051 ドギュン~逃げ出した俺たち~

 場所:国立カタレア魔法学園

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



 ウーロさんにあらためてお礼を言い、俺たちは寮を後にした。


 そこには今回、里帰りを断念した生徒たちが、俺たち帰省組を見送りに来てくれていた。


 勉強で困ったときに質問しにいくと、親切に教えてくれた先輩たち。


 カタ学に入ってから友達になり、この二年半一緒に勉強した勉強仲間。


 ジックボール部で一緒に汗を流した部活仲間に、生徒会の仕事を一緒に頑張った各種委員会の役員たち。


 俺をインテリだと勘違いして、勉強を教えて欲しいと頼ってくれる後輩や、何度も喧嘩しては仲直りして友達になった、やんちゃな悪友たちもいる。


 みな出身は違うけれど、ここで出会った大切な人たちだ。


 だけど、故郷のある地域によっては魔物が多すぎたり、凶悪な魔物の目撃情報があったりして、帰るに帰れないらしい。


 ここの生徒は、国が奨励金を出して各地から集めた、将来有望な魔導師が大半だ。


 三年生ともなれば、皆かなりの実力を持っている。それでも帰省を断念するほど、いま、街の外は危険のようだ。



「オルフェル君たち、気をつけて帰ってね」



 そう言って俺たちに話しかけてくれた仲間たちのなかには、生徒会で書記をやってくれたエリザの姿もあった。


 彼女にはいろいろと無理を言って、かなり迷惑もかけている。


 それでもエリザはいつだって、優しい笑顔で引き受けてくれた。彼女はいまや、俺の親友の一人だ。


 俺は彼女が湛えた笑顔の奥に、隠しきれない不安を抱えていることを見逃さなかった。

 


「エリザもオルンデニアに残るのか。弟のライルに会えなくて寂しいんじゃねーの?」


「そうなの。本当は早く会いたかったんだけど。心配だわ」


「エリザの故郷は東のほうだったよな。あっちは魔物がすごいらしいな」



 俺が少し強張った声でそう言うと、エリザは小さく微笑んだ。



「えぇ。だけど、王国騎士団が魔物討伐に向かってくれてるから、五日もすれば、帰れるようになるって話なのよ」


「そうか、ならよかった! エリザ、気をつけて帰れよ」


「ありがとう!」



 王国騎士団ならきっと、どんな魔物も退治してくれるはずだ。笑顔で手を振るエリザに手を振って、俺たちはその場を後にした。



      △



 仲間たちに見送られ、学園の正門に向かう途中で、同郷の仲間たちが待っていた。



「シン君、オル君! こっちだょ☆」


「あ。オルフェルたちも出てきたな。これで、同郷の仲間はそろったか」


「そうですわね、おにぃさま」



 ピョコピョコと小さく跳ねながら、手招きしているエニーの横で、シェインさんの腕にベランカさんが抱きついている。


 美男美女がいちゃつく様子を、周りの生徒たちが、目を細めて眺めていた。よく知らない人たちには、完全に恋人だと思われてそうだ。



「キョッコウコウコウ……。キョウコウキュウコウ。スバイル渓谷のスライム噴火もら……」


「はは。ネースは本当に外が苦手だな」



 ネースさんは黒い上着のフードを頭からすっぽりかぶり、彼の長い青色の髪を隠している。彼を太陽のしたで見たのは久しぶりだ。


 ハーゼンさんは、鎧の胸当ての前で逞しい腕を組んで仁王立ちし、ニカッと笑顔を見せている。


 さっきのネースさんの発言に、普通に返事をしているのは、さすがすぎだ。


 前の休暇は王都に残っていた先輩たちだったけど、今回はみな、揃って帰省するようだ。


 以前より魔物が増えたことで、俺たち後輩だけで帰らせるのを、少し不安に思ったのかもしれない。


 それに、元気そうに振舞ってはいるけれど、ネースさんとハーゼンさんの二人はやっぱり、イザゲルさんのその後が気になっているようだ。


 彼女が逃亡して、すでに八ヶ月がたっている。


 王国騎士団が大掛かりに捜索しているようだけど、いまだに捕まったという情報はなかった。


 もしかすると、故郷に帰ればなにか情報が得られるのではないかと、二人は期待を抱いているようだ。



「さぁ、帰るか」


「はい!」



      △



 俺たちは、ますます騒がしくなった王都を歩き、城壁の検問を抜けた。


 王都を出てすぐの場所は、警備隊の兵たちが守ってくれているため、魔物はいない。



「警備お疲れ様です!」


「気を付けていけよ!」


「誇り高い兵士の皆さんに感謝と敬意を込めて、俺のいま作った賛歌を歌います!」


「おい、いくぞオル」


「はいっす」


「ははは。今度歌ってくれよ~」



 俺たちは警備隊の人に挨拶をし、手を振られながら街を離れた。


 賛歌は歌えなかったけど、魔物から人々を守ってくれる彼らの仕事は、本当に立派だと思う俺。


 さっきの兵たちも、はじめて会った人だし、少し話しただけだけど、たぶん絶対いい人だ。


 そんなことを考えながら、俺たちは草原のなかの一本道を歩き、しばらくしてシーホの森に差しかかった。



「森に入れば、魔物が出るぞ。心の準備はいいか?」


「装備を確認しよう」


「先輩たちがいれば余裕っすよ」


「油断するなよ」



 立ち止まって装備を確認していた俺たちは、背後に、ものすごく嫌ななにかを感じた。




    ――ドギュン――




――なんだ!? 寒気が……。全身鳥肌だ。



 それは、肌を突き刺すような、本当に恐ろしいなにかだった。


 気配なのか、圧なのか、まるで脈動する闇が迫ってくるかのような、目に見えない圧迫感。


 地獄の入り口に立たされた気分とでも言うのだろうか。


 俺たちは全員、身動きが取れずに固まった。



「後ろに、なにかいる」



 シンソニーが消え入るような、かすれた声を出す。



「振り返らずに走れ……森に逃げ込むぞ!」



 ハーゼンさんの発した鋭い声を合図に、俺たちは走り出し、シーホの森に入った。



*************

<後書き>


 なぜか魔物が増えているイニシス王国。


 カタ学で出会った大切な仲間たちが、故郷に帰れないことに心を痛めつつ、オルフェル君は同郷の仲間たちとともに王都を出ました。


 そしてシーホの森の入り口で、嫌な気配を感じた彼らは、振り返ることなく森に逃げ込みます。


 次回、第五十二話 どう思う?~イニシスの未来~をお楽しみに!


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