030 キジー~封印された三頭犬~


 場所:貸し部屋ラ・シアン

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



「えぇぇ!? これがあのときの三頭犬なの? ずいぶんちいちゃい子犬になっちゃったんだね!」



 翌朝、俺たちの住む貸し部屋ラ・シアンに、一人の少女がやってきた。


 彼女は健康そうに日焼けした小麦色の肌で、いかにも活発そうだった。


 明るいオリーブグレーの髪は短く斜めに切り揃えられ、腰には短剣が光っている。


 真面目なミラナに比べると、だいぶん露出が多い服装で、俺のような健全な男子は目のやり場に困る感じだ。


 ミラナやシンソニーとは知り合いのようで、ミラナが部屋の扉を開けると、勢いよくなかに入ってきた。



「たっだいまー! ミラナ、シンソニー! 元気してたぁ?」


「「キジー! おかえりっ」」



 という具合だ。


 そして、丸いクッションの上にうずくまっていた俺を見つけると、彼女は床に両手を付き、四つん這いになって、俺のところまで這ってきた。


 それも、俺が思わず飛びのくほどの、すごい速さで。


「おまえは犬かっ」と、つっこみたくなった俺だったけど、二つの丸いふくらみが目の前に迫り、ムニっとそこに押しつけられて、なにも言えなくなってしまった。



「あはは! ちびー! ふわふわだねぇ!」


――ちょっ、放してくれっ。ミラナに喜んでると思われたらどうすんだっ。



 慌てる俺を、今度は高く持ちあげた彼女。ひょーいと俺を上に投げては、楽しそうにキャッチしはじめた。



「おぉい、おぃ!」


「おぉー! しゃべったぁ! 頭まっかっか!」


「やめろー! なんなんだぁ、おまえはぁ!」


「キジー! だめだよ。オルフェルを投げないで!」



 あわててミラナが駆け寄ってきて、少女から俺を取りあげた。



「まったく、なんて恐ろしいヤツだ」


「キジーだよ、オルフェル。彼女、私の恩人で、大事な友達なの。噛まないでね」



 ミラナに頭を撫でられると、いきなり投げられた怒りもスーッとどこかに行ってしまう。



「こいつがミラナの恩人……?」


「そうだよ! こう見えてもアタシ、探知と解除が大得意な大魔道師キジー・ポケット様なのさ! 隠された遺跡に封印されていたミラナを見つけだし、外に連れ出したのがアタシってわけ!」


「えぇっ、なんの話か全然わかんねー」


「言ったとおりだ。理解しな!」



 キジーはそう言い捨てると、今度はその場にあぐらをかいて、ゴソゴソと自分のバッグを探りはじめた。


 バッグから出てきたのは、何冊かの魔導書と、古そうな魔道具だった。


 魔道具は魔力を吸う魔石が埋め込まれていて、魔力を込めることで、なにかに使える道具だ。


 だけど、説明書でもない限り、なにに使うのかわからないものが多い。安易に魔力など注ぎ込めば、爆発したりしかねない。取り扱いには注意が必要だ。


 そんなものを、部屋の床に置きながら、キジーは「うーん」と、ひとつ唸って言った。



「新しい遺跡を探索してきたんだけどね、あんまり目ぼしいものがなかったんだよね。ほら、アタシ、危ないところには踏み込まないからさ。少しだけど、売って足しにしてよ」



 広げたものを自分に差し出すキジーに、ミラナは申しわけなさそうな顔をしている。



「ありがとう。でも、ほんとにいいのかな? キジーの冒険の戦利品なのに」


「いいんだよ! アタシたち友達だろ! それに、アタシが狙ってるのは、こんなショボイ拾いものじゃなくてさ、もっとスッゴイお宝だからね!」


「キジーってほんと、かっこいいね!」


「へへん!」



 キジーは得意げに鼻を擦って、今度はバッグから、使い込まれた地図を取り出した。



「アタシの次の狙いはこのあたりさ! 近くまでは転送ゲートで行けるんだけど、そっからがたいへんだよ。またしばらく帰れないけど、報告楽しみに待っててね、ミラナ!」


「うん、ありがとう! キジー」



 そんな会話をするミラナとキジーの横で、俺はキジーが広げた地図に首を傾げていた。


 その地図はかなり広域の地図で、俺たちの住むこのベルガノン王国と、その北西に位置するクラスタル王国、さらにその東に位置する、オトラー帝国という国の位置が記されていた。


 だけど俺の記憶では、クラスタルの東は俺たちの祖国イニシス王国だ。ベルガノンもそうだけど、オトラーなんて国は聞いたこともない。



「この地図、位置関係か方角か、なにかおかしくないか?」


「全然おかしくないよ。おかしいのは三頭犬の頭だろ」


「三頭犬って、俺か?」


「この部屋に犬はアンタだけだろ! 三頭犬!」


――あー、こいつ、なんでか言ってることがわかんねー。



 キジーは広げていた地図をクルクルと丸めると、またバッグに詰めて立ちあがった。



「じゃぁ、行ってくるね! ミラナもギルドの依頼、がんばって!」


「ほんとにありがとう、キジー! でも心配だよ。無事に帰ってきてね」


「大丈夫! アタシ、危険な場所にはいかないのがモットーなんだから」


「うん、報告待ってるね!」



 ミラナが名残惜しそうに手を振って、キジーは部屋を出ていった。



「よぉっし、私たちも頑張ろう!」


「頑張るのはいいけど、また俺、頭が沸騰しそうだぜ」



 俺がため息交じりにそう言うと、ミラナは困った顔をしながらも、俺をテーブルに置き、その前に座った。



「オルフェルきいて。言わなきゃいけないことがあるの」


「そりゃそうだ。いっぱいあるだろ。それこそ話し切れないくらいに」


「そう、だから、いまはひとつだけ聞いてくれる?」



 ミラナの琥珀のような茶色の瞳が不安に曇り揺れている。ずっと感じていたことだけど、彼女はなにをためらっているのか。


 普段の俺なら、こんな重い空気を出されると、思わずふざけてしまうところだ。だけど、いまふざけたら、絶対後悔することになるだろう。


 俺は子犬なりに、できるだけ真面目な顔でミラナに向きあい、お座りをして彼女を見あげた。



「……オルフェル。私たちね、古い遺跡に封印されてたんだよ。それも、三百年間……」


「三百年!?」



 あまりに長い年数に、テーブルの上で飛び跳ねた俺。ミラナはそんな俺を見て、申しわけなさそうに肩をすくめた。



「ごめんね。いうとショック受けちゃうと思うと、言い出しにくくて……」


「え、じゃぁ、さっきの地図、間違ってるんじゃなくて……」


「そう、あれであってるんだよ。イニシス王国は、もう、存在しないの」



――存在、しない……? 国も、イコロ村も、カタレア学園も?


――え? とうちゃんもかぁちゃんも、もうとっくに死んだってこと?



 愕然がくぜんとして固まった俺から、ミラナが目を背ける。


 その瞳からは、涙があふれていた。



*************

<後書き>


 突然部屋にやってきた元気な少女、キジー。彼女の広げた地図に首を傾げるオルフェルに、ミラナは衝撃の真実を語りました。


 オルフェルたちは、なんと三百年もどこかの遺跡に封印されていたようです。


 ショックを受けるオルフェルですが……。


 次回、第三十一話 魔物~もう人間じゃねーな~をお楽しみに!



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