043 予想外の仕事~いらみ、きえら~


 場所:サビノ村

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



「よく来てくださいました」



 そう言って出迎えてくれた依頼人は、村に住む中年の夫婦だった。


 女性のほうは小さい男の子を大事そうに抱え、ずいぶん不安そうな顔をしている。


 できるだけ強そうな姿で登場してみた俺たちだったけど、その効果は薄かったようだ。


 男性はどうやら、村長の息子で、ケリンさんというらしい。


 背の低い痩せた男で、よく見ると身体中に、赤いアザがたくさんできていた。



――あー。これは、毒にやられてるな……。



 彼が言うには、村は先日、ガザリ山から現れたポイズンスパイダーに強襲され、多大な被害を受けたのだという。


 俺たちは村に入ってから、依頼人に会うまでの間にも、アザのある村人に何人も出会っていた。


 どうやら事態は、かなり深刻のようだ。


 ミラナもいつも以上に真面目な顔で、依頼人の話を聞いている。



「以前は山からポイズンスパイダーが降りてくることなんてなかったんですけどね……。先日急に村に入ってきて、あっという間にこの有様です」



 村を見渡してみると、白くて巨大な蜘蛛の巣がそこらじゅうに張り巡らされていた。


 ポイズンスパイダーは魔物化して巨大になった毒蜘蛛だ。長い足を入れると、体長は二メートル近くあるらしい。


 そのせいか、蜘蛛の糸も粘度や強度が並外れて強い。


 村に巣をはられると、村人がいくら頑張っても、なかなか取り除けないという。


 それが村の小道を塞いでいたり、畑の農作物に覆いかぶさっていたり、家の窓を塞いでいたりする。これではまるで、廃村のようだ。


 夜のうちに巣が張り巡らされ、翌朝気付かず糸に引っかかった村人たちが、ポイズンスパイダーに毒液を吹きかけられたらしい。


 皆で松明を使って追い払い、幸い死者までは出なかったけど、まだまだ後始末に追われているようだ。



――これはひどいな。掃除もたいへんだし、毒の後遺症もつらそうだ。


――なるほど、ポイズンスパイダーの討伐依頼か。虫の魔物は火に弱いのが多いからな。



 真剣な顔で話しあうミラナと依頼人の横で、俺は一人で納得していた。


 ミラナが依頼を受けるとき、俺はいつもギルドの外で待っている。


 だから、依頼人に会うまで、依頼内容を知らないことも多かった。


 依頼内容がなんだとしても、ミラナがやると言ったら、俺たち魔獣はやるしかない。


 だけど、これはきっと、ミラナが俺を活躍させるために、選んでくれた依頼に違いないだろう。


 二メートルという魔物のサイズは、B級冒険者としての初仕事にしては、少し大きい気もする。


 だけど俺はそこに、ミラナの俺への期待と信頼を感じていた。



――まかせておけ。俺のトリガーブレードが火を噴くぜ!



 しだいに俺がはりきりだしたそのとき、二人の口から、信じられない言葉が飛び出してきた。



「というわけで、まだまだ毒にやられている村人が多いなか、解毒薬になる毒消し草がまったく足りておりませんで。依頼書のとおり、毒消し草の採集をお願いしたいんです」


「はい! 了解しました」


「え? さ、採集?」


「あ、言ってなかったっけ? 今回受けたのは、毒消し草の採集の仕事だよ」



 思わずズッコケそうになりながら声をあげた俺に、ミラナがはっとした顔をする。


 俺がなにを期待し、ガッカリしているのか、彼女はいま気が付いたようだ。



「毒消し草の採集だから、燃やさないでね。オルフェル」


「おぅ……」



 しっかり釘を刺されてしまい、俺はだらんと肩を落とした。



      △



 依頼人のケリンさんに連れられ、俺たちは村の集会所に移動した。


 そこには魔物が吐き出した毒で、うめき苦しむ人々が何人も横たわっていた。


 だけど、ケリンさんが言うには、毒消し草はいまどこの街でも品薄状態で、なかなか手に入らないのだという。


 村の女性たちが包帯を変えたり、傷を冷やしたりと世話をやいているけど、状況はかなり悪そうだ。



――おっと、なるほど。だけど、これは……思った以上に面倒そうだな。



 この状況を見て、俺はミラナがなぜこの依頼を受けてきたのか理解した。


 引き受け手のない急ぎの依頼を、ギルドの人が彼女に紹介した(もとい押し付けた)のだ。


 ミラナが面倒ごとを断らないということが、すっかりギルド内に浸透してしまったようだ。


 入手困難な草を探して、俺たちは何日も、山を彷徨うことになるのかもしれない。


 俺がそんなことを考えていると、ケリンさんは、集会所に並べて敷かれた布団に横たわっている、一人の男の隣に座った。



「実は、毒消し草の採集場所に詳しいものが毒にやられてしまいまして。彼さえ元気なら、毒消しに困ることはなかったんです」


 ケリンさんに顔を覗き込まれた男は、苦しそうにもがきながらも、うっすらと目を開け彼を見た。



「ジガート、話せるか? この人たちが毒消し草を取りに行ってくれる。なんとか頑張って、採集場所を説明できないか?」



 ジガートと呼ばれた男は、肌が紫に変色し、所々壊死しているようだった。あまりにも痛々しくて、見ているこっちも顔がひきつる。


 話そうと頑張っている様子は見受けられるけれど、とても採集場所を説明できそうには見えなかった。



「僕、毒は消せないけど、外傷だけでもヒールで治してみようか?」


「お願い。シンソニー」



 ミラナがワシの姿のシンソニーを人間に戻すと、村人たちはみな目を丸くした。


 シンソニーは慣れているため、気にすることなくすぐにヒールをかける。


 村人たちがザワザワと集まるなか、ジガートさんの皮膚の状態がかなりマシになった。



「ありがたい。しかし、ワシが治癒魔導師様に変身するなんてなぁ」


「僕、治癒魔導師ではないですよ。回復魔法は軽いヒールくらいしかできないんで」



 シンソニーは困ったような笑顔を浮かべながら謙遜けんそんしている。だけど、専門の治癒魔導師と比べても、彼のヒールの回復力に遜色はないだろう。


 ただ、いまある外傷は治せても、毒による麻痺や、継続的に起こる細胞の壊死を止めることはできないようだ。


 治したあとから青いアザが浮きあがって、ジガートさんはまたうめき声をあげた。



「話を聞く間、一時的に痛みを取り除きます。いいですか?」



 ケリンさんの頷くのを見て、ミラナが呪文を唱えた。



「痛みよ消え去れ。デドゥンザペイン」



――ふっ。あれね。あとでよけい痛いやつね。



 デドゥンザペインは、俺が魔物に攻撃されてるときに、彼女がよくかけてくれる闇深い魔法だ。


 シンソニーが攻撃モードのときなんかは、すぐにヒールが飛んでこず、俺はしばしばこの魔法で痛い目に遭っていた。


 だけど、あれは痛みがないからと、傷を庇わずに戦ってしまう俺もよくない。


 いまはこの魔法を使ってでも、毒消し草の採集場所を聞いたほうが、この人たちのためになるだろう。



「おぉ……いらみ、きれら……」



 ジガートさんは、いままでの苦悶の表情が嘘のように顔をほころばせた。


 だけど、舌が麻痺しているらしく、まったく呂律ろれつが回っていない。



「らくろう、ひがれぇって、ひきがぁって……」


「えっ、なんですか?」


「りがれってぇ、ひきがらぁって」


「えっ、どうしようオルフェル。予想以上にわかんない!」


「あ、そこ、俺に頼ってくれんの?」



 ミラナに困った顔で見詰められ、思わずとする俺。


 これはもう、トリガーブレードがどうのと拗ねている場合ではない。可愛いミラナのために、俺は張り切るしかないだろう。



「ヒールかけながらおぶって連れていこうぜ。ジガートさん、方向指刺すくらいはできるだろ?」



 俺に質問されたジガートさんが、『うんうん』というように目配せしている。


 俺たちは、ケリンさんやジガートさんの家族に了承を得て、ジガートさんを背負い、毒消し草の採集場所を目指した。



*************

<後書き>


 ミラナの受けた依頼が、毒消し草の採集だと知り、がっかりするオルフェル君。


 入手困難だという毒消し草を手に入れるため、彼らは毒に侵されたジガートさんを背負い、採集場所を目指すことに。


 ミラナに頼られ、はりきりだしたオルフェル君ですが……。


 次回、第四十四話 魔力切れ~顔色悪いぜ~をお楽しみに!


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