009 重要任務1~みんなでいこ☆~
場所:国立カタレア魔法学園
語り:オルフェル・セルティンガー
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あのポーション実習から数日。俺は授業の終わった教室で、その日習った魔法陣をノートに書き写していた。俺はとにかくこれが苦手だ。
俺にはずっと守護精霊のフィネーレがいたから、気合いと雰囲気だけでそれなりに魔法が使えていたのだ。
だけどより高度な魔法を使うためには、魔法陣の模写が必須らしい。
隣の席ではエニーとシンソニーが、放課後に遊ぶ相談をしている。羨ましいけど、俺にはそんな余裕はない。
悪戦苦闘しながらも、俺はなんとか魔法陣を書き写した。
顔をあげると、ミラナが教室の前に呼び出されている。魔法薬学のキーウェン先生と、なにか話しているようだ。
「あなたは本当に優秀ですね。どうですか? レニーウェインさん、学年委員をやってみる気はありませんか?」
「はい! 光栄です」
優秀な彼女は、さっそく学年委員に任命されたようだ。
――ミラナは真面目で可愛いから、すぐ先生に気に入られるんだよな。
俺は誇らしい気持ちでミラナを眺めた。キーウェン先生はミラナの返事に満足したように微笑んでいる。
「それでは手はじめに、書類の受け渡しをお願いします。大切な書類なので、しっかりした子に頼めるのは本当に助かりますねぇ」
先生に期待をかけられ、ミラナは「はい!」と、気合いの入った返事をした。
「一人ではたいへんな量です。放課後、何人か友人を連れて、私の研究室に取りにきてください」
「あ、はい……」
少し戸惑った顔で振り返ったミラナに、俺は勢いよく親指を立てた。
俺もあんまり余裕はないけど、彼女の役に立てるなら大歓迎だ。
「みんなでいこ☆ ね♪」
「手伝うよ、ミラナ」
「みんな……。ありがとう!」
エニーとシンソニーも、当然のように手伝いを申し出た。俺たちは同郷の幼馴染だから、お互いに遠慮は不要だ。
放課後になり、俺たち四人はキーウェン先生の研究室に向かった。
ミラナが先生に指示された書類は、封筒に入れられ、厳重に封がされて、先生のデスクの上に高く積みあげられていた。
その量から察するに、一年生全員の個人情報が詰まっていそうだ。
――本当に重要書類みたいだな。
「これを教員室にいるレンドル先生に渡してきてください」
渡された書類を、みなで分けあって抱えた俺たち。
「教員室ってどこだっけ?」
「東棟の一階だよ」
いまいる場所が西棟の三階だったため、俺たちは渡り廊下を進み、東棟に移動する必要があった。
カタ学の渡り廊下の窓は、学園長が遊び心で取り付けたという『歴史の窓』だ。
その窓には時々、この学園の歴史的瞬間が気まぐれに映し出されていた。
渡り廊下を進んでいると、まだ夕方だというのに、突然窓の外が夜になった。色とりどりの花火が夜空に広がる。
ドーン!という大きな音や振動が起こり、火薬の匂いまで漂ってきた。
「わぁ、びっくりしたょ☆」
「うはぁ、すっげー! これって、いつの記録だ?」
「百年前の学園創設祭の花火大会だって」
「タイミングよく見られてよかったね!」
俺たちは書類を抱えたまま、その美しい花火を眺めた。ほんの束の間だったけど、カタ学の歴史ある瞬間を、四人で見られたことがすごく嬉しい。
学園生活の忙しさを忘れて、俺は静かにこの場にいる喜びを噛み締めた。
渡り廊下を抜け東棟に入ると、教員室もすぐそこだ。
あとはこの階段を降りるだけ、というところで、ドカドカと廊下を走る足音が響いてきた。
「どけどけっ!」
振り返った瞬間、走ってきた生徒がエニーに激突した。
「きゃっぁあ!」
階段上で足を踏み外し、中空を蹴るエニー。慌てて伸ばした俺の手から、書類の束が滑り落ちた。
「うぁぁ、ニーニー!」
そのとき、焦ったシンソニーの声とともに、ものすごい風が階段上に吹きあがり、エニーの体が宙に浮いた。
風は書類を巻きあげながら、ゆっくりとエニーを踊り場におろす。
――え? すげー……。シンソニーがやったのか?
無詠唱で放たれた強力な魔法に、周囲にいた生徒たちもキョトンとしている。こんなことは、守護精霊がいてもなかなかないのだ。
周りがざわつくのも構わず、シンソニーはエニーに駆け寄った。その顔はまだ少し青ざめている。
「ニーニー! 大丈夫?」
「う、うん。平気だょ、ありがとう☆ だけど、書類が……」
気がつくと、俺とニーニー、さらにはシンソニーまでが、書類から手を放してしまっていた。
しかもそこに、すごい突風が吹いたのだ。書類は広範囲に巻き散らかされてしまった。
「ごめん、すぐ拾うから!」
「そうだなっっ」
ミラナの青ざめた顔を見て、俺たちはすぐに書類を拾いはじめた。
エニーにぶつかった生徒が、舌打ちしながら走り去っていく。かなり腹が立つけど、いまは書類を拾うのが先決だ。
「大丈夫、散らばったけど屋内だし、なくなったりはしないよ。落ち着いて集めよう」
ミラナも気を取りなおして、書類を集めはじめた。
「おいおい。こんなに散らかされちゃ歩きにくいじゃないか」
「だっせー。見ろよ、貧乏人が這いつくばってるぜ」
――わ、こんなときに……。なんか性格悪そうなヤツらが来たぜ……。
ただでさえゲンナリしているときに、嫌味ったらしいことを言われた俺は、イラッと口元を歪ませた。
顔をあげると、目つきの悪い二人組が、意地悪な顔で俺たちを見ている。
知らないヤツだけど、同じ制服なのに生地や仕立てが違うらしく、なぜだか少し豪華に見える。
つける必要のない家の紋章を、わざわざ胸に刺繍してふんぞり返っているあたり、たぶん貴族の息子だろう。
この実力主義のカタ学で、貴族だ平民だと言う方がダサいんだけど、彼らはそれがわからないらしい。
二人はそのまま、書類を靴で踏みつけながら近寄ってきた。
「おい、踏むなよ! それは大事な書類だぜ!」
凄みながら立ち上がってみると、俺たちはかなりの体格差があった。
俺は結構背が高いし、体格もいい方なのだ。そのせいか、不良たちは少したじろいでいる。
「なっ、なんだよ。こんなもの巻き散らしてるほうが悪いだろ? ここはみんなの廊下だぞ」
「そのくらいにしとけよ? これ、本当に大事なやつなんだぜ」
「ふん、田舎もんが……」
そう言いかけた不良たちが、俺の後ろにいたミラナとエニーを見て「はっ」と息を呑み込んだ。
――やべ。二人が可愛すぎることに気づいてしまったようだな。
振り返ると、ミラナとエニーが身を寄せあって不良たちを見あげている。
あらためて見ても、二人ともとにかく可愛い。そんな不安げな顔で上目遣いされると、みんなもれなく惚れてしまう。
ついでにいうと、シンソニーもかなり可愛いから、そっちを見ている可能性も捨てきれなかった。
――とにかく俺は、三人を守るっ。
そう思った俺は、二人の前に歩み出た。
「とにかく、踏むのはやめてくんねー?」
「お、おまえ、生意気だぞ! ちょっと背が高くて顔がいいからって、そんな可愛い女子を三に……」
(やめろ、それは禁句だ)
不良男子がなにを言いかけたのか察した俺は、小声でそう言いながら、慌ててヤツの口を塞いだ。
シンソニーを女子呼ばわりするヤツは、親友としてほっておけない。
仲間を攻撃されたと思ったのか、もう一人が俺の脇腹にケリを入れた。
「いてぇっ」
「やだっ、オルフェル!」
ミラナの叫び声が廊下に響いた。悶えていると、今度は背中にケリが入る。いくら体格差があるからと、二人がかりで卑怯な奴らだ。
「ぐぁっ、なにすんだっ」
「オルフェルを蹴らないで!」
よろけた俺と不良の間に、ミラナが突然飛び出してきた。彼女はこういうとき、必ず俺を助けようとしてくれるのだ。
ーーだめだっ、ミラナ!
俺を殴ろうと振りかぶった不良の拳が、ミラナの綺麗な顔を目掛けて勢いよく振り下ろされた。
それが彼女の頬を掠め、ミラナが「きゃっ」と、声を上げる。その瞬間、俺の怒りが頂点に達した。
「ふざけんな!」
叫んだ俺の周りに、メラッと炎が立ちあがる。俺の怒りに反応するように、魔法が勝手に飛び出したのだ。
それは俺の意思や知識と関係なく、一瞬で俺を取り囲んだ。
「やべー! なんか火が出た!」
「オルフェル、書類燃えてるよ !?」
「うわぁ、水降ってきた! 防火装置か!?」
防火装置の鐘の音が鳴り響き、辺り一面水浸しだ。もちろん書類も、全部ずぶ濡れになってしまった。
俺たちが顔面蒼白でかたまるなか、不良二人は慌てた顔で逃げていった。
*************
<後書き>
学年委員になったミラナに助けを求められ、はりきっていたオルフェル君。
しかし、不運が続き、重要任務は失敗に終わりました。
勝手に飛び出した魔法に戸惑う四人。いったいなにが起きてるのでしょうか。
次回、第一章第十話 重要任務2~連帯責任?~をお楽しみに!
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