第38話【プレミアム・アパート(Premium apartment)】

「ハーイ、シーナ!」


 初めてお邪魔するのに一人きりと言うのもなんだか心細いので、ビアンキ中佐にことわってからエレン中尉も誘った。


「すごいよね」


「なにが?」


 エレンが興奮しているので理由を聞くと、子供の時から飛び級して医大を卒業した後の17歳で士官学校に入り、首席で卒業して僅か5年で中佐にまでなった経歴が凄いと言っていた。


「17歳で士官学校に入る前の医大には、何歳の時に入ったの?」


「噂では10歳の時だって聞いたわ」


「10歳って、普通ならまだ小学4年生よ!」


「10歳でハーバードの医学部に入学した少女は、それから僅か7年足らずで医学博士の称号を獲得して、なぜか士官学校に入り最年少で築体調に選ばれ今日に至る。凡才の私から見ればまるで怪物よね。シーナ、アナタも頑張りなさい」


 エレンが言うのは、私も飛び級経験者である事。


 でも私が飛び級したのは中学と高校の時の2回だけ。


 8年も飛び級しているビアンキ中佐にはとても敵わない。


 って、言うか、比べる物差しが違い過ぎる。


 ビアンキ中佐に書いてもらった地図に示された通りにバスを降り、指定されたルートに従って進む。


「それにしても、住所を教えてくれればあとはナビ任せで済むのに、いまどき自宅までの地図を書いて寄こすだなんて変わっているよね」


 私が広げている地図を覗き込みながらエレンが言う。


「まあ、そう言われてみれば、そうかも。でも、まだスマホを買ってもらう前の小学校の時みたいで何だか楽しくない?」


「そう!それ‼」


 私の発言をきっかけに、エレンの話し方がまるで事件の謎を解く探偵のように、急に熱を帯びてきた。


「さっきからズット気になっていたんだけど、その地図に絵と文字で書いてある“花屋さん”とか“パン屋さん”とかのお店って、最初は目印になるのかなって思っていたけれど全然目印じゃないでしょう? これってもしかして、ここで“土産を何か買って来なさい”って言うメッセージが込められているんじゃないかしら?」


「考えすぎだよ。だってこの通りだけでもパン屋さんは3軒と花屋さんは2軒も書いてあるし、お土産を買うと言う目的ならこのレストランやヘアーサロンやランドリーはどうなるの? まさか食事を済ませて髪を綺麗にカットして、来ている服をここで洗ってからでないと家の中には入れないなんて、まるで注文の多い料理店みたいじゃない」


「たしかに、それはそうね。でも不思議……」


 エレンは不思議だと言うけれど、私にはなんとなくビアンキ中佐がこの地図を描いた理由わけが分かる気がする。


 少佐は10歳の時にはもう大学生だった。


 と言う事は、当然それまでに小中高の学校を済ませていたことになる。


 だから一番楽しい小学校時代を殆ど経験することなく上級生に混じって学校に通っていたわけだから、こんな子供みたいな地図を描いて遊ぶ友達も居なかったのだと思う。


 つまり、この地図は、そんな中佐の忘れ物ではないだろうか……。




「あー、ここみたい」


「えーっ、ここぉっ!?」


 オバケかドラキュラでも出そうな、大きくて古いアパートの前で立ち止まるとエレンが目を丸くして驚いていた。


 どうしたのか聞くと、ここは一流のセレブ御用達のアパートだとか。


「それって、隣の高層ビルじゃないの? だってこのアパートって軽く築100年は経っていて、耐震強度もなさそうだよ。しかも高さも10階建てくらいで低いし」


「地震のないニューヨークに耐震強度なんて要らないのよ。 この建物はザ・ダコタと言って1884年10月27日に竣工し、一流のセレブがいくらお金を積み上げても役員の審査に通らなければ入れないプレミアム・アパートよ」


「すごい……」


 あらためて見上げると、その古いアパートが神々しく見えてくるから不思議。


 ミッドタウンの中でも、目の前には直ぐにセントラルパークだから当然と言えば当然。


 今は部隊指定のアパートに住んでいるから良いけれど、私のお給料では審査を受かったとしてもとてもこんな高級アパートの家賃を払い続けることは出来ないだろう。

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