052 どう思う?~イニシスの未来~

 場所:シーホの森

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



「キェーー!」



 シーホの森に入ってすぐ、俺たちは半竜に襲われた。けたたましい鳴き声が響き渡ると同時に森の木々がざわめく。半竜の巨大な赤い翼が、俺たちの頭上に影を落とした。



「魔力充填完了! ウォーターキャノン!」


――キュイーーン!――



 ネースさんが脇にかかえた大砲から、空気を切り裂くような効果音が鳴り響く。湯気が立つほどの勢いで、津波のような大水が半竜に襲いかかった。


『ドバーン!』とか、『バシャーン!』とかいう感じの攻撃だけど、あくまでも効果音は『キュイーーン!』だ。


 ネースさんの武器は、普段は、お菓子や紙吹雪、煙で書かれた文字など、実にさまざまなものが飛び出すおちゃめな大砲だった。


 蛇やムカデにそっくりのおもちゃが、大量に飛び出してきたときは、女子たちがみんな青ざめて悲鳴をあげた。


 だけど、戦いに使うときは、ネースさんの水大砲は強力な水属性の武器に変貌する。彼は水属性魔法の使い手なのだ。


 火炎球を口から飛ばそうとしていた半竜が、ずぶ濡れになって「ゲフッ」と炎を飲み込んだ。



「凍りつき眠りなさい! フロストスリープ!」



 半竜が怯んだところに、ベランカさんがすかさず氷結の魔法を放つ。


 彼女の武器の短い杖は、まるで万華鏡のようだ。彼女が魔法を放つときに現れる氷の結晶を、美しい模様にして空中に映し出す。幻想的な光景が目の前に広がった。


 その変化と輝きに見入っているうちに、半竜はすっかり凍り付き、ゴトンと音を立てて地面に落ちた。


 さらに睡眠の効果で、凍りながらもグーグーと寝息まで立てているのだからすごい。



「稲光り突き抜けろ! サンダートラスト!」



 べランカさんが凍らせた半竜を、シェインさんの雷の槍が氷ごと貫く。あっという間に、半竜は粉々に砕け散った。



「あんなかたい半竜を氷ごと貫通!? シェインさんすげー!」


「気を抜くな! 囲まれてるぞ。イバラよ絡みつけ! タングルオブソーン!」


 

 興奮して叫ぶ俺を怒鳴りつけながら、ハーゼンさんが拘束の魔法を放った。



「グォーー!」



 地面から太く鋭いイバラが次々に伸びあがり、まるで生きているかのように動きながら、集まってきた魔物たちを強力に締めあげる。捕まっているのは五匹のオーガだ。


 オーガの強靭な皮膚に蔓の棘が突き刺さり、赤黒い血飛沫をあげている。ハーゼンさんは、土属性魔法の使い手で、植物を魔法で生やすことができた。



「すげー! 怪力のオーガを五匹も!」


「だから、気を抜くな! 抜けられる前に倒すぞ!」


「はいっす、です!」



 ハーゼンさんが動けないオーガに巨大な斧を撃ちおろす。斧が魔物に突き刺さる重い音が周囲に響いた。拘束の魔法の威力もすごいけど、攻撃の力強さもすさまじい。



「燃えあがれ! フレイムスラッシュ!」



 俺もオーガに一撃をくらわせた。トリガーブレードで放たれた斬撃がオーガの胸を切り裂き、傷口から炎が燃えあがる。


 エニーやシンソニーもそれぞれに湧いてくる魔物を攻撃して倒した。先輩たちはやっぱり、俺たちよりかなり強い。


 二年生ではかなわないような魔物でも、余裕な顔で倒してしまう。


 だけど、その日は本当に、次から次へと魔物が現れ、どんどん襲いかかってきた。



      △




「はぁっ、はぁっ」



 森に入ってしばらく、俺たちは川のほとりで立ち止まった。木々の間から差し込む陽光が、足元にまだら模様を描く長閑な場所だ。


 だけど俺たちはみんな、険しい顔で荒い息を漏らしていた。ずっと俺たちを引っ張ってきてくれたハーゼンさんの表情も、かなり強張ってきている。



「次から次へと、いったいどうなっているんですの?」


「魔物たちが殺気立ってるな……」



 ここまでで大きな魔物との戦闘は十二回。先輩たちは強いけど、それでも何度か危険を感じる場面があった。前回の帰省のときとは桁違いの数の魔物が次々に襲ってくるのだ。



――いったい、なんなんだ。やっぱり、さっきの怖い気配と関係あんのか?



 緊張のせいか、いつも以上に疲労を感じ、みな汗だくになっていた。


 倒れた木の幹に腰掛けたシェインさんとべランカさんの周りに、みんなも座りこむ。



「みんな、どう思う? やっぱりこれは、さっきのおかしな気配の影響かな」



 水を飲み呼吸を整えて、意を結したように、シェインさんが口を開いた。


 みんな気にはなっていたけれど、あまりに怖すぎて、ここまでそのことに触れずに逃げてきたのだった。


 最初に声を発したシェインさんは、勇気があるなと思う俺。



「どこかで、闇のモヤが発生してるのかもしれないな」



 皆が口籠るなか、ハーゼンさんが革のグローブをはめた大きな手で、額の汗を拭いながら返事をした。


 闇のモヤは、身体に害をなす悪い空気だ。濃くなると黒く淀んで見え、近づくだけで気を失うと言われている。王都近くの森の奥には、よく貯まっているらしい。


 そしてそれは、動物や人を魔物に変えたり、魔物の発生源にもなると言われていた。



「さっきの怖い気配……。あれが闇のモヤなんですかね……?」


「うーん、あれが闇のモヤなら、僕たち気を失ってたんじゃないのかな?」


「だけど、すごい闇の魔力を感じたね。なんだったんだろう」



 すると、ハーゼンさんがバシッとネースさんの背中を叩いた。



「ネース。お前どう思う?」


「ひゃひっ。ボクタン知らないっ。だけど、勝てる相手じゃないのは間違いないもら。きっと、王都はいまごろ、たいへんなことになってるね。ボクたちもこのまま、とにかく逃げたほうがいい」



 少し前につんのめりながら、ネースさんは俺にもわかる言葉を発した。彼が理解できる言葉を話すのは、本気モードのときだけだ。彼もいまは、本気で逃げたいと思っているのだろう。


 恐怖のあまり肩をすくめ、握り締めた両手を顔の前でブルブル震わせているネースさん。まるで、ぶりっ子する女の子みたいなポーズだ。



「だけど、それなら俺たち、戻らねーと……」



 俺の発言に、みなが青ざめながら顔を見合わせた。



「戻るって……。戻ってどうするの? ここまで逃げてくるのもたいへんだったし、オル君だって、震えてるくせに……」



 エニーがまるでべランカさんのように、シンソニーの腕にしがみついている。


 見たことないくらい、怯えた顔だ。


 俺がシンソニーの顔を見ると、シンソニーも引きつった顔で、俺から目を逸らした。



「僕、振り返っただけで死にそうなくらい、怖かった……」


「戻ったら殺されるかもしれないよ?」


「そうかもしんねーけど、みんなの無事を確認しねーまま、イコロに帰んのは、俺は……」



 俺は、止まらない足の震えを押さえつけながら、ウーロさんにもらった魔除けのお守りを、手のひらに広げてみせた。



「王都には、帰省できなかったカタ学の仲間も、エリザもいるだろ。それに、ウーロさんや、ウーロさんの三十七人の孫だっているんだぜ。さっき見送ってくれた警備の人だって、ケガしてるかもしんねーし……。戻って、様子を見に行かねーと……俺は、ダメだと、思います……」


「……オル、お前、なんだかんだで、いちばん真面目だよな」



 ハーゼンさんが、そう言いながら、今度は俺の背中をバシッと叩いた。



「真面目は損するんだよ」


「本当だょ、オル君」



 シンソニーとエニーはそう言いながらも、真剣な顔で頷きあった。



「オルフェルの言うとおりだ。助けが要るかもしれない。戻って、僕たちにできることをしよう。逃げるのはここまでだ」


「おにぃさまが行くなら私も」



 シェインさんとべランカさんが、すっくと立ちあがると、ほかのみんなも立ちあがった。



「そうだ。オレたちカタ学の学生は、イニシスの未来なんだ。これ以上逃げんのは恥だな」


「「戻ろう」」


「しょうがないもらね……」


「気合い入れるぞ」


「はいっす!」「「はい!」」「「おー!」」「ひゃひぃっ」



 俺たちは、輪になって手を重ね、みんなで頷きあってから、もと来た道を引き返した。


 だけど、俺たちが戻った先には、なにも……本当に、なにもなかった。


 王都オルンデニアは、まるで、はじめからただの平原だったかのように、綺麗に消えてなくなっていたのだった。



*************

<後書き>


 先輩たちの強さに感心しながら、森を進むオルフェルたち。


 だれも口にしなかったさっきの気配について、ついに口を開いたのはシェインでした。


 王都が被害に遭っているというネースの言葉を聞いて、王都に戻ろうと言いだしたオルフェルに感化され、怖がっていた皆も覚悟を決めます。


 しかし、彼らが戻ってみると、王都はきれいに消えてしまっていたのでした。


 次回ははじめて、ミラナの語りになります。謎の多い彼女の実態とは……。


 第五十三話 焦燥~真面目なオルフェル~をお楽しみに!


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