第27話【やさしさ④(kindness)】
ミーシャはコーエンが乗ると、それまでおとなしかった印象をガラリと変えて走り出した。
草の上を飛び跳ねるように走るその姿は、まるで乗られることをズット待っていたかのように活き活きと喜んでいるように跳ね回っている。
オジサンが言っていたように、まるで遠距離恋愛で久しぶりに大好きなボーイフレンドと会った時の女性そのもの。
まるでガールフレンド。
妬けるどころか、ミーシャの素直な気持ちが正直羨ましい。
「乗ってみる?」
しばらく2人を眺めていた私にコーエンが誘いの言葉をかけてくれる。
「乗ったことない」
正直、久しぶりに会った2人の邪魔はしたくなかった。
「じゃあ、一緒に、どう?」
「2人も乗ると重いでしょ?」
中途半端な断り文句になってしまった。
「う~ん……2人合わせて150㎏だから、ギリギリだけど、どう?」
コーエンの言葉は私ではなくてミーシャに聞いているらしく、言い終わったあとで長い首の横を軽くポンポンと叩いていた。
ミーシャはまるでコーエンの言葉が分かるのか、首を何度か縦に振ってまるで頷いているような仕草をした。
珍しくコーエンに誘われた。
ここで臆すると士官候補生シーナの名が廃ると思って、誘いに乗ることにした。
素直に差し出された手を掴むと、まるで風船か紙で作った張りぼての人形を引き上げるかのように、軽く引き上げられてあっと言う間にミーシャの背中の上に乗せられてしまった。
私が乗って準備が整うまでミーシャは微動だにしない。
そして体と心の準備がすべて整った時に、コーエンが手綱をほんの少し揺らしただけでミーシャはゆっくりと歩き始めた。
その動きはさっきまでの活き活きと跳ね回るような動きではなく、コップにナミナミと注いだ水を零さないように動くような優しい動き。
まるでお姫様あつかいされているよう。
「馬って賢いのね」
「ああ、特に記憶力は素晴らしいよ。印象に残った人の顔は、たとえ小さな子供のころに会った人でも忘れないし、その人の容姿が極端に変わったとしても見分けることが出来るんだ」
「容姿が変わっても!?」
「ああ、動物は鼻が利くし、人間と違って相手の本質を見抜くことが出来るんだ」
「凄いねミーシャ」
私がミーシャの首に抱き着くと、彼女も嬉しそうに足取りにリズムを加えて応えてくれた気がした。
なんとなく……いや、お互いに言葉は通じないけれど何故かお互いを認め合い分かりあえた気がして、その喜びが閉ざそうと努力していた私の心の門をこじ開ける。
少しむず痒いけれど、けして嫌ではなく、むしろそうなるべきだとなされるままに従う。
ミーシャは何もかもが暖かくやさしい。
心も体も。
それが肌を通じて伝わってきて、私の凝り固まっていた心まで溶かしてくれそう。
やさしさは、言葉じゃない。
「ミーシャ、やさしいね」
誰に言うでもなく、つい感情が言葉として出てしまう。
しかし、それを恥ずかしいとは思わなかった。
嬉しい。
私は今、嬉しい。
やさしいミーシャに乗せてもらって。
やさしいコーエンに誘ってもらって。
そして2人に囲まれて。
ミーシャは暖かくて柔らかい。
まるで毛布のように私の体と心を優しく包み込んでくれ、凍えていた心を溶かしてくれて、私までミーシャのように暖かくなってしまう。
最近アニマルセラピーと言う言葉をよく耳にする。
動物と触れ合う事で心を落ち着かせたりストレスを軽減させたり、動物には人を癒してくれる不思議な能力がある。
もちろん野生の虎やライオンや熊などと野山で不意に触れ合ってしまうと、癒しどころではなく恐怖そのものだが、犬や猫などに代表される家畜系の動物以外にもその能力を持っている者は多い。
肝心なのはお互いが“安全”だと思える環境を、お互いが意識せず自然に覚えられること。
そして好きであること。
ミーシャはその効果をシーナに与え、シーナも素直に受け取ってくれた。
ここに連れてきて良かった。
「私も手綱を持っていい?」
「いいよ」
手綱を渡すとシーナは胸を張って、綺麗な姿勢になる。
鞍を着けていないので、シーナの背中とお尻が俺の体に密着する。
“ああ……なんて暖かいんだ”
シーナの体は暖かくて柔らかい。
まるで毛布のようにやさしくて、ほのかに甘い香りもする。
シーナが発する熱と柔らかい体が、セラピー効果をもたらし俺の心と体を癒してくれる。
心なしかミーシャも、シーナによるセラピー効果をより高めるためか、俺が支持を出していないのに常歩なみあしからリズム感のある速歩はやあしに切り替えた。
速歩はやあしの場合は、馬の脚運びに合わせて体を上下に動かせて反動を抜かないと、態勢が崩れて落馬する恐れもあるのでシーナにそのことを伝えた。
「えっ、でも、どうすればいいの?」
「いい、チョッと腰を持つよ」
「うん」
手綱を持ったままシーナの腰に手を添えて、ミーシャの脚に合わせて体を上下に揺らす。
「これって、結構な運動になるのね」
「思った以上に体力が居るだろ?」
「ええ、でも凄く楽しいわ」
暖かかったシーナの体が更にポカポカになり、吐く息が少しハアハアと荒くなるのが分かる。
ピッタリと、くっついたお互いの体。
腰に回した手。
上下運動。
体温の上昇。
荒い息……。
いかん!
気を付けないと、これには非常に厄介な問題点……いや、落とし穴があった。
シーナのセラピー効果は物凄い癒しも与えてくれるが、俺の男の部分も強烈に刺激する。
いまここで、刺激に応じて立たせてしまったら必ずシーナは気付き、せっかくミーシャが与えてくれたセラピー効果が台無しになってしまう。
いや、勝手に速歩で走り出したミーシャこそ、俺にこの現象を起こさせようとした張本人に間違いない。
“色即是空‼”
俺は昔日本人から教わった煩悩を封じ込めると言う“呪文”を心でなかで唱えてグッと我慢した。
「今日はありがとう!」
モントークの岬にあるライトハウス(灯台)から大西洋を二人で眺めていた時、潮風にショートカットをなびかせながらシーナが振り向かずに言う。
「あの夜、敵のソシェルと言う女ボスに言われたの。私の両親が開発したサイボーグシステムは罪だと」
「罪?」
「そう。高価なサイボーグシステムを装着する医療を受けられるのは富裕層だけで、全ての肢体不自由者に敵わない夢を見させる罪だと。そしてそのお金のためにサイボーグ犯罪が生まれたと」
「し、しかし、それは……」
「いいの。色々な考え方があると思うわ。ソシェルは肢体不自由者にサイボーグシステムを装着させるために犯罪に手を染めているけれど、それが全部だとは思わない。むしろ肢体不自由者に強化パーツを着けさせて犯罪に利用している人たちの方が多い。だから私の敵は両親が世に出したサイボーグシステムじゃない。敵はやはりそれを悪用して人に危害を与える犯罪者。私は戦う。違法に改造された強化パーツを使う犯罪者が居なくなるまで」
「うん」
おそらくシーナの言葉は、自分自身に言い聞かせているのだと思ったが、俺は一言だけの返事を返した。
俺もシーナと一緒に戦う。
そういう思いを込めて。
基地に戻ると、ジェフとスタントンの二人が私のところに来た。
「ようシーナ! フランダース港でのサイボーグ犯罪をあっと言う間に解決したそうじゃないか」
「俺たちも応援に行くように言われたんだけど、シーナに限ってヘマをすることは無いから応援に行きたい気持ちをグッと我慢していたんだ。だって仲間を信頼するってことは大切で、それをキチンと行動で示すのはもっと大切なことだろう?」
「それで、と言っちゃなんだが、最近シーナが元気ないみたいだったから、俺たちはワザワザお前の故郷の食材を捜しにチャイナタウンに行って来たって訳だ」
「どうせシーナは料理が出来ないから、チャンと生で食べられるものを探してきてやったぞ」
二人がトレーの上に盛られた肉のような物を私の前に突き出す。
「なに、それ?」
「馬刺し、さ」
「俺たちアメリカ人は、あんなに可愛いポニーは食べないけれど、中国じゃあ当たり前に食べるんだろう?」
「なんたって犬や猫まで食べるそうじゃ……」
バンッ‼
次の瞬間、その馬刺しを持っていたジェフの顔にトレーごと馬刺しがぶつけられた。
「いらない! それに私は日本人であって、中国人ではない‼」
怒ったシーナがそのまま席を立って、どこかに行った。
「なんだ、アイツ」
「元のじゃじゃ馬に戻ったんじゃないのか?」
「そ、そうか。共食いになるんだ‼」
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