054 あの日のミラナ1~全然似てないよね~
場所:イコロ村
語り:ミラナ・レニーウェイン
*************
「ふふ。今日も放課後の予定はなし。勉強も委員の仕事も、はかどって最高だわ」
そんな独り言を言いながら、だれもいない教室を出る十歳の私。
小さいころから、素直じゃなくて、可愛くもなくて、友達もほとんどいなかった。さっきのセリフはもちろん強がり。
本当の私は、寂しくてしかたがない、どうしようもないかまってちゃんだ。
だけど私は、勉強しかできなくて、ほかになんにも取り柄がない。だから、とりあえず真面目なふりをして勉強してるだけの、つまらない子供で……。
学級委員長を引き受けたのも、だれかにかまってもらいたかったのと、ありあまる暇をつぶしたかっただけだった。
そんな寂しい学校生活を送る私。
もちろん近所に住むオルフェルとも、十歳になるまで、会話らしい会話をしたことがなかった。
遠目で見る彼の印象は、お調子者で、目立ちたがり。いつも楽しそうに笑顔の輪のなかにいる真んなかの人。
その人だかりに、私は近づくこともできなかったけれど。
△
「さてー。こないだの魔法陣形学のテスト返すぞー!」
「よしきたー! 自信あるやつ!」
「お、今日もオルフェルは元気いいなぁ。授業中によく寝てスッキリしたのかー?」
「ぐはぁっ、居眠りバレてるっ」
「「ぎゃはは」」
頭を抱えてそりかえるオルフェル。動きがオーバーな彼は、とにかくいつも目立っている。彼がなにかするたびに、教室には笑い声があがった。
「ぐぁー! 十五点!? 自信あったのになぜだ! 笑えるくらい真剣に魔法陣書いたのにーー!」
「バカめ! 雑すぎだ。そんなぐにゃぐにゃな線じゃ魔法はでないぞ。定規使えって言ったろうが」
「だめだ先生! 俺は定規をもつと戦いたくなる呪いにかかっている!」
「はい、居残り勉強決定」
「ひー!」「「ぎゃはは」」
――オルフェルって不思議。なんで十五点なのに自信あったの?
――私、百点だけど、結果見るまで全然自信なかったよ……?
ほかのことに自信がないからか、過剰に勉強してしまう私。勉強だけは失敗したくない、と思っているせいか、どんなに勉強しても安心できなくて、何度も確認してしまう。
自分が認められない、信じられない。そんな自分がすごく疲れる。
全然できなくても調子に乗れるオルフェルなんて、私にはまるで異星人みたいに見えた。
――羨ましい。あと、なんか見てると癒される。
そんな彼を、気がつくと目で追ってしまう私。
そして、放課後に居残りさせられた彼は、十分と待たずに根をあげた。
「ダメだー! あきたぁぁ! 同じ魔法陣何回も書いてなんの意味があんだよぉぉーー!」
「黙ってやれ。まだ二回しか書いてないぞ。魔法陣は魔法の基本だろ」
「こんなの知らなくても魔法でるじゃねーっすかぁ」
「それでなんとかなるのは単純な魔法だけだ。いくら守護精霊がいても、勉強しないと使える魔法は限られてくるぞ。あとで見にくるから仕上げておけよ」
「へーい」
そう返事をしたくせに、オルフェルは先生がいなくなると、すぐに立ちあがってウロウロしはじめた。
暇すぎたのか、教室に残って委員の仕事をしていた私のところに寄ってくる。
「ミラナ、今日のテスト百点だってな? すごくねー? なんでこんなんで百点取れんの?」
先生が成績上位者を発表してしまうため、私の点数はいつもみんなに筒抜けだ。
「答案みして?」
可愛い顔で私を覗き込む彼。真面目すぎて怖いと思われている私に、わざわざ話しかけてくる人はかなり少ない。
まさか声をかけられるとも思っていなくて、びっくりしていると、オルフェルはさらに距離を詰めてきた。
私が恐る恐る答案用紙を出すと、オルフェルのテンションが一気にあがる。
「なんだこれっ。すっげー! とりあえず、字が綺麗すぎるだろ! それになに? この完璧な魔法陣! このまま本にして出版できるレベルじゃねー?」
「えっ、そんな大袈裟な……」
「いやいや! 大袈裟じゃねーよ? こんな綺麗に書けるやつ、イニシス中でもミラナくらいだろ。やばいな。尊敬するぜ。手本にしたいからもらっていい?」
「えぇっ。ど、どうぞ?」
「やったー! 家宝にするぜ! ん? わっ、こっちもこっちも百点じゃね? ミラナの答案全部百点じゃねーか!? 全部足したら百万点いきそうだな!」
――えー?
――なんかめちゃくちゃ無邪気に褒めてくれる!
――可愛すぎでしょ。オルフェル!
オルフェルは私の答案を持って席に戻ると、「あきたー」を連呼しながらも、なんとか最後まで、魔法陣を書きあげた。
そのあともオルフェルは、たまぁにとおりすがりで足をとめると、私を大袈裟に誉めてくれた。
――わー。うれしい。もっと、オルフェルに褒めてもらいたいな。百点とったら、また話しかけてくれるかな?
オルフェルの調子がいいのも、だれにでもそんな感じなのも、わかっていたつもりだった。
たぶん、私に話しかけたことすら、彼はすぐ忘れてしまう。
それでも、彼が寄ってきてくれると、私はどうしても浮かれてしまった。
△
そんなある日、私はやんちゃなクラスメイトのグレインに引っ張られて、オルフェルやシンソニーと一緒に、サーイン川へと出かけた。
ずっと真面目なふりをしていただけの私だけど、いつの間にかすっかりそれが板についている。
イケないことをするのには抵抗があった。だけど、オルフェルと遊べるという誘惑には勝てない。
グレインとオルフェルは、ぱっと見では見分けがつかなくて、みんなは「双子か!」なんて言っている。
だけどグレインは、私を見かけると楽しげに昆虫を投げつけてきたり、スカートをめくりにきたりするのだ。
オルフェルと同じく元気がよくて、私にもたまにかまってくるけど、こっちは迷惑にしか感じなかった。
だから私の目には、いつもオルフェルしか入ってこない。
――全然似てないよね。オルフェルのほうが百倍かっこいいけど?
――あぁ、笑顔可愛い。最高……。学校ではこんなにじっと見てるわけにいかないもんね。
川辺の石の上に座って、グレインとはしゃぐオルフェルを幸せな気分で眺める私。
そんな私を、シンソニーがニマニマしながら見ていた。
なんだか、気持ちを見抜かれている気がして、私は慌てて真顔を作る。
そんな楽しい時間がすぎ、やっとオルフェルと仲良くなれたと喜んだ矢先、グレインが魔物に食べられた。
守護精霊持ちの魔導師が多いこの村では、とても珍しいことだった。
不運に不運が重なり、たまたまできた隙を突かれた、そんな感じの一瞬の出来事。だからだれもが、ただただ呆然としてしまった。
なかなかグレインが死んだという実感はわいてこない。
だけど、いつだってあんなに楽しそうにしていたオルフェルが、まるで抜け殻のようになっている。
一カ月たっても、二カ月たっても、彼が笑顔を見せることはなかった。
彼のつらそうな顔を見るたび、私の心もつぶれそうに痛む。心配で心配で、少しも目が離せない。
そんな日が三カ月もつづいたころ、彼がサーイン川へ行こうとしているのを見かけて、私はついついついていった。
そして、川辺で八つ当たりのように剣を振っていた彼がとうとう泣き出すと、私はたまらず、その背中に抱きついてしまったのだった。
「ごめん、俺いつまでも不貞腐れて心配かけてたよな……。グレインが死んで寂しいのは、俺だけじゃねーのに」
「ううん。私も不貞腐れてたから、一緒だよ」
「なんかさ、シェインさんがときどき俺のこと、グレインって呼んでくんの。よくわかんねーけど、つらくて、俺……」
「うん、それはつらくて当たり前だよ。ずっと我慢してたんだね。えらいね、オルフェル」
「うっ、ミラナ……」
シェインさんをお兄さんのように慕っていた彼だけに、いまのシェインさんの姿は、見ていてつらいものがあるようだ。
親友と同時に兄まで失ったような、そんな喪失感を彼は感じていたのかもしれない。
だけど、私と一緒に思う存分泣いた日から、オルフェルはすっかり元気を取り戻した。
そして数カ月も経つと、また彼がシェインさんと話している姿を、普通に見かけるようになった。
*************
<後書き>
なかなか自分に自信が持てない十歳のミラナ。唯一自信のある勉強も、気負いすぎて楽しくありません。
そんな自分を無邪気に褒めてくれるオルフェルに、彼女は癒されてしまいます。
彼にはずっとそのまま、楽しそうにしていて欲しいと願うミラナでした。
次回、第五十五話 あの日のミラナ2~しないって言ったのに~をお楽しみに!
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