009 重要任務1~みんなでいこ☆~


 場所:国立カタレア魔法学園

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



 あのポーション実習から数日。俺は授業の終わった教室で、その日習った魔法陣をノートに書き写していた。俺はとにかくこれが苦手だ。


 俺にはずっと守護精霊のフィネーレがいたから、気合いと雰囲気だけでそれなりに魔法が使えていたのだ。


 だけどより高度な魔法を使うためには、魔法陣の模写が必須らしい。


 隣の席ではエニーとシンソニーが、放課後に遊ぶ相談をしている。羨ましいけど、俺にはそんな余裕はない。


 悪戦苦闘しながらも、俺はなんとか魔法陣を書き写した。


 顔をあげると、ミラナが教室の前に呼び出されている。魔法薬学のキーウェン先生と、なにか話しているようだ。



「あなたは本当に優秀ですね。どうですか? レニーウェインさん、学年委員をやってみる気はありませんか?」


「はい! 光栄です」



 優秀な彼女は、さっそく学年委員に任命されたようだ。



――ミラナは真面目で可愛いから、すぐ先生に気に入られるんだよな。



 俺は誇らしい気持ちでミラナを眺めた。キーウェン先生はミラナの返事に満足したように微笑んでいる。



「それでは手はじめに、書類の受け渡しをお願いします。大切な書類なので、しっかりした子に頼めるのは本当に助かりますねぇ」



 先生に期待をかけられ、ミラナは「はい!」と、気合いの入った返事をした。



「一人ではたいへんな量です。放課後、何人か友人を連れて、私の研究室に取りにきてください」


「あ、はい……」



 少し戸惑った顔で振り返ったミラナに、俺は勢いよく親指を立てた。


 俺もあんまり余裕はないけど、彼女の役に立てるなら大歓迎だ。



「みんなでいこ☆ ね♪」


「手伝うよ、ミラナ」


「みんな……。ありがとう!」



 エニーとシンソニーも、当然のように手伝いを申し出た。俺たちは同郷の幼馴染だから、お互いに遠慮は不要だ。


 放課後になり、俺たち四人はキーウェン先生の研究室に向かった。


 ミラナが先生に指示された書類は、封筒に入れられ、厳重に封がされて、先生のデスクの上に高く積みあげられていた。


 その量から察するに、一年生全員の個人情報が詰まっていそうだ。



――本当に重要書類みたいだな。


「これを教員室にいるレンドル先生に渡してきてください」



 渡された書類を、みなで分けあって抱えた俺たち。



「教員室ってどこだっけ?」


「東棟の一階だよ」



 いまいる場所が西棟の三階だったため、俺たちは渡り廊下を進み、東棟に移動する必要があった。


 カタ学の渡り廊下の窓は、学園長が遊び心で取り付けたという『歴史の窓』だ。


 その窓には時々、この学園の歴史的瞬間が気まぐれに映し出されていた。


 渡り廊下を進んでいると、まだ夕方だというのに、突然窓の外が夜になった。色とりどりの花火が夜空に広がる。


 ドーン!という大きな音や振動が起こり、火薬の匂いまで漂ってきた。



「わぁ、びっくりしたょ☆」


「うはぁ、すっげー! これって、いつの記録だ?」


「百年前の学園創設祭の花火大会だって」


「タイミングよく見られてよかったね!」



 俺たちは書類を抱えたまま、その美しい花火を眺めた。ほんの束の間だったけど、カタ学の歴史ある瞬間を、四人で見られたことがすごく嬉しい。


 学園生活の忙しさを忘れて、俺は静かにこの場にいる喜びを噛み締めた。


 渡り廊下を抜け東棟に入ると、教員室もすぐそこだ。


 あとはこの階段を降りるだけ、というところで、ドカドカと廊下を走る足音が響いてきた。



「どけどけっ!」



 振り返った瞬間、走ってきた生徒がエニーに激突した。



「きゃっぁあ!」



 階段上で足を踏み外し、中空を蹴るエニー。慌てて伸ばした俺の手から、書類の束が滑り落ちた。



「うぁぁ、ニーニー!」



 そのとき、焦ったシンソニーの声とともに、ものすごい風が階段上に吹きあがり、エニーの体が宙に浮いた。


 風は書類を巻きあげながら、ゆっくりとエニーを踊り場におろす。



――え? すげー……。シンソニーがやったのか?



 無詠唱で放たれた強力な魔法に、周囲にいた生徒たちもキョトンとしている。こんなことは、守護精霊がいてもなかなかないのだ。


 周りがざわつくのも構わず、シンソニーはエニーに駆け寄った。その顔はまだ少し青ざめている。



「ニーニー! 大丈夫?」


「う、うん。平気だょ、ありがとう☆ だけど、書類が……」



 気がつくと、俺とニーニー、さらにはシンソニーまでが、書類から手を放してしまっていた。


 しかもそこに、すごい突風が吹いたのだ。書類は広範囲に巻き散らかされてしまった。



「ごめん、すぐ拾うから!」


「そうだなっっ」



 ミラナの青ざめた顔を見て、俺たちはすぐに書類を拾いはじめた。


 エニーにぶつかった生徒が、舌打ちしながら走り去っていく。かなり腹が立つけど、いまは書類を拾うのが先決だ。



「大丈夫、散らばったけど屋内だし、なくなったりはしないよ。落ち着いて集めよう」



 ミラナも気を取りなおして、書類を集めはじめた。



「おいおい。こんなに散らかされちゃ歩きにくいじゃないか」


「だっせー。見ろよ、貧乏人が這いつくばってるぜ」



――わ、こんなときに……。なんか性格悪そうなヤツらが来たぜ……。



 ただでさえゲンナリしているときに、嫌味ったらしいことを言われた俺は、イラッと口元を歪ませた。


 顔をあげると、目つきの悪い二人組が、意地悪な顔で俺たちを見ている。


 知らないヤツだけど、同じ制服なのに生地や仕立てが違うらしく、なぜだか少し豪華に見える。


 つける必要のない家の紋章を、わざわざ胸に刺繍してふんぞり返っているあたり、たぶん貴族の息子だろう。


 この実力主義のカタ学で、貴族だ平民だと言う方がダサいんだけど、彼らはそれがわからないらしい。


 二人はそのまま、書類を靴で踏みつけながら近寄ってきた。



「おい、踏むなよ! それは大事な書類だぜ!」



 凄みながら立ち上がってみると、俺たちはかなりの体格差があった。


 俺は結構背が高いし、体格もいい方なのだ。そのせいか、不良たちは少したじろいでいる。



「なっ、なんだよ。こんなもの巻き散らしてるほうが悪いだろ? ここはみんなの廊下だぞ」


「そのくらいにしとけよ? これ、本当に大事なやつなんだぜ」


「ふん、田舎もんが……」



 そう言いかけた不良たちが、俺の後ろにいたミラナとエニーを見て「はっ」と息を呑み込んだ。



――やべ。二人が可愛すぎることに気づいてしまったようだな。



 振り返ると、ミラナとエニーが身を寄せあって不良たちを見あげている。


 あらためて見ても、二人ともとにかく可愛い。そんな不安げな顔で上目遣いされると、みんなもれなく惚れてしまう。


 ついでにいうと、シンソニーもかなり可愛いから、そっちを見ている可能性も捨てきれなかった。



――とにかく俺は、三人を守るっ。



 そう思った俺は、二人の前に歩み出た。



「とにかく、踏むのはやめてくんねー?」


「お、おまえ、生意気だぞ! ちょっと背が高くて顔がいいからって、そんな可愛い女子を三に……」


(やめろ、それは禁句だ)



 不良男子がなにを言いかけたのか察した俺は、小声でそう言いながら、慌ててヤツの口を塞いだ。


 シンソニーを女子呼ばわりするヤツは、親友としてほっておけない。


 仲間を攻撃されたと思ったのか、もう一人が俺の脇腹にケリを入れた。



「いてぇっ」


「やだっ、オルフェル!」



 ミラナの叫び声が廊下に響いた。悶えていると、今度は背中にケリが入る。いくら体格差があるからと、二人がかりで卑怯な奴らだ。



「ぐぁっ、なにすんだっ」


「オルフェルを蹴らないで!」



 よろけた俺と不良の間に、ミラナが突然飛び出してきた。彼女はこういうとき、必ず俺を助けようとしてくれるのだ。



ーーだめだっ、ミラナ!



 俺を殴ろうと振りかぶった不良の拳が、ミラナの綺麗な顔を目掛けて勢いよく振り下ろされた。


 それが彼女の頬を掠め、ミラナが「きゃっ」と、声を上げる。その瞬間、俺の怒りが頂点に達した。



「ふざけんな!」



 叫んだ俺の周りに、メラッと炎が立ちあがる。俺の怒りに反応するように、魔法が勝手に飛び出したのだ。


 それは俺の意思や知識と関係なく、一瞬で俺を取り囲んだ。



「やべー! なんか火が出た!」


「オルフェル、書類燃えてるよ !?」


「うわぁ、水降ってきた! 防火装置か!?」



 防火装置の鐘の音が鳴り響き、辺り一面水浸しだ。もちろん書類も、全部ずぶ濡れになってしまった。


 俺たちが顔面蒼白でかたまるなか、不良二人は慌てた顔で逃げていった。



*************

<後書き>


 学年委員になったミラナに助けを求められ、はりきっていたオルフェル君。


 しかし、不運が続き、重要任務は失敗に終わりました。


 勝手に飛び出した魔法に戸惑う四人。いったいなにが起きてるのでしょうか。


 次回、第一章第十話 重要任務2~連帯責任?~をお楽しみに!


‭‭‬‬


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