超凄いサプライズだよね!?」




 噴水の興奮も冷めやまぬまま、メモに書いてある中佐の部屋を目指す。


「あっ、ここだ」


「ご家族と、同居かしら……」


「屹度そうよ。こんなに家賃が高そうな所なんだから」


「そうよね」


 エレンは呼び鈴を押そうとする私を止めると、ポーチからコンパクトを取り出してお化粧や髪の乱れを整え始めた。


「なにしているの?」


「身だしなみのチェックよ。シーナ、アナタもチェックしなさい」


 余り気の乗らない私が“なんで?”と聞くと、エレンは「中佐のご両親に気にいられたらワンチャン社交界に呼ばれるかも知れないでしょう」ですって。


 “そんなに社交界に憧れているの?”と聞くと、憧れているのは社交界ではなくて、そこに来る超セレブでイケメンの男性たちがお目当てなんだって。


 もう呆れちゃう。


 呼び鈴を押すと、すぐにビアンキ中佐が出てきてドアを開けてくれた。


「いらっしゃい」


「「中佐……」」


 私たち2人とも、その姿にアッと驚いた。


 なんとビアンキ中佐の姿はTシャツの上にエプロンをかけただけ。


 1枚脱げば“裸エプロン”状態!?


 しかもエプロンの模様がボーダーだったから、いままで制服に隠されていた巨乳のみがもたらす隆起がクッキリとボーダーの曲線で強調されている。


 同性の私でも、思わず手が出そうになるくらい。


「さあ、どうぞ」


 中佐はそう言うと、何か急いでいる様子で背中を向けて部屋の奥に向かう。


 ターンして初めて気づく。


 裸エプロンではなくて、ちゃんとフィットネス用のショートパンツを履いていることを。


「当たり前よね……」


 エレンが小さく呟いた。


 やはり同じ姿を想像していたんだ。


「「おじゃましまーす」」


 ドキドキしながら中佐のあとを着いて行く。


「誰も居ないから、遠慮しなくていいわよ」と、奥のキッチンから中佐の笑う声。


「お一人ですか?」


「ご両親は、お出かけ?」


「両親はペンシルバニアに居て、ここは私の家」


 トレーに紅茶のセットと、焼き立てのクッキーを乗せた中佐が答える。


「すごーい!こんなところ、どうやって??」


「もともとは、両親が住んでいた」


 エレンが驚いて聞くと、職場では見せる事のない、はにかんだ表情で答える中佐。


 まるで人見知りをする子供のよう。


 そういえば言葉もどこか、ぎこちない。


 焼き立てのクッキーの好い香りに口の中が唾液だらけになるが、それよりもトレーに乗せられた可愛いカップ&ソーサーの方に驚いた。


「これ、マイセンのでしょう!?」


「そうだけど」


「買ったんじゃないんですか?」


「きっと、貰い物だ」


 マイセンのカップ&ソーサーを貰うほうが、自分で買うよりも凄い。


「あら、マイセンって凄いの?」


 もうカップを持ち上げて、紅茶を飲もうとしているエレンが私に聞く。


「だって、これマイセンのワトーでしょう?」


「よく知っているな」


「凄いねシーナ、カップを見ただけでシリーズまで言い当てるなんて」


「絵柄を見れば分かるの」


「高級品なの?」


 何も知らないエレンが、不思議そうな顔で言う。


 きっと貰い物だから、大したことは無いと勘違いしているのだと思う。


「高級品よ。だって1客2000ドル超えるんだもの」


「そう……に、2000ドル!?」


 エレンが啜っていた紅茶を吹き出しそうになり、私は慌ててティーカップに手を添えた。


 こんなのもしも落として割ってしまえば、1ヶ月分の給料が吹っ飛んでしまう。


「そんなにするのか?」


 エレンだけではなく、なんと持って来た中佐まで驚いていた。


「なんで中佐まで驚くんですか!」


「昔から使っているからな……」


「いいですか、中佐。これは普通に使うものではなくて、飾っておくものなんですよ。まあこれは庶民感覚ですが」


「すまない」


 中佐は恐縮して謝る。


「どうして謝るんです?」


「いや……この前、5客あった内の1つシンクに落として割ったから」


「「Oh my god‼」」




「ところで、その……」


「なんですか中佐?」


 職場では、いつも歯切れのいい中佐が口ごもる。


「せっかくのお休みだから、その……中佐って言うの、できれば止めて欲しい……」


「じゃあ何て呼べばいいんです?中佐」


「だから、それを止めろって!」


 止めて欲しいと言う敬称を着けて聞いた私がバカだったので、エレンに怒られた。


 中佐は恥ずかしそうに少しモジモジしながら、名前で呼んで欲しい。と言った。


 私たちは、その言葉に喜んで一緒に言った。


「「OK!リリアン」」と

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る