031 魔物~もう人間じゃねーな~
場所:ベルガノン王国
語り:オルフェル・セルティンガー
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翌日、俺たちは新しく受けた依頼を遂行するため、また王都の東に出ていた。
本当は昨日からはじめる予定だったけど、俺が抜け殻のようになっていたせいで、ミラナは出かけるのをやめたのだ。
故郷や祖国を失ったという実感は、いまだにしっかりとは湧いてこない。
ただ、俺が目覚めてからのミラナを思い返すと、自分の不甲斐なさが嫌になった。
あんな重大な事実を口に出せないまま、一人で抱え込んでいたミラナの、健気な笑顔が俺の胸を
――はぁ。ミラナはほんとに、まだまだ秘密を抱えてるみたいだ。
――気にはなる……。聞いてやらなきゃって気持ちもある……。けど俺、自分の現状を受け入れんのでいっぱいいっぱいだぜ……。
魔犬になってミラナに飼われているだけでも、まだまだ混乱中の俺。それがもともと、頭が三つもある怪物だったなんて、これもこれでなかなか受け入れにくい。
頭がぜんぜん追いつかない。それが俺の、いまの正直な気持ちだった。
「いっけー! オルフェルー!」
――ピーピーピー!――
「おぉーーーーーーん!」
ミラナとシンソニーを背中に乗せ、俺は緑の草原を走る。
これ以上悩めば余計にミラナを困らせる。とりあえず吠えて、走って、気を紛らわせるしかない。
△
今回の依頼は、ゴブリンたちに盗まれた指輪を、取り返してほしいというものだった。
ゴブリンは小さな緑の悪魔だ。山の洞窟なんかに住んでいて、人里に降りてきては、ものを盗んだり人を襲ったりする。大昔からいる悪いヤツらだ。
指定された山の麓に行くと、聞いていたとおり、たくさんのゴブリンが集まっていた。数はざっと、五十匹ほどだろうか。
「オルフェル! 攻撃だよ!」
――ピーーーー!――
「おおーーーーん! ガルル!」
ミラナの笛が草原に響き渡り、俺はゴブリンの集団に向かって駆け出した。
俺が唸りながら食いつくと、ゴブリンは口のなかで、霧のように消えてなくなった。
実態があるように感じるけど、彼らはもともとが幻だ。
魔物には実態のあるものと、ないものがいる。
実態のあるものは、巨大化したり凶暴化したりしていても、もとがなんだったのかわかる程度にしか、変化していないものがほどんどだ。
動物など実在の生き物が、闇に当てられ魔物になったものや、水や木、岩などの自然物が動きだしたものなんかがそうだ。
そういうものは、倒してみると死体になって転がるし、自然物の場合は自然に戻ったりする。
この間のディザスタークロウは、実体のある魔物だったため、死骸の処分もたいへんだった。
だけど、実体のない魔物は、今回のゴブリンのように倒すと霧になって消えてしまう。
複数の動物が合成されたキマイラや、ないはずの翼やツノが生えた幻獣、獣人や妖精、幽霊なんかもそうだ。
彼らは人々の空想や恐怖心、信仰心などから生まれたり、闇のなかから湧いて出たりする。
そして、見た目にも行動にも、こうだという決まりがなかった。
「ぺっ! なんだこれ。こいつの核は魔石みたいだな」
「オルフェル! それ売れるから、捨てないで集めといてね!」
「うーっす」
「依頼の指輪も出てくるはずだから、見落とさないで!」
「うっすっす」
「オルフェル、真面目にやってね?」
「うーっすうーっす、うっすっす」
「もう!」
ゴブリンたちはかなり小さく、身長は膝下に満たない。
それは確かに、C級冒険者向けとされている大きさではあったけど、彼らは非常に凶暴だった。
いかにも悪者という感じの、凶悪そうな顔をしているだけのことはある。
「いってぇっ!」
仲間を食われたゴブリンたちがいっせいに俺に襲いかかる。あちこち食いつかれるわ、短剣突き立てられるわで、俺の体が悲鳴をあげている。
「痛みよ、消え去れ! デドゥンザペイン!」
俺が痛みに声をあげると、ミラナの支援が飛んできた。
「いた、くない!」
「オルフェ! それ、本当に痛くないだけだから、油断しないで!」
「本当だぁっ、治ってねーっ」
シンソニーの声が飛んできて、俺は傷を確認した。開いた傷口から、激しく赤黒いなにかが吹き出している。
なんだか見た目も
ミラナは闇属性の魔導師だ。可憐な見た目のミラナだけど、彼女の使う魔術は、闇深い!
痛みを感じないまま戦いつづければ、傷口は開き、裂け、しまいにはほかの感覚もなくなる。
そして術が切れたとき、恐ろしい痛みが襲ってくるのだ。
――ありがとう、ミラナ。俺、頑張るっ。
俺はミラナの命令で突撃している最中だ。この攻撃モードには、魔獣の攻撃力をあげると同時に、気持ちを昂らせる効果があるらしい。
俺の闘志はこれでもかと沸き立って、傷が多少開いたからと、防御しようとか、逃げだそうとかいう気持ちは起きなかった。
「グルルルル……! うぉーーーん! 調子乗ってきたぜー!」
俺が魔力を放出すると、俺の四肢から炎があがった。
履いていた毛皮の腰巻きに火がついて、慌てて走り回るゴブリンたち。
それを追いかけ
開いた傷が半分ほど塞がる。
さっきからシンソニーは、人間姿の防御モードでミラナを群がるゴブリンたちから守っているのだ。
あっちはあっちで、忙しそうなのだった。
「俺はいいっ! ミラナを頼む!」
「余裕だよ! 魔力は十分あるから、隙見てかけるね!」
確かに俺たちの体には、人間だったころとは、比べものにならないほどの魔力が溢れていた。
それも、人間特有の
俺の体からは炎、シンソニーの体からは風の魔力が溢れていた。
要するに俺たちは、精霊に頼まなくても魔法が使えるのだ。
それはまるで、自分自身が炎になったかのような感覚だった。
シンソニーがずっと、無詠唱で魔法を使っていた理由がやっとわかった。
――うー! やっぱ俺、もう人間じゃねーな!?
心のなかで泣きながら、さらに勢いよく魔力を放出すると、俺の体が燃えあがった。
そのままミラナたちに近づくゴブリンの集団に突っ込み、蹴散らしては追いかけ喰らいつく。
彼らが消えたあとには、核になっていた魔石と一緒に、装備していた盾や鎧、身に着けていた装飾品なんかが転がっていた。
装飾品などはたぶん、依頼主がいるリボルサの村から盗んできたものだろう。かなり手癖が悪いようだ。
あまり燃やすと、依頼の指輪まで焦げてしまう。
魔力に余裕があっても、俺は火加減を調節する必要があったのだった。
*************
<後書き>
自分が三百年も封印されていたことを知り、一日落ち込んだオルフェル君。
だけど、これ以上は頭がついていきません。気を取りなおして戦いはじめた彼の体には、人間にはないはずの、炎の魔力が
あらためて魔物になったことを実感したオルフェル君。そんな彼にミラナがかける魔法が、なんだかまた闇深いという……笑
次回、第三十二話 幻獣~宇宙一でかいんじゃね?~をお楽しみに!
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