第3章 恐怖心と恋心

029 エリート騎士~色ボケのおっさん?~


 場所:リヴィーバリー

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



 ミラナを背中に乗せ王都に戻った俺、オルフェル・セルティンガーは、冒険者ギルドの入り口で、依頼完了の報告をするミラナを待っていた。


 建物内に入ってもいいけれど、ギルドにいる個性豊かな冒険者たちのなかには、正直ちょっと匂うヤツもいる。


 風呂に入ってない……というのももちろんあるけど、酒を飲んでいたり、よくわからない薬品を持ち歩いていたり、原因はさまざまだった。


 もともと鼻がよすぎる俺。犬になったことで、さらに鼻が利くようになってしまっている。外にいたほうが安全だ。


 俺がぼんやり人の行きかう大通りを眺めていると、軍の制服を着た三人の男女が歩いてきた。


 中央を歩いているのは、腰に細い双剣を刺した金髪の男だ。


 年齢は四十前後というところだと思う。


 髪や唇はつやめき、エメラルドグリーンの瞳は神秘的で、あふれんばかりの色気が漂っていた。


 マントを翻して歩く姿は凛々しくて、男の俺でも見惚れてしまうほどだ。


 周りを行く女性達が全員振り返り、熱い視線を送りながら、キャーキャーと黄色い声をあげている。


 男はそれに、朗らかな笑顔で応えながら歩いていた。


 その少し後ろには、深い藍色の髪を結いあげた凛々しい顔立ちの女と、緑のおかっぱ頭に丸メガネをかけた、背の高い男が並んで歩いている。



「騎士団長! 今日保護した魔獣は素早かったですね!」



 おかっぱ頭の男が金髪の男に話しかけている。金髪の男はどうやら、この国の騎士団長のようだ。


 どおりでほかの二人より、だいぶん立派に見えるわけだった。



「あぁ。しかし、巨大化していてもウサギというのは可愛いもんだな。どうにも攻撃しにくい」


「そうは言っても凶暴ですからね。魔獣を倒さずに捕獲するのって、思うよりずっとたいへんですね」


「そうだな。しかし、なんでもかんでも殺していたのでは、森から獣がいなくなってしまう」



 そんなことを話しながら近づいてきた三人は、ギルドの前で足を止めると、そこに座っていた俺に気づいた。


 騎士団長とよばれていた男の、凛々しかった表情がみるみる変わっていく。


 へにゃっと嬉しそうに口元を歪めて、突然俺の顔を覗き込んだ。



「こんなところに、大きくて真っ赤なワンコ君がいるぞ。見ろ! カミル! ひどく可愛いじゃないか!」


「あー、イーヴ先生、本当に好きですよね。動物」


「騎士団長! カミル隊長も、不用意に近づいては危ないですよ! それぜったい魔獣ですから!」


「いや、でも、こんなに賢くお座りしてるんだぞ? きっとだれか、魔物使いが調教してるんだろう。あぁっ。可愛いなぁ。耳の後ろなんかフサフサだ」



 男の手が俺の耳に伸びてきて、俺は思わずのけ反った。



「おぅん。なにすんだ。勝手にさわんじゃねー」


「うぉおおお! しゃべったぁぁぁ!」


「うわ、うるせっ」


「え? 魔獣って調教するとしゃべれるようになるの? はじめて知ったよ! 興味深いな」


「カミル隊長! 危ないから近づかないでくださいってば」



 騎士団長と呼ばれた男と、カミル隊長と呼ばれた女がふたりして俺の顔を覗き込む。


 目はキラキラ、頬は赤らんで、かなり興奮しているようだ。


 女は隊長と呼ばれている割りにはまだ若く、歳は二十代半ばくらいだろうか。こっちもたかぶった様子で俺に迫ってくる。



「こんな立派な魔獣を調教してるなんて。ワンコ君の飼い主はよほどすごい魔物使いなんだね!」


「おぅん! ミラナは立派だ。それに可愛くて真面目でしっかりもので料理もうまくて髪がサラサラなんだぜ! いつもいい匂いがしてるしな! たまにちょっと抜けてるけどそれがまた可愛くて……」


「へー! 大好きなんだね」


「よく調教されてるなぁ」


「おぅん……? いや、そういうのとはちが……」



 俺がそう言いかけたとき、ギルドのなかからミラナとシンソニーが出てきた。シンソニーは小鳥の姿でミラナの肩に乗っている。



「お待たせ、オルフェル~! 二人が頑張ってくれたおかげで、無事に報酬受け取れたよ……って、あなたたちは、いったい……」


「ピピッ?」



 俺を取り囲んでいる三人を見て、ミラナがポカンとしている。



「きみがこのワンコ君を調教しているミラナ君かな?」


「はい、そうです。うちのオルフェルがなにかをしましたか?」


「いやいや、素晴らしいね。こんなに美しい毛並みの魔犬ははじめて見たよ。赤ってところがまたカッコいいな。それが、こんなに流暢りゅうちょうに話すんだから、本当に驚いたよ」


「ありがとうございます。赤い魔犬はすごく珍しいみたいです。魔物使いの師匠も見たことないって驚いてたので」


「そうなのか! すごいなぁ。よかったら、きみ、今度私の屋敷に……」


「おぉい! なにいきなりミラナを口説いてるんだぁっ! わうぁう!」



 突然ミラナを口説きはじめたおっさんに、俺は慌てて声をあげた。


 騎士団長だというこの男の色気はすごい。


 見た目が美しいのはもちろんだけど、なぜかついて行きたくなるようないい匂いがするし、柔らかな声も耳障りがいい。


 しかもこの男は、俺が目指していたはずのなのだ。ミラナも心なしか、頬を赤めている気がする。


 かなり年上ではあるけど、ミラナが惚れてしまわないとも限らない。



「ガルルルルゥ……! うぉん! うぉん!」


「わ、ワンコ君! 誤解だ。私が家に招きたいのは、きみの大事な飼い主さんじゃなくて、きみだよ、きみ!」


「がうっ。嘘つくなっ! この色ぼけ騎士団長!」


「ちがうちがう、誤解だって」


「そそ、先生は無類の動物好きなんだよ?」


「うぅぅ! うぉん! うぉん! ガルルゥ……!」


「こーら、オルフェル。吠えちゃダメでしょ。レベルダウン」

――ピロリローン♪――


「うぉ……きゃうぅん!」



 ミラナの笛の音で、俺の体がみるみる縮んでいく。あっという間に、ちんちくりんの子犬に戻されてしまった。



――くっそぉー。しまった、バカッ、俺!



 悔しがる俺を、ミラナが胸元に抱きあげた。



「ごめんなさい。失礼しました」


「うぉぉっ! 今度は子犬に! なんて不思議で可愛いんだ」


「ほんとだぁ! 興味深いなぁ」


「もー、騎士団長も、カミル隊長も、いい加減にしてください。行きますよ! 魔物使いさん、この人たちが魔獣さんの気に障ったようで、どうもすみませんでした」


「いえいえっ、こちらこそ、本当にすみません」



 おかっぱの男がミラナに頭を下げ、うるさい二人を引きつれてギルドに入っていく。下っ端に見えたけど、いちばんしっかりしているようだ。



「びっくり。オルフェル、騎士団長さんに話しかけられてたんだね! でも、騎士団の人がギルドになんの用なのかな?」


「しらねー」


「まいっか。家に帰って美味しいもの食べようね」


「きゃぅ」「ピピ!」



――それにしても、国が違うとはいえ、俺のなりたかったエリート騎士が、あんな色ボケのおっさんだなんてな。



 そんなことを考えながら、俺はミラナとともに家路についた。



*************

<後書き>


 成犬の姿でギルドの前でお座りしていたオルフェル君に近づいてきたのは、ベルガノン王国の色ボケ(?)騎士団長でした。


 自分のなりたかったエリート騎士がゆるふわすぎて戸惑うオルフェル君です笑


 「ターク様が心配です!」にも出てくるこの三人、今作では助っ人としてちょこちょこ登場してくれます。


 次回は衝撃の事実が明らかに!


 第三十話 キジー~封印された三頭犬~をお楽しみに!



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