第53話【ソシェルの話③(Conversation with Sorcière)】

「まったく、この子が居ると物事が上手く進まなうねぇ……。質問に答える義務はないけれど、あのとき見逃してくれた借りがあるから、こうしてアンタたちを待っていたのさ」


 “見逃した!? 中佐がソシェルを……”


 ソシェルの言葉をビアンキ中佐はスルーして話の続きを待っていた。


「あのときアタシは、この子のパトロールしているのを知っていて、アジトにおびき出したのさ」


「目的は私だったの!?」


「うぬぼれるんじゃないわよ。誰がアンタなんかを目当てにすると言うの? あの時教えてやった通り、お目当てはリリアンちゃんの方よ。もちろんこれは私をだしにしてカッシーノが考えたことだけどね」


 “リリアンちゃん……”ソシェルが中佐の事を名前で読んだ。


 しかも、チャン付け。


 振り向いて、そのリリアン・ビアンキ中佐の顔を覗くが、いつも通り無表情でソシェルを見ているだけだった。


「では今回も中佐をおびき出そうとしていたわけか。でも残念だったな、このシーナ様がまたその計画を潰しに来てやったぞ。この年増で巨乳のバカ女!」


 現状で逮捕はできなくても、相手が攻撃を仕掛けてくれば一般人と同様に正当防衛が成立するし、今は公務中なので公務執行妨害で逮捕もできる。


 だから敢えて汚い言葉を語尾に付け加えてやった。


 巨乳は自慢かも知れないが、年増とバカ女と言うフレーズは、この鼻高々のプライドを傷つけるには持って来いだろう。


「巨乳に成れなかった女は必ずそう言うモノさ。巨乳はバカが多いと、なんの科学的根拠もないことを。そういえばシーナ、お前もマダマダ巨乳と言うレベルには達していないようだな。うらやましいだろう?細身の体に豊かなバストなんて」


「だ、誰が思うか、そんなこと……」


 “私だって毎日牛乳を飲んでいるから、直ぐに追い抜いて見せる!”


「でも残念ね。細身で巨乳と言うのは遺伝子的要素が多くて、アンタなんかが毎日牛乳をガブ飲みしたってBBW(Big Beautiful Womanの略で、太った美しい女性を現す言葉だが、単に太った女性として使われることも多い)になってからようやく巨乳を手に入れられるのがオチよ」


 “うっ、考えを見透かされている……”


 おそらく、言葉の応酬では、私には勝目がない。


 打ち負かした余裕の表情を浮かべるソシェルが腹立たしい!


「年増だけは隠しようのない事実だな。ソシェルおばさん」


 室内の温度が急激に下がり窓に結露が出来るほど、ビアンキ中佐の一言がソシェルの表情を暗くさせた。


 “ざまあみろ!”


「もーっ、この子が居たら全然話が前に進まないじゃないの!いったいCCSでの教育はどうなっているの!?」


「黙れ、ソシェルお・ば・さ・ん」


 私はソシェルを挑発して、更にアカンべーまで付け加える。


「キーーーーッ!! リリアン、チョッとこの子殴ってもいい、これじゃあ話も何も有ったもんじゃないわ!」


「シーナ、黒月と一緒に少し廊下に出て行ってくれ」


「い、いいですが、黒月って……」


「俺だ」


「オッサンの名前。でもなんでビアンキ中佐が、アンタの名前を知っているの」


「ネームプレートを読んだんじゃねえか?」


 言われてオッサンの看護服を見ると、ローマ字で“KURODUKI”と書かれていた。




 オッサンと一緒に廊下に出る。


「廊下に立たされるなんて、ガキの頃を思い出すな」


「ガキの頃?」


「そう、宿題を忘れたり友達と喧嘩なんかしたりしてよ、よく授業中に立たされたもんだぜ。なあ」


 オッサンが、まるで同意を求めるように言うので「私には、そんな経験はない」と突っぱねる。


 いくら逮捕できないとはいえ、敵と馴れ合いはしない。


「オメーの場合は宿題忘れや喧嘩は無さそうだけど、自習時間に羽目を外しまくって大騒ぎして隣のクラスの先生から大目玉を食らって……と言うパターンは有りそうだな」


「なっ、ないっ!」


「ホントかぁ?」


「ほっ、ホントだっ!」


「そっか。オマエ好いヤツだな」


「そ、そうか? わ、私の、どこが好い?」


「嘘が付けねえところ」


「あー、そう……」


 好いヤツと言われて気が緩んでしまったところ、見事に学生時代の失態を言い当てられてしまった。

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