第52話【ソシェルの話②(Conversation with Sorcière)】

「脱線続きで今更なのだが、お前たちは、ここで何をしているのだ?」


 冷静なビアンキ中佐の一言で、善と悪の和気あいあいの時間が終わる。


「んっんっ……」


 ソシェルが咳払いをして、シーナを揶揄っているオッサンをたしなめる。


「まったくアンタが絡むと、コトが思うように運ばなくなるから嫌なのよ」


「悪党の思うように物事がスンナリ運んで堪るものですか!」


「何をこのアマ、調子に乗りやがって!」


「「ヤメロ!」」


 ソシェルとビアンキ中佐が同時に言い、喧嘩をしそうになっていた私とオッサンが固まった。


「ところでソシェルとやら、ここで何をしている。見たところ私たちを襲うために待ち伏せていたとも思えないが」


 ビアンキ中佐の言葉で初めて気が付いたけど、ソシェルもオッサンも拳銃やナイフなどの武器になるようなものは持っていない。


 倒した偽警官の銃も窓際に転がしたまま。


 私も拳銃は持ってきていないが、ビアンキ中佐がそのぶん2丁の拳銃を持っている。


 つまり、ここは私たちCCSの方が圧倒的に有利なのだ。


「中佐!私に拳銃を下さい!」


 拳銃さえあれば戦う時間が節約できるし、だいいち犯人とは言え病人がいる部屋で格闘戦をするなんて重大なモラル違反だ。


「シーナ、拳銃を何に使うつもりだ」


「ソシェルたちを捕まえます!」


 “これで我々の勝ち!”と思っていると、ビアンキ中佐が意外な事を言った。


「待て、ソシェルは逮捕できない」


「どうして!?」


「逮捕令状がない」


「でも……」


 ソシェルは、たしかに手下に犯罪を犯させている。


 なのに、なぜ?


「ソシェルと言う女と、オッサンと言う男がハーレムで事件を起こした犯人を匿っていたと言う情報はシーナからもらった。オッサンに関してはコーエンやルーからも情報を得ているが、ソシェルを見たのはシーナだけだ。そして犯行をほう助したことや、匿っていたという事実に関しては現在まだ捜査中」


「でも、でも押し入った私たちと戦い、捜査の邪魔をしたのになぜですか」


「令状は取っていたのかしら?」


 ソシェルが余裕のある声で言った。


「令状……」


「そう。私の事務所に捜査令状も無しに押し入った勇気は認めてあげてもいいけれど、令状がなければ只単に他人の家に無断で上がり込んできて暴れただけのことになるのよ」


「黙れ!我々はCCSだ!」


「シーナ、落ち着け」


「でも」


「たとえパトカーであっても、回転灯とサイレンを鳴らしていなければ、ただの車。それと同じように、現行犯や指名手配犯以外は令状と言う正規の手続きを踏んでいなければ警察やCCSといえども無暗に蹂躙することはできない」


「……」


「シーナ、分かってくれ。 今できることは、任意の事情聴取だけなのだ」


「……」


「両親の犯した罪を背負って士官学校からCCSに入った根性は認めてあげてもいいけれど、アンタ刑法や警察のお勉強を忘れているわよ。おバカさん」


「うるさい!サイボーシステムは罪ではない。ただ今は高価なだけで、そのうち必要な全ての障がい者に行き渡る世の中になる!」


「そうなると、いいけれど。はたして、そうなるかしら?」


「シーナを揶揄うのはよせ!」


 こんな時にも殆ど感情をあらわにすることのなかったビアンキ中佐が、この時だけは語気を荒げてソシェルをたしなめてくれた。


 けれども、ソシェルの言ったことは、何も間違ってはいない。


 CCSは軍人で組織されているけれど、その行動形態は戦争ではない。


 戦争なら怪しいと思われる建物内に無断で侵入して、そこに敵が居て抵抗すれば最悪撃ち殺すことも合法となるが、警察は違う。


 そんなことはCCSに入るときに教えられたはずなのに、なんて私はバカなんだろう。


 ソシェルが立ち入り禁止のこの部屋に居ることは合法ではない。


 そして中に居た警官を倒したことも。


 これなら、犯行現場に居合わせてはいなかったが、令状がなくとも連行して事情聴取することもできる。


 だが、この警官は偽物だから、なんとでも言い訳はできるだろう。


 そればかりではなく、逆に警察の失態を世間にさらけ出し、その美貌もあってソシェルは一躍マスコミが英雄に仕立て上げる。


 そのとき彼女が自らの持論であるサイボーグシステムが罪で、それが生み出したCC(サイボーグ犯罪)が罰だと言うことを言ってしまえば賛同するものも多く出てしまい、CCの取り締まりは一層困難なものとなってしまう。


 そんなことも気付かないなんて、私はソシェルの言う通り、なんておバカさんだったのだろう。

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