042 反抗~3回でごめんなさい~


 場所:リヴィーバリー

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



「うふふ、無事に買い取ってもらえてよかった!」



 メージョーを出ると、ミラナはニコニコと満足そうな笑顔を浮かべた。


 怒っていても可愛いけど、やっぱり彼女の笑顔は最高だ。


 俺もいまは人間の姿なうえに、久々に腰にトリガーブレードを挿し、気分は上々だった。


 ミラナの隣にいるシンソニーも、いつもどおりニコニコしている。


 彼も二十一歳になっているはずだけど、学生のころと変わりのない笑顔にホッとする。


 いつの間にか肩まであった髪が短くなって、かなり男らしくはなっているものの、柔らかい雰囲気はそのままだ。



「よし! 早く次の依頼受けて魔物倒しに行こうぜ! ピカピカになったトリガーブレードの威力を見せてやるよ」


「あ、待ってよ。オルフェル、まだ用が……」


「競争だぜ!」



 ミラナがなにか言いかけたことに気づかず、俺は勝手に走り出した。



「ちょっと、ずるいよ!」



 ミラナとシンソニーも俺のあとを追って走ってくる。二人はなんだかんだ負けず嫌いで、競争だというと必ず本気を出してくるのだ。


 俺はそのまま、冒険者ギルドを目指してしばらく走った。


 ギルドについて振り返ると、ミラナとシンソニーがだいぶん後ろに離れている。



「おっそいな二人とも」



 二人は「はぁはぁ」と息切れしながら、膝に手を付いている。



「オルフェルの速さがおかしいんだよ」


「はぁ……。僕だって学校では早いほうだったんだけどな」


「俺、全力で走ってたわけでもねーぞ? まー仕方ねーか!? 体力バカだらけのカタ学でも、走りで俺に勝てるヤツなんていなかったしな! はっはっは!」



 ついつい調子に乗る俺を見て、二人は呆れた顔で額の汗を拭い、不満げに顔を見あわせた。


 犬のときに比べれば、これでもだいぶん遅く感じるけど、二人には少し早すぎたらしい。



「はぁ……。言っとくけど、今度勝手に離れたらケージに戻すよ」


「おっと!? ごめんなさいっ。ミラナ様」


つけるのやめて」



 ケージと聞いて慌てて謝る俺。あのお仕置き部屋だけは、俺ももうこりごりだ。



「じゃぁ、依頼受けてくるから賢く待っててね」



 ミラナは一人冒険者ギルドに入り、依頼を受けて戻ってきた。


 B級冒険者としては初仕事だ。



「ちょっと急ぐ依頼を受けてきたの。走らされて疲れたし、足の速いオルフェルに乗ってこっか。シンソニー」


「そうだね」


「えぇっ!? 俺人間終わり? ちょっとまてって」



 初仕事は俺のピカピカトリガーブレードの出番のはずだ。


 犬に戻されては剣が握れない。


 不満な声をあげた俺。だけど、ミラナが腰の笛に手をかけ、俺は気がつくと彼女の手を掴んでいた。



――やべっ、掴んでしまった!


――でも、まてよ? この笛を取りあげてしまえば、もう俺、犬に戻されることもねーんじゃねーの……。



 そんな考えが頭をよぎり、冷や汗をかきながらもミラナを見下ろす。


 犬のときは目線が彼女と揃っていた俺だけど、人間に戻るとミラナよりだいぶん背が高い。


 力だって全然違うし、ミラナから笛を取りあげるのなんて簡単だ。


 だけど、動けずにかたまる俺。


 そもそもミラナを掴んでしまった時点で、俺の心臓が痛いほど飛び跳ねている。


 荒ぶる恐れと恋心が、俺を委縮させているのだ。



「オルフェル、はなして」


「なんっ……人間になっても、やっぱりミラナが飼い主なの?」


「そうだよ。オルフェル、人間に見えるだけで魔獣だもん」


「……笛がなくても俺に命令できんの?」



 俺はミラナの腕を掴む手に少し力をこめた。


 確かに緊張はしているけど、最近俺は、ずっとミラナに抱きしめられていたのだ。


 三百年前に比べれば、これでもかなりドキドキ耐性はあがっているはずだ。


 ミラナがうらめしそうな顔で俺を見あげて、俺が一瞬調子に乗りかけたそのとき、ミラナが口を開いた。



「オルフェル……調教魔法、レベルダウン」


「うぉっ?」


「レベルダウン! レベルダウン!」


「おぉん!?」


「笛がないと、魔力三倍消費するんだから、ごねないでよ。サビノ村に着くまで乗せてね」


「すんませんでした」



 呪文三回で犬に戻される俺。残念ながら笛を奪ったところで、ミラナには逆らえないようだ。



――こんちくしょーーい!

「おぉーーーーーーん!」


「うるさいよ」


「すんません」


「……オルフェ、元気出して」


「おぅん」



 街中まちなかで遠吠えして怒られる俺を、シンソニーが励ましてくれる。


 俺は、ミラナたちを背中に乗せ、依頼主のいるサビノ村を目指した。



      △



 サビノ村は、リボルサの村と同じく王都リヴィーバリーの東にあった。ディザスタークロウを倒したビアロ山の隣にある、ガザリ山の麓の村だ。


 村の少し手前で、ミラナは俺とシンソニーの解放レベルをあげた。


 いま、俺は人間、シンソニーはワシの姿だ。


 意外とすぐに人間に戻してもらえてホッとする俺。


 できるだけ強そうに見えたほうが、依頼人にも安心してもらえるだろうという理由らしい。


 冒険者ギルドにはじめて入ったときの失敗で、ミラナも少し学んだようだ。



「魔犬も大きくて強そうには見えるけど、やっぱり剣士のほうが頼もしく感じるよね?」


「なんかその姿、強そうだもんね」


「そんなに戦った記憶はまったくねーんだけどな」


「シンソニーは、やっぱりワシかな」


「人間だと僕、強そうには見えないもんね」


「いや、そんなこと……あるか」



 シンソニーは艶やかな白い翼を広げながら、自分の姿を見ようと首を回している。多分自分でその姿をしっかり見たことがないのだろう。


 だけど彼は、ワシの姿が気に入っているようで、いつも嫌がる様子はない。


 鋭利で鮮やかな黄色のクチバシ、キリリとした目や太い脚、刀剣のような鋭い鉤爪も、普段の彼からは想像もつかない迫力がある。


 目の色が緑なのは、もともとのシンソニーの特徴を残しているようだ。


 そんなシンソニーを見ながら、ミラナはまだ少し悩んでいた。



「うーん、レベル4は……さすがにやりすぎだよね?」


「あれは、大きすぎるし、頭二個あるから、絶対怖がられるよ?」


「俺もワシがいいと思う! その姿、めちゃくちゃカッコいいぜ! シンソニー」


「ありがとう、オルフェ!」



 そんな相談をしたのち、俺たちは依頼人の住むサビノ村に入った。



*************

<後書き>


 ピカピカのトリガーブレードを手に、調子に乗るオルフェル君。ミラナは笛がなくても魔法が使えるものの、魔力を三倍消費するようです。


 ミラナが受けたB級冒険者の仕事で、活躍できると期待するオルフェルですが……。


 次回、第四十三話 予想外の仕事~いらみ、きえら~をお楽しみに!



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