第28話【仕切り直し(reorganization)】

「8号車、現在ニューヨーク28番街を南に向けてパトロール中。この後ブルックリン橋を渡りロングビーチに向かいます」


「OK、シーナ。くれぐれも景観に気を取られないで。て言うか、くれぐれぐれも隣のオジサンが美女に気を取られないように気を付けてあげてネッ」


「バーロー!気ぃ取られねーよ‼」


「OK、コーエン。そう願うわ」


 運転をしながら司令部のエレンに定時報告をする。


 助手席に座るコーエンがブツブツと文句を言っている。


「シーナ。ところで、どう? 腕の調子」


 このまえ腕に違法サイボーグパーツを装着した巨漢の男を、強引に投げで倒したときに腕を痛めたことをエレンから聞かれた。


 あのときは早く敵のボスの部屋に行かなければならないと焦って、強引に投げをうって痛めてしまった。


「大丈夫よ」


「お母様に診てもらったの?」


「いいや、違う医者だけど」


「……そう、たまには親に診てもらいなさい。折角お母さまが医者様なんだから」


「仕事以外の話は止めて! それではこれで定時報告を終えます」


「了解、無理しないでね」




 親の話をされるのは嫌だったので、親友のエレンが相手なのに強引に通信を終える形にしてしまった。


 まだソシェルに言われたことが引っ掛かっているわけではない。


 ただ、私は親とこの仕事を切り離して考えていたいだけ。


「いいのか?」


「なに?」


 コーエンが何を言いたいのか分からなくて聞き返す。


「エレン中尉を相手に勝手に無線を切っちまったのはまあ良いとして……」


 “おいおい、そこは注意するべきポイントじゃないのか?”


「どうせオメーの事だから、本当は医者にも行ってねえんだろ」


「少し筋を伸ばしただけだ。イチイチ医者に行くまでもない。行っても湿布と痛み止めの薬を処方されるだけだ」


「本当に大丈夫なのか?」


「大丈夫だ。そんなに心配なら、なぜ私に運転をさせている?」


「まあ、順番は順番だからな。そっちから“代わって欲しい”って頼まれなきゃ俺が進んで運転を代わってやる必要はねえだろう?」


「とんでもない紳士ね」


「紳士じゃねえから、ここに居る。そう言うシーナだってお嬢様の身分を捨ててCCSココに来た“じゃじゃ馬娘”だろ?」


「まあ、言えてる。じゃじゃ馬娘は余計だけどね」


「本当に問題はねえんだな」


「大丈夫!」


「なら良いが、違法サイボーグ取り締まり班の俺たちが、取り締まられる方に回っちまったら……」


「コーエン、くどいぞ。それに私は、たとえ体のどこがどうなろうともサイボーグパーツは装着しない」


「でも腕が不自由になれば、この稼業は続けられねえぜ」


「その時は辞めて、別の道を進む」


「あっさりしたモンだな。なんたってそのサイボーグシステムで財を成したクラウチ家のお嬢様だから、俺らと違って就職先なんて引く手あまただよな」


「やめろ!親の仕事と私個人は何の関係もないし、親の世話になるつもりは毛頭ない。お前は私に喧嘩を売っているのか?」


「すまない。気にしないでくれ」


 シーナに怒られたというのに、コーエンは何故か嬉しかった。


 Mなのではない。


 ただシーナが前の“じゃじゃ馬娘”に戻っていることが嬉しかった。




 コーエンは私よりも年上で、経験も豊富なのに偉そうな態度に出てしまった。


 両親に会いたくないのも、このCCS(サイボーグ犯罪対応班)に入ったのも、両親への反発ではない。


 パパもママも悪いわけじゃなく、嫌いなわけでもない。


 むしろ大好き。


 だけどソシェルが言った通り、2人の発明が新たな犯罪を産み、そのためにCCSという組織が出来たのは確か。




 両親は祖父が手掛けていたロボット技術を応用して、世界で初めて実用的かつ日常的に、何不自由もなく使用できるサイボーグシステムの開発に成功した。


 事故や病気で腕や足などを無くした人に、脳波でコントロールできる人工神経を介して今まで通り何不自由なく操作できるサイボーグシステム。




 しかし最近問題となっているのは、そのサイボーグシステムの違法改造。


 つまり医療行為の枠を越えた、パワーアップ。




 サイボーグシステムの開発に成功した時から、違法改造は危惧されていた。


 しかし現在世界中で障害者として認定されている人の数は約13億人にのぼり、このうち先天性、後天性を含めた肢体不自由者は約半数の6億人以上。


 システムは完ぺきだけど、パーツの方は、所詮工業製品だから簡単に改造はできてしまう。


 両親が開発したサイボーグシステムは肢体不自由者にとって待ち望んでいた技術で、病気や事故・紛争や戦争などで手足を失った人々の社会復帰には特に有効な技術となる。


 だからこの技術を自分たちだけのものにしないで、広く世の中に広めた。


 けれどもその中に、心無い医師や技術者が混じっていた。


 悪いのは開発して世の中に広めた両親ではない。


 それに、あの時ソシェルが言った通り、サイボーグパーツは高額医療なので装着できるのは極一部の人だけ。


 分かっているけれど、今はこの違法に改造されたサイボーグパーツを装着する犯罪者によって悲しい事件が度々起きている。




 例えば通常のサイボーグパーツをパワーアップして、ヘビー級ボクサーの10倍以上のパンチを繰り出せるとしたら。


 両足にパワーアップしたサイボーグパーツを装着すれば、普通の人間では到底出せないスピードで走ることが出来る。


 強化サイボーグパーツの使用は世界的に違法とされているから、その様なパーツを着けた者がパラリンピックに出る事もない。


 軍隊だって兵士に対して、ワザワザ今ある腕を切断してまで強化サイボーグパーツを装着するような非人道的なことはしない。


 唯一の需要は“犯罪”


 犯罪組織はこの各種強化サイボーグパーツを装着した実行犯を巧みに使って、従来より凶悪な犯罪を企てるようになった。


 当然このようにサイボーグ化された犯人に対して、普通の警官では太刀打ちできない。


 そこで結成されたのが我々CCS。


 我々のメンバーは、各種のサイボーグに対応するための特殊な訓練と技能を身に着けている。


 コーエンは今回から支給された新兵器グラビティ―(重力)弾を扱う訓練を、この兵器の開発時から受けていて、私は対サイボーグ柔術を身に着けている。

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