053 焦燥~真面目なオルフェル~

 場所:国立カタレア魔法学園

 語り:ミラナ・レニーウェイン

 *************



――あー、またオルフェルの周りが人だかりに……。近づきにくいなぁ……。



 カタ学の生徒会選挙が終わったあと、私はこっそりとオルフェルの様子を覗き見ていた。



「すげーな俺、副生徒会長になれちまったぜ! ひょっとして、エリート騎士にもなれんじゃねーか?」


「ほんとだね☆ オル君、最近いろいろすごいょ♪」


「前期試験も学年五位だっけ?」


「ニニ、オル君に座学で負けるとは思わなかったょ~!」


「僕もだよ」


「おぉ! 途中からすっげー調子乗ってきたからな!」



 オルフェルの前に、ニーニーとシンソニーが座っている。さらにその周りには、たくさんの生徒が集まっていた。


 彼の周りがいつも人でいっぱいなのは昔からだ。


 長身で体格のいい彼の眩しいくらいに赤い髪は、どんな人混みの中でも目に留まる。


 大きな声や楽しげな笑い声も、どこにいても響いてくるし、とにかく彼は目立つのだ。


 国内一のエリート校に入っても、それは少しも変わらない。


 男子も女子も、彼に近づきたくて仕方がないのだ。



「くそー! 顔がいいだけだと思ってたのに、魔剣は扱えるし、ファイアーボールの威力はおかしいし、頭までいいとか! まったく世の中不平等だな!」


「はは! 顔がいいのは認めるけどな。頭は別によくねーよ? 試験は先輩たちに聞きまくって、山も当ててっから。あと、ファイアーボールのことはあんま……触れないでくれ……」


「失恋して撃ちまくってたら上手くなりすぎたんだっけ?」


「なにその笑えるエピソード。オルフェル君ってほんとに面白いね」


「あは☆ でも、オル君の山のおかげで、ニニ、成績伸びちゃった♪」


「私も~! オルフェル君のおかげで合格点取れたよ!」



 オルフェルの周りで、女子たちがキャッキャと騒いでいる。この光景を見るたびに、私の心はげんなりと沈んだ。



――自分が先輩たちに聞いてまわった情報を、惜しげもなくみんなに教えちゃうなんて……。


――これもシェインさんの入れ知恵なの? おかげで平均点あがっちゃって、私、一位取るのたいへんなんだからね?



 オルフェルがシェインさんに聞いてきた勉強法は、勉強した内容を、人に教えるというものだった。


 人に教えることで頭が整理され、記憶にもしっかり定着するのだという。


 オルフェルはそれを、この一年、ものすごく素直に実践してきた。


 人懐っこい性格や、皆を笑わせたいというサービス精神もあいまって、彼はどんどん友達が増えていく。


 同級生だけでなく、先輩や後輩にまで、かなり知り合いが増えているようだ。



「でもその試験の山なら、おれらも教えてもらったけどな?」


「お前、山しか勉強しねーんじゃん。そんなんで上位取れるほどカタ学は甘くねーよ? 山はあくまで、参考な。点数は確実に取りにいかねーと」


「オルフェ君、かっこいい~!」


「あ、いまのカッコよかった? よし、今度ミラナの前で言ってみるか!」



――やめてよ~! それ言われて、どんな反応すればいいわけ?


――だいたい、なんでそんな真面目に勉強してるの!? お願いだから、ちゃらんぽらんのオルフェルに戻ってよ~!


――副会長に当選しちゃったりして……。私そんなの、望んでないのに~!



 ファンの女子たちに囲まれていても、オルフェルは私への気持ちを隠そうともしない。


 それでもオルフェルの人気は、少しも変わることがなかった。


「一途なとこも可愛い」とか、「私もあんなに思われてみたーい」なんて言いながら、女子たちは変わらず、オルフェルを取り囲んでいる。



「だけど、魔剣は? なんであんな強いんだよ。学校の備品の剣でフレイムスラッシュ放つやつなんてそうそういないだろ」


「あー。あれはシェインさんに教えてもらったんだぜ! シェインさんは槍もすげー強いけど、剣もできんだぜ。ほんとカッコいいよな? それに、こっちきてからは、レンドル先生にも個人指導してもらってるし」


「あんな魔王みたいな先生に個人指導してもらうとか、どうかしてるぞ。怖すぎだろ」


「確かに。レンドル先生めちゃくちゃこえーよ? あれはほんとに魔王かもしんねー。だけど、頼めばすげー喜んで教えてくれるぜ」


「お前、最強だな」



 オルフェルたちと話しているのは、一年のころなにかと偉そうにしていた貴族の息子、ラングとレーニスだ。


 あんなにつっかかってきて、彼らのせいで罰まで受けたのに、オルフェルはいつの間にか、普通に仲良くなっている。


 そして最近は、ラングもレーニスも、すっかり落ち着いてしまったみたいだった。


 勉強や学年委員の仕事で忙しかった私には、どうしてこうなったのかわからない。


 けれど、オルフェルは本当に、だれとでも友だちになれるようだ。オルフェルの社交性は、私の理解を超えている。



――ていうか、オルフェル、努力しすぎでしょ!? 困ったわ、本当に、どうしよう!


――このままじゃ、成績も抜かされかねないわ。次の試験も気合い入れなきゃ!


――もうっ、どうしてエリート騎士になれたら恋人になるなんて約束したの? 私のバカ!



 焦る私に気付きもしないで、オルフェルが楽しそうに笑っている。



「はは! ミラナの恋人になるのも、もう夢じゃねーかもなっっ」


「お前、そんな不純な動機で、よくそこまで頑張れんな」


「当たり前だろ! ミラナといちゃいちゃできるなら、俺は針山のうえでもいい!」



――もうっ、オルフェルったら、またあんな、大声で……。恥ずかしいからやめてったら~っ。



 急に自分の名前が出て、慌てて顔を引っ込める私。


 私のいないときに私の話になると、次は必ず、子供のころから聞き慣れた陰口が飛んでくる。



「あーでも、ミラナって、確かに美人だけどさ。ちょっと怖いし真面目すぎてつまらなそうー」


――ほらきた……。



「お前っ! ミラナの悪口は俺、本気で許さねーよ!?」


「そうだょ☆ ミラちゃんはお茶目で可愛いんだから♪」


「うんうん。僕もミラナは面白いと思うな~」



 オルフェルが私の代わりに怒ってくれるのも、幼なじみの二人がすかさずフォローしてくれるのも、いつものことだ。


 三人の優しさに、ひとりでほっこりする私。やっぱり持つべきものは、同郷の友達だ。



「そっか、ごめんごめん」


「でも、そこまでなんにでも本気出せんのはすごいな」


「いや、基本は俺、なにしてもすぐ飽きるぜ」


「そういうとこあるよね」


「オル君、すぐ飽きたーっていうね」


「まぁ、ミラナだけは一生飽きねー自信あるけどな!」



――ウソだよっ。そんなこと言って、どうせ、私のことも手に入れたらとたんに飽きるんでしょ!?


――オルフェルがめちゃくちゃ飽きっぽいの、知ってるんだからね?



 またこっそり顔を覗かせた私は、オルフェルを取り囲んでいた男子と目があってしまい、慌てて姿勢を正した。



「わっ、生徒会長だ。オルフェル、ミラナさん戻ってきたぞ」


「あっ、ミラナ。委員の引き継ぎ終わったの?」



 私の姿を見て、嬉しそうに寄ってくるオルフェル。まるで、玄関で主人の帰りを待っていた子犬のようだ。


 端正な顔立ちなのに、クシャッとした笑顔が無邪気すぎる。


 スラリとした長身、ほどよく筋肉のついた引き締まった身体。


 少し長い前髪の向こうに見える瞳は、蕩けそうなほど甘く私を見詰めている。


 はっきりいって、死にそうなくらい可愛い。



「なぁ、ミラナッ! 俺も副会長なれたからさっ。これから、生徒会一緒に頑張ろうぜ!」


「……あー、はい。そうだねー……」


「えっ!? なに!? 久々にすげー棒読み。なんか怒ってんの? ミラナさん!?」



 オルフェルは知らない。


 実は私があなたを、大大大好きだということを……。


 必死に平静を装っているけれど、あなたの赤い髪が視界に入るだけで、私の心臓はバクバクだ。


 甘く名前を呼ばれるたび、心はふわふわ舞いあがって、取り戻すのも大変なのだ。


 一緒に生徒会なんて、仕事にならないに決まっている。



――あー! オルフェル可愛い! 好きすぎる! どうしてそんなに魅力的なの?


――お願い、そのまま、いつまでも私を好きでいて!



 だけど、あのころの私は、彼に勉強で負けてしまうと、ガッカリされて飽きられてしまうのだと、はげしく思い込んでいたのだった。



――やだなぁ。オルフェル、勉強しすぎだし。成績負けて、つまんねーなんて言われたらどうしよう。


――私勉強以外に取り柄なんてないのに……。


――いっそもう、好きって言っちゃう? あー! 無理無理っ。恋人になったりしたら絶対すぐ飽きられちゃうよね? 私本気でつまんない女だからね……!?


――うー! どうしたらオルフェルに飽きられずに、ずっと一緒にいられるの?




「ミラナ。ほんとにどうしたの?」


「やめて、オルフェル。顔近づけないで」


「えっ、ごめん。なんか、すげー機嫌悪い?」


「別に。普通だけど」



――がぁー! またっ。こんな態度取っちゃって。私って本当に可愛くない!


――だって、オルフェル距離が近くて、ドキドキしすぎるんだもん!


――どうしよう! このままじゃ私、恋人になる前に嫌われちゃいそうな気がしてきたよー!



 そんな胸のうちの焦りと恋心を、私は見事な無表情と棒読みの発声で隠していた。


 だけど彼の戸惑った顔を見るたび申し訳なさが募り、どんどん自己嫌悪に陥っていく。


 本当はもっとオルフェルに近づきたいのに、飽きられるのが怖すぎて、どうしていいのかわからないのだ。


 彼はそんな私の気持ちに気がつかないまま、まっすぐに騎士を目指しつづける。


 そしてどんどん優秀になり、私を追い詰めてくるのだった。



*************

<後書き>


 カタ学でみんなに囲まれているオルフェルを眺めるミラナ。


 どうやら彼女は、オルフェル君に成績で負けると、彼に飽きられると思い込んでいたようです。


 うっかりしてしまった約束で、ちゃらんぽらんの彼を本気にしてしまい、激しく後悔しているミラナでした。


 え? オルフェル君が元々人気者だなんて信じられない? そんなこと言わないでください笑


 次回はもっと時間をさかのぼって、あの日のミラナの様子を見てみたいと思います。


 第五十四話 あの日のミラナ1~全然似てないよね~をお楽しみに!

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