第42話【病院へ②(to the hospital)】
ビアンキ中佐の運転するGT-R改は最大出力1200馬力以上で、最高速度は350㎞/hを超えるらしいが、普段の運転は優良ドライバーも真っ青になるほどの安全運転。
信号のない横断歩道に歩行者が立っていれば停止線で止まり、混んでいても車間を充分に取りむやみにブレーキを掛けない。
この前の事件発生で乗せてもらった時とは、まるで別人のような穏やかな走り。
まるでリリアンとビアンキが別人に思えるほど。
そうこう考えているうちに、病院に到着する。
開いている駐車スペースを探しているのか、中佐は徐行しながら駐車場を回る。
「あっ、あそこ開いていますよ!」
「ありがとう。でも、空きスペースを探しているのではない」
「えっ。はあ、すみません……」
なんか調子に乗って一生懸命探していた私ってバカみたい。
「いや、あ、謝らなくていい。任務中はどうも無愛想になってしまって、スマナイ」
ビアンキ中佐が、リリアンの時にだけ見せる、はにかんだ笑顔を私に向けてくれた。
「い、いえ、とんでもないです。ところで、何をしているんですか?」
「不審な車が居ないか探していた」
「それは、何か捜査の手がかりになるものですか?」
「いや。“転ばぬ先の杖”というか、まあ用心のためだ」
なるほど、もしも不審な車が先に居たとすれば、それは待ち伏せを意味するってことか。
さすがに天才少女だった人は違う。
「怖いもの知らずのシーナから見ると、随分臆病に見えるだろう?」
気軽に“いいえ”なんて答えられないので、手をバタバタ振って必死に“いいえ”のジェスチャーをすると、またビアンキ中佐がリリアンの顔をして笑った。
「実は学校に行っている時に酷い虐めを受けて、それで臆病な癖がついてしまった」
10歳で名門医大に進んだのだから、小さい時から体力的にとても対抗出来っこないほど年上の同級生たちに囲まれてきたのだから仕方がない。
自分の身を守るためには、自分自身が精神的にも体力的にも強くなることが一番だけど、まだ幼いリリアン少女では無理。
危険から身を守る術が無いのであれば、危険を避ける必要がある。
そういう少女時代を過ごしてきた中佐が、用心深くなるのは当たり前だと思う。
「あの車って、怪しくないですか?」
私が見つけたのは弱電設備の工事会社のバンタイプの車。
車の屋根には折り畳み式の脚立が載せてあり、車の横に大きな文字で“Broadway, Security Systems, Inc.(ブロードウェイ、セキュリティー システムズ社)と書かれてある。
社名から分かる通りセキュリティー システム関連設備の設置業者。
「どうして、あの車が?」
「こんな日に、セキュリティー関連のメンテナンスなんて怪しくないですか?」
「そうだな……」
ビアンキ中佐はそう言うと、直ぐに無線機を手に取り基地のエレン中尉に調べるように指示した。
「では、行くぞ」
車から降りる前、中佐が鍵付きのセンターコンソールボックス開ける。
拳銃を入れろと言う指示。
我々CCS(サイボーグ犯罪対応班)は警察ではなく、軍の所属部隊。
警官は法律上、特別な場合を除いて事前に許可を取ることなく常時拳銃の携行を許されているが、ここニューヨーク市では警察官以外が許可なく銃を携行して外に出る事は許されていない。
もちろん我々は任務があるのでパトロールなどの職務中の移動時や事件が発生した場合武器携行は許されているが、事件ではない以上許可なしに武器を持ってウロウロ出歩くことはできない。
これは州兵や国軍も同じ。
法律上は州兵なら州知事、国軍なら大統領の許可なしに基地以外での武器の使用は認められていない。
警察に協力しているにもかかわらず、法的には未だ一般の軍人扱いなのだ。
いま犯人は入院中で部屋は警官たちに守られているから、我々が武器を持ち込むのは正当な理由と許可が必要になる。
いままで病院内に銃を携行したまま入ったことは無いから当たり前の指示だが、私は拳銃をホルスターから外しかけたところで手を止めた。
「どうした?」
怪訝そうな少佐の声。
「持って行かせてください」
「許可を得ていない」
「どうした、何かあるのか?」
「いえ……ただ気になるのです、その……俗に言う“嫌な予感”と、言うやつです」
拳銃の携行に明確な答えを出せないので、少し“しどろもどろ”になりながら言った。
「そうか」とだけ返事をしたビアンキ中佐は、無線のマイクを手に取ると暗証番号を押し始めた。
「どうした」
スピーカーから聞こえるのは北東部地域統括部長のビンセント少将の声。
「ビアンキです。現在ジョンFケネディー空港事件の犯人が入院している病院まで来ていますが、銃の携行許可を願います」
「理由は?」
「雇用主が、彼等を抹殺すると言うタレコミ情報を得ました」
「信憑性は?」
「8割以上かと」
「何故そう言い切れる。タレコミなら2割がいいところだろう?」
「あとの4割はシーナ。残りの2割は私の上乗せではいけませんか?」
「……分かった、直ぐに手続きを依頼するから申請書をメールで送って、許可が出るまでそこで待機しろ」
「ありがとうございます。しかし、待てませんので事後承諾と言う事でお願いします。以上」
「おい、チョッと」
少佐が無線を切ったので、必然的にビンセント少将の声もそこで途絶えた。
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