044 魔力切れ~顔色悪いぜ~


 場所:ガザリ山

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



 村のすぐ隣にあるガザリ山は、踏みいってみると、なかなかの広さがある山だった。


 ディザスタークロウを退治したビアロ山に比べると、高さも広さも二倍以上だ。


 当てもなく歩き回っても、毒消し草は見つかりそうになかった。


 だけど、ジガートさんがしっかりと行き先を指さしてくれて、俺たちは迷うことなく、山のなかを進んでいた。



――ジガートさんを連れてきたのは、正解だったな。さすが俺! いいひらめきしてるぜ! 答えが天から降ってくるっていうかね? カタ学でも成績上位取れてたしね?



 俺はジガートさんを背中に背負いながら、まぁまぁ調子に乗っていた。


 そんな俺の隣で、シンソニーは、少しずつ皮膚が壊死していくジガートさんに、ときどきヒールをかけている。


 ミラナもジガートさんが痛みを感じないよう、しばしばデドゥンザペインをかけなおしていた。


 ガザリ山は、思いのほか魔物が飛び出してくる山だった。出てくるのは凶暴化した狐やタヌキに、動き出した草花、巨大化したミミズなどいろいろだ。


 大体がC級冒険者でも倒せる程度の小さい魔物で、魔法もほとんど使ってこない。


 だけど問題は、俺がいまジガートさんを背負っていて、戦えないということだった。


 シンソニーもヒールをかけるため防御モードだ。



「クオォォー!」


「ミラナッ! テウフォックスだ!」



 叫んで知らせることしかできない俺。


 テウフォックスは狐の魔物だ。尻尾が二股にわかれ、目は黄色く吊りあがって、小さいけれど迫力がある。


 人間を見ると飛びかかり、喰いついてくるため無視もできなかった。



「地獄で懺悔を! ダークバレット!」



 攻撃の手がないため、ミラナが珍しく魔法で魔物を攻撃している。


 ミラナが呪文を唱えると、彼女の手のひらから闇の弾丸が打ち出され、テウフォックスに風穴をあけた。


 この弾丸は、当たった部分の肉片を地獄へ転送すると言われており、撃たれた穴は空洞になる。


 ヒールで回復してもえぐれた傷跡が残る闇深い魔法だ。


 中級の魔法のなかではかなり強いけれど、手のひらを使うため魔笛が使えず、魔力消費が激しいようだ。



――ミラナ、ちょっときつそうだな。



 さっきからミラナは、魔法を使うたび肩で息をしている。足取りもはじめに比べ少し重くなっているようだ。


 俺たちより体力がないのもあるけれど、攻撃とデドゥンザペインで、魔力を消費しすぎているのが原因だった。


 デドゥンザペインも中級魔法で、わりと消費する魔力が大きい。


 俺たちを高いレベルで、解放している影響もあるのかもしれない。


 それでなくてもミラナは朝から、俺たちを変身させるたび、魔力を大きく消費しているのだった。


 犬になりたくないとごね、彼女に余計な魔力を使わせてしまったことを、俺はいまになって反省していた。


 魔導師は魔力が減ると、体力が残っていても、気力がなくなってしまう。魔力切れは重大な問題だ。


 もちろんそれに備え、魔力回復ポーションも持ち歩いているけれど、あれは一日に何本も飲むとあとがキツい。


 匂いがきついゲップがでるし、腹がはって、胸もムカつくのだ。



「ミラナ、大丈夫か?」


「うん、急がなきゃ。治療が間にあわなくなっちゃう」


「あぁ。でも魔力、尽きかけてねーか?」


「大丈夫、サキュラルがあるから」


「サキュラルか……」



 サキュラルは魔物から、魔力と体力を奪い取る闇属性魔法だ。


 確かに魔物が現れるたびこれを使えば、魔力が切れることはない。


 だけど、サキュラルは成功率が低めで、効かない魔物も多いのだ。魔法を使ってこない魔物は、そもそも吸えるほど魔力がない。


 そのうえこれを使うとき、ミラナはかなり無防備になる。


 両手を広げ目を瞑り、まるで深呼吸でもするように、襲いくる魔物の前で呪文を唱えるのだ。


 シンソニーが守っていなければ、吸ったとたんにやられてしまう。



――俺がジガートさんを背負っていこうって言ったのが間違いだったか?


――ミラナの負担が大きすぎた。



 俺が後悔の渦に飲み込まれかけたころ、俺たちはようやく、毒消し草の採集場所に到着した。



「ろれ、ろろりぃろっはぁなっのっ」



 ジガートさんが、指差す場所には、蔦に覆われた苔だらけの岩があった。


 蔦をかき分けてみると、岩にぽっかり横穴が空いており、毒消し草はその穴のなかに生えていた。


 ほかの草と変わりないような、緑の草だ。しゃがみ込んで葉っぱをちぎってみても、それらしい匂いすらしない。



「これが、毒消し草? ほかの草と見分けつかねーな」


「やっぱりジガートさん、連れてきてよかったね。私たちだけじゃ絶対見つけられなかったよ」


「想像以上にわかりにくい場所だったね」



 俺たちはそんなことを言いながら、毒消し草を引き抜き、袋に詰めて引き返した。



      △



「すごいっ! 毒消し草がこんなにたくさん。これで解毒薬が作れます。本当に、ありがとうございました!」



 俺たちが毒消し草の採集を終え、サビノ村に戻ったころには、辺りはすっかり夜になっていた。


 かなり疲れているはずのミラナとシンソニー。だけど、解毒薬が完成するのを待つ間、毒に苦しむ村人たちに、さらにヒールやデドゥンザペインをかけている。



「おかげさまで、だいぶん状況が落ち着きました。お部屋を用意してますので今日は泊まっていってください」


「「ありがとうございます!」」



 村の人が風呂や食事を用意してくれ、俺たちはその日、サビノ村に泊まることになった。



「オルフェ、ミラナ。僕もう少し、お手伝いしてくるね」


「シンソニー、無理すんなよ」


「あ、私も……」


「ミラナはもう休んでて。回復ポーション飲みすぎだから、これ以上飲んじゃダメだよ」


「うん、でも……」


「やめとけって。顔色悪いぜ」



 手伝いに行こうとするミラナを呼び止め、用意された部屋に押し込むと、そこには三枚の布団が並べて敷かれていた。



――俺たち、どういう関係だと思われてるんだ? 兄妹か?


――いや、魔物使いと魔物か。ミラナが一部屋でいいって言ったんだろうな。俺たちの布団は念のためか。



 いままでも俺たちは、毎日同じ部屋でミラナと一緒に寝ていた。ラ・シアンのミラナの部屋は、そもそも一部屋しかないのだ。


 だけど、夜の俺たちはいつも小鳥と子犬だ。


 そんなときのミラナの油断しきった様子はひどいもので、俺はときどき、抱きしめられて寝ていることすらあったのだった。


 まったくとんでもない、グレインの奇跡の押し売り状態だ。


 だから今さら、布団が並べて敷かれているからと、俺は緊張などしない。


 そう、ミラナが俺を、ちゃんと子犬にさえ戻してくれれば。



「あーもうだめ、魔力切れはこたえるね。お言葉に甘えて、やっぱりもう寝させてもらおう。はぁ、なんて気持ちいいフカフカのお布団なのぉ」



 そんなことを言いながら、ごろんと布団に転がるミラナ。


 濡れた髪を束ねていて、綺麗なうなじが見えているし、おくれ毛がまた色っぽい。


 そして、村の人に貸してもらった淡い黄色の寝巻きが、ふりふりして可愛すぎるのだった。


 俺の記憶のなかのミラナは、普段着もだいたいカチッとした服装で、隙なんてどこにもなかった。


 それなのに、いま目の前にいるミラナは、俺たちしかいなくなると、ちょっと心配になるくらい無防備だ。



――まぁ、いくらミラナでも、ずっと気を張ってるわけにはいかねーだろうけど。


――いまはシンソニーがいても夜はこんなだからな。結構心境が複雑だぜ。



 そんなことを考えながら、子犬に戻されるのを静かに待つ俺。


 とりあえず「スケベッ」と怒られるのを回避するため、できるだけ部屋の端に腰をおろした。



――いつもすぐ、レベルダウンとかカームダウンとか、下手するとハウス! だもんな。まったくミラナはひどいよな。



 だけど、しばらく待った俺は、どうやらミラナは魔力切れで、俺を子犬に戻せないらしいということに気付いた。



――えーっと、俺、いま人間だけど、ミラナの隣に寝ていいのかなー?


――だけど待てよ? いまなら、なにしても俺、封印されねーんじゃねーの? これ、俺の時代きたんじゃねーか?



 俺の頭のなかが、ものすごくフワフワしているのを感じる。


 魔物になった俺は、考えれば考えるほど、調子に乗ってしまうようだ。


 そしていま、俺がいちばん気になっていたのは、昨晩見た三百年前の、ミラナとのキスの記憶だった。



*************

<後書き>


 無事に毒消し草を手に入れられたものの、魔力が底をついてしまった様子のミラナ。


 気が付くとオルフェル君は、犬に戻されることもなく彼女と二人きりに……。


 そんな彼の頭に、フワフワの思いが込みあげます。


 次回、第四十五話 夢か記憶か~またとないチャンス~をお楽しみに!

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