第40話【約束(promise)】
リリアンとの時間は、驚きの連続だった。
部隊内では基地司令としてテキパキと流れるように指示を出すと言うのに、プライベートになると喋るペースが遅い。
最初の頃はまるで人見知りの子供みたいにテンポが悪くて、それで私たちが答えを待つために注目してしまうと、余計に緊張するらしくて時々言い籠ってしまう場面もあった。
だけどさすがに天才と呼ばれるだけあって、話をしているうちにコミュニケーションのコツを掴んだらしく、大分スムーズな雑談が出来るようになった。
そして帰る頃には、もう普通……いや、やっぱり人馴れしていないのか、帰るときには物凄く寂しそうな顔を見せてくれて、一緒に焼いたクッキーをお土産に持たせてくれたうえにワザワザ通りまで見送ってくれた。
「来てよかったね」
「うん」
エレンも私も、なにか良い事をしたような晴れやかな気持ち。
ビアンキ中佐……いや、リリアン少女はその類まれな才能が故に、中学高校も同じ年齢の子供たちと過ごすことなく、10歳で大学に進んでしまった。
当然、ここでも同世代の友達なんていない。
周りは大人ばかり。
しかも天才少女を囲む環境は、いつも好奇の目で見られていた。
そう。まるで化け物か見世物を見るような目で。
リリアン少女は余計に自らの殻に閉じこもる様になる。
名門ハーバードの医学部でも周囲の反応は何も変わらなかった。
だから今までの過去を忘れ去るためにハードな訓練で有名な陸軍士官学校に入った。
でも、それは孤独を余計に深めるだけだったに違いない。
「シーナ、アンタはどうなの?」
「私? 私は全然大丈夫よ。だって飛び級と言っても高校と大学でそれぞれ1回ずつだけだもの。だから高校の修学旅行もチャンと行けたし……」
「エレンは修学旅行行った?」
「うん私は私立だったから行ったよ」
「えっ!? 公立だったら行かないの?」
「公立は基本的に学校全体での修学旅行は無くて、希望者だけが行くツアーになるの」
「……ねえ、エレン‼」
「な、なによシーナいきなり大声出して」
「サイボーグ犯罪が治まったら、リリアンを連れて修学旅行に行ってみない!?」
「修学旅行? でも私たちもう大人だよ」
「歳なんて関係ないの。彼女は一人だけ違う時間軸を通って大人になってしまったのよ」
「なるほど! 大人の修学旅行ね」
「うん」
エレンは直ぐに賛成してくれた。
「どこがいいと思う?」
「そうねえ……」
その時、エレンの携帯電話が鳴り出した。
「ちょっと待って、あらリリアンからだわ。一緒に焼いたクッキーの他にも、なにかお土産を渡すのを忘れていたとか♪」
「まさか」
「でもあり得るよ。あんなに甘えん坊さんなんだもの」
「それは確かにそうね……」
エレンがバッグから携帯を取り出して通話ボタンを押した。
「ハーイ、エレンです♪」
「まだシーナと一緒だな。今どこに居る!?」
携帯から聞こえた声は、さっきまでの甘い雰囲気のリリアンではなくて、いつも基地で聞こえるハキハキしたビアンキ中佐の張りつめた声だった。
“これはきっと事件に違いない”
「えっと、今はコロンブス・アベニューと、ウエスト67の交差点付近にいます」
「ではスポーツジムの前で待て!」
「了解‼」
通話が切れるとウエスト67の奥から、凄い音を立てて走って来る1台の車。
フェルメールブルーに塗られたNISSAN GT-R改。
リリアン・ビアンキ中佐の車だ。
その車が交差点を曲がって私たちの居るスポーツジムの前で止まる。
「ブロンクスでCC(サイボーグ犯罪)発生!直ぐ車に乗れ‼」
「「ハイ」」
慌てて車に乗り込むと、ドアを閉めるなり車は急発進した。
しかも基地のあるマンハッタンとは逆の、ブロンクスの方向。
「中佐、基地に装備を取りに帰らないと!」
後ろ座席からエレンが叫ぶ。
叫んだのはエンジン音が喧し過ぎて聞こえないと思ったから。
「装備は後から来るヤツが持ってくる!」
「ひょっとして私たちが1番乗りですか?」
「そうだが、何か問題でも?」
「いえ……」
エレンは何か言いたそうだったが、そこで話を止めた。
「シーナ、座席の前にあるダッシュボードを開けろ」
「ハイ」
ダッシュボードを開けると、そこには中佐愛用のグロックG34が2丁とグラビティ弾が発射可能なワルサーカンプピストルとグラビティ弾が2発あった。
「これでイケるか!?」
「充分です!」
防弾スーツもない状態なのに、即応体制を取るつもりだ。
また、それに対して即座に肯定してしまうシーナも無茶。
以前から思っていたのだけど、ビアンキ中佐がシーナに甘いように感じるのは、つまり“似た者同士”だからだと言う事がハッキリと分かった。
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