028 王命~守られた僕たち~


 場所:イコロ村

 語り:シンソニー・バーフォールド

 *************



 イコロ村の丘の上で、ニーニーと、空飛ぶランタンを見あげていると、シェインさんが一人で丘を登ってきた。



――あれ?



 いつもシェインさんの腕に抱きついているべランカさんがいないことに驚いて、僕はニーニーと顔を見あわせる。



「シェインさ……」



 声をあげようとした僕に、シェインさんが、「しっ」と、口元に指を当て静かにするよう促してきた。


 それから僕たちのそばに来て、姿勢を低くし、声を抑えて言った。



「二人とも、聞いてくれ。国王の騎士たちが、魔導師をさらいに来てる。早く隠れないと、僕たち、王宮に連れていかれるかもしれないよ」



 普段物腰の柔らかいシェインさんの、別人のように鬼気迫る表情に、僕はゴクリと喉を鳴らした。


 ニーニーが不安げな顔で、僕の服の裾をキュッと掴んでいる。



「それって、王妃様の治療の……?」


「あぁ。光栄な仕事ではあるけど、失敗が許されない。治療できなかった魔導師が、何人も投獄されてるって噂だからね」


「でも、王妃様って、ヒールで治らない病気なんですよね……? 僕、絶対失敗しちゃう」


「みんなそうさ。だけど、できないと言っても、無理にでもやれと言われるだけだって話だよ。早く隠れよう。騎士たちの狙いはイザゲルだけど、ネースとハーゼンがイザゲルを隠したからね。変わりを探しはじめるかもしれない」


「あの、べランカさんは……?」


「べランカはさっき、オルフェルとミラナを連れて裏山に隠れた。僕たちも行こう」



 僕らはシェインさんに連れられて、国王の騎士たちに見つからないよう、コソコソと丘を降りた。


 だけどそこから裏山に行くには、村のなかを突っ切る必要があった。


 村の入り口で、騎士たちが村の人たちと、大声で揉めてるのが聞こえる。



「そんな急に、イザゲルを差し出せって言われても困ります。あの子はまだ十五歳ですよ。それに、イザゲルは闇属性です。闇属性の魔導師は、治癒魔法なんて使えませんよ」


「現存する治癒魔法はすでにひととおり試した。国王陛下はほかの魔法を試せと言っておられるのだ。いまある魔法でできなければ、新しい魔法を作って治せと。この村のイザゲルは、新しい魔術の開発に長けていると聞き、迎えに来たのだ」


「そう言われましても、属性魔法には向き不向きってものがあるんですよ。イザゲルが賢いからって、なんでもできるわけじゃ……」


「いいから早く連れてこい。王命を妨害したとして投獄するぞ」


「そんな、横暴な……!」


「イザゲルを隠すなら、ほかの魔導師を三人連れていくぞ。弟のネースでもいいし、さっき丘から風を起こしていたやつでもいい。あの空飛ぶランタンを光らせたやつも見つけてこい」



――え? それ、僕とニーニーだよね!?



 塀の裏に隠れていた僕たちは、青い顔で立ち止まった。シェインさんが、『早くいけ』と、焦った顔で合図を送ってくる。



「進むんだ! イザゲルはネースの魔道具と幻術で完璧に隠れてる。僕たちも早く隠れないと……」



 シェインさんがそう言ったとき、村の入り口に集まっていた人たちの間にざわめきが起こった。低く抑えたような、イザゲルさんの声が聞こえる。



「私は、ここにいます」


「イザゲル、どうして出てきたんだ!」



 焦った声を出しているのはイザゲルさんとネースさんのお父さんだ。



「国王陛下は、王妃様を治療できた魔導師を、第一王子と結婚させると言っているんですよね? それなら私、やってみせます」


「できるのか? おまえにそんなことが……」


「知ってますよね? 私、天才なんですよ。天才に二言はありません。お父さん、私王子様と結婚して幸せになってきますね」


「イザゲル……」


「いい判断だ。少し時間をやる。荷物をまとめてこい」



 国王の騎士がそう言って、イザゲルさんは自分の家に入っていった。ほんの少しの荷物を持って、彼女は馬車に乗せられたようだった。


 僕たちは、怖くて動けないまま、騎士たちが村から出ていくまで、結局ずっと塀の後ろに隠れていた。


 そのあと、村の入り口に行ってみると、地面に突っ伏したまま動かないハーゼンさんの横に、ネースさんが立ち尽くしていた。


 姉を連れ去られたネースさんと、恋人を失ったハーゼンさんの、受けたショックは測りしれない。


 そんな二人を励まそうと、村の人たちが声をかけていた。



「……大丈夫だ。イザゲルは本当に天才だから、きっと王妃様の治療を成功させるさ」


「王子様って、本当にステキな方らしいわよ」


「そうだ、信じよう。イザゲルは、きっと幸せになれる」



 みんな口々にそんなことを言っては、ネースさんたちの肩を叩き解散していく。だけど、ハーゼンさんには、かける言葉がないようだった。



――ハーゼンさんもネースさんも真っ青だ。必死に守ろうとしてたのに、止められなかったんだな……。


――イザゲルさん、幸せになるって言ってたけど、やっぱりあれは、僕らを守るためだよね……。



      △



 それから三年、僕は十五歳になっていた。イザゲルさんはあれ以来、一度も村に帰ってこない。


 だけど、王妃の病状は少しずつ改善し、『イザゲルは本当に王子と結婚するかもしれない』という噂が流れていた。


 王子は逞しくも優しい人柄で、見目麗しいという話だ。村には羨ましがる女性も多かった。



「グレートゲイル!」



 丘の上から風を起こす僕の隣には、相変わらずニーニーがいる。あの日、イザゲルさんが隠れたままだったら、僕たちはどうなっていただろう。


 考えると、ときどき怖くなるよ。



――イザゲルさんが幸せになりますように。



 彼女に守られた僕は、そんなことを祈るしかなかった。



*************

<後書き>


 イザゲルを迎えに来た横暴な騎士たちから、隠れようとするシンソニーたち。


 ネースとハーゼンはイザゲルを隠そうとしましたが、彼女は自ら王都へ行ってしまいました。


 これで、二章は終わりです。ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!


 序盤は謎だらけのお話ですが、状況はどんどん変わっていきますので、三章も楽しみにしていただけるとうれしいです。


 舞台はベルガノン、語りはオルフェルに戻ります。


 次回、第二十九話 エリート騎士~色ボケのおっさん?~をお楽しみに!


 ※この小説は2024年8月現在、小説家になろうで第229話まで公開済みです。



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