051 ドギュン~逃げ出した俺たち~
場所:国立カタレア魔法学園
語り:オルフェル・セルティンガー
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ウーロさんにあらためてお礼を言い、俺たちは寮を後にした。
そこには今回、里帰りを断念した生徒たちが、俺たち帰省組を見送りに来てくれていた。
勉強で困ったときに質問しにいくと、親切に教えてくれた先輩たち。
カタ学に入ってから友達になり、この二年半一緒に勉強した勉強仲間。
ジックボール部で一緒に汗を流した部活仲間に、生徒会の仕事を一緒に頑張った各種委員会の役員たち。
俺をインテリだと勘違いして、勉強を教えて欲しいと頼ってくれる後輩や、何度も喧嘩しては仲直りして友達になった、やんちゃな悪友たちもいる。
みな出身は違うけれど、ここで出会った大切な人たちだ。
だけど、故郷のある地域によっては魔物が多すぎたり、凶悪な魔物の目撃情報があったりして、帰るに帰れないらしい。
ここの生徒は、国が奨励金を出して各地から集めた、将来有望な魔導師が大半だ。
三年生ともなれば、皆かなりの実力を持っている。それでも帰省を断念するほど、いま、街の外は危険のようだ。
「オルフェル君たち、気をつけて帰ってね」
そう言って俺たちに話しかけてくれた仲間たちのなかには、生徒会で書記をやってくれたエリザの姿もあった。
彼女にはいろいろと無理を言って、かなり迷惑もかけている。
それでもエリザはいつだって、優しい笑顔で引き受けてくれた。彼女はいまや、俺の親友の一人だ。
俺は彼女が湛えた笑顔の奥に、隠しきれない不安を抱えていることを見逃さなかった。
「エリザもオルンデニアに残るのか。弟のライルに会えなくて寂しいんじゃねーの?」
「そうなの。本当は早く会いたかったんだけど。心配だわ」
「エリザの故郷は東のほうだったよな。あっちは魔物がすごいらしいな」
俺が少し強張った声でそう言うと、エリザは小さく微笑んだ。
「えぇ。だけど、王国騎士団が魔物討伐に向かってくれてるから、五日もすれば、帰れるようになるって話なのよ」
「そうか、ならよかった! エリザ、気をつけて帰れよ」
「ありがとう!」
王国騎士団ならきっと、どんな魔物も退治してくれるはずだ。笑顔で手を振るエリザに手を振って、俺たちはその場を後にした。
△
仲間たちに見送られ、学園の正門に向かう途中で、同郷の仲間たちが待っていた。
「シン君、オル君! こっちだょ☆」
「あ。オルフェルたちも出てきたな。これで、同郷の仲間はそろったか」
「そうですわね、おにぃさま」
ピョコピョコと小さく跳ねながら、手招きしているエニーの横で、シェインさんの腕にベランカさんが抱きついている。
美男美女がいちゃつく様子を、周りの生徒たちが、目を細めて眺めていた。よく知らない人たちには、完全に恋人だと思われてそうだ。
「キョッコウコウコウ……。キョウコウキュウコウ。スバイル渓谷のスライム噴火もら……」
「はは。ネースは本当に外が苦手だな」
ネースさんは黒い上着のフードを頭からすっぽりかぶり、彼の長い青色の髪を隠している。彼を太陽のしたで見たのは久しぶりだ。
ハーゼンさんは、鎧の胸当ての前で逞しい腕を組んで仁王立ちし、ニカッと笑顔を見せている。
さっきのネースさんの発言に、普通に返事をしているのは、さすがすぎだ。
前の休暇は王都に残っていた先輩たちだったけど、今回はみな、揃って帰省するようだ。
以前より魔物が増えたことで、俺たち後輩だけで帰らせるのを、少し不安に思ったのかもしれない。
それに、元気そうに振舞ってはいるけれど、ネースさんとハーゼンさんの二人はやっぱり、イザゲルさんのその後が気になっているようだ。
彼女が逃亡して、すでに八ヶ月がたっている。
王国騎士団が大掛かりに捜索しているようだけど、いまだに捕まったという情報はなかった。
もしかすると、故郷に帰ればなにか情報が得られるのではないかと、二人は期待を抱いているようだ。
「さぁ、帰るか」
「はい!」
△
俺たちは、ますます騒がしくなった王都を歩き、城壁の検問を抜けた。
王都を出てすぐの場所は、警備隊の兵たちが守ってくれているため、魔物はいない。
「警備お疲れ様です!」
「気を付けていけよ!」
「誇り高い兵士の皆さんに感謝と敬意を込めて、俺のいま作った賛歌を歌います!」
「おい、いくぞオル」
「はいっす」
「ははは。今度歌ってくれよ~」
俺たちは警備隊の人に挨拶をし、手を振られながら街を離れた。
賛歌は歌えなかったけど、魔物から人々を守ってくれる彼らの仕事は、本当に立派だと思う俺。
さっきの兵たちも、はじめて会った人だし、少し話しただけだけど、たぶん絶対いい人だ。
そんなことを考えながら、俺たちは草原のなかの一本道を歩き、しばらくしてシーホの森に差しかかった。
「森に入れば、魔物が出るぞ。心の準備はいいか?」
「装備を確認しよう」
「先輩たちがいれば余裕っすよ」
「油断するなよ」
立ち止まって装備を確認していた俺たちは、背後に、ものすごく嫌ななにかを感じた。
――ドギュン――
――なんだ!? 寒気が……。全身鳥肌だ。
それは、肌を突き刺すような、本当に恐ろしいなにかだった。
気配なのか、圧なのか、まるで脈動する闇が迫ってくるかのような、目に見えない圧迫感。
地獄の入り口に立たされた気分とでも言うのだろうか。
俺たちは全員、身動きが取れずに固まった。
「後ろに、なにかいる」
シンソニーが消え入るような、かすれた声を出す。
「振り返らずに走れ……森に逃げ込むぞ!」
ハーゼンさんの発した鋭い声を合図に、俺たちは走り出し、シーホの森に入った。
*************
<後書き>
なぜか魔物が増えているイニシス王国。
カタ学で出会った大切な仲間たちが、故郷に帰れないことに心を痛めつつ、オルフェル君は同郷の仲間たちとともに王都を出ました。
そしてシーホの森の入り口で、嫌な気配を感じた彼らは、振り返ることなく森に逃げ込みます。
次回、第五十二話 どう思う?~イニシスの未来~をお楽しみに!
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