016 デモンクーズ~頭整理していい?~

 場所:国立カタレア魔法学園

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



「出遅れてはならないぞ、レニーウェイン。国王陛下は闇属性魔導師を即刻全員処刑せよとおっしゃったそうだ。それを周りがなんとか説得し、三日の猶予をいただいたのだ。それをすぎても王都に残っている闇属性魔導師は、全員死刑だそうだ」



 レンドル先生はそう言うと、赤黒いマントをひるがえして部屋を出ていった。



「ふざけすぎだ!」



 俺はミラナに背を向けたまま大声をあげた。彼女は黙ったまま立ち尽くしているようだ。


 だけど俺は、ミラナを見るのが怖い。ここまで努力して積みあげてきたものを失って、悲しむ彼女を見るのが……。



「オルフェル……。私、帰らなきゃ、死刑だって……」


「ミラナ……」


「そんなの、ないよね……」


「くそ……っ。なんなんだ、しんじらんねー……」



 次の瞬間、俺の背中に、ミラナがとくっついてきた。彼女の両手と頬が背中にあたっているのを感じる。



――おわっ、抱きつかれた……! なになに? なにが起きたの!?



 突然のことに、俺がビクンと背中をこわばらせると、ミラナはぎゅっと、俺のローブを掴んだ。



「あの、ミラナさん……?」


「ごめん、オルフェル。ちょっとだけ、ここで、頭整理していい?」


「もっ、もちろん」



 ミラナは泣いているわけでもなく、本当に、そこで考えごとをしているみたいだった。



――どうしてこんな、ひどいことができるんだ……。



 俺はただ悔しくて、ずっと拳を震わせていた。



      △



 そのあと俺は、イザゲルさんが王妃におこなった治療と、それによって起きた悲劇について、昨年俺に絡んできた不良たちから聞かされた。


 この二人、最初はきらいだったけど、いろいろあって、いまではまぁまぁ友達だ。


 彼らは、位の高い貴族とかの息子で、国民にまだ公表されていなかった内情を知っていたのだ。


 長い間、王妃の病気が回復していると、幻術で見せかけていたイザゲルさん。


 彼女はやはり、そうでもしないと有罪にされ処断されてしまう、どうしようもない状況に置かれていたようだ。


 そして、王妃がいよいよ瀕死になると、追い詰められた彼女は、闇魔法デモンクーズを発動した。復活した王妃は、しばらく元気に動き回っていたらしい。


 だけど、デモンクーズの効果は一時的なものだった。


 国王が喜んだのも束の間、王妃は魔物化し、突然王に襲いかかった。そして、助けに入った第一王子が負傷し、そのまま命を失ったのだという。


 王は暴れ狂う王妃を泣く泣く退治し、イザゲルさんは騒ぎのうちに逃亡した、ということだった。


 ネースさんの姉で、ハーゼンさんの恋人だったイザゲルさん。彼女が起こした、あまりにも悲惨な事件に、俺たちはただ、項垂うなだれた。


 これでは、王が、闇属性の魔導師たちを追い出したくなるのも仕方がない、という気もしてくる。


 だけど、闇属性だからと、みながそんな、恐ろしい魔法に手を出すわけではないのだ。


 やはりほかの魔導師への迫害は、理不尽としか言いようがない。


 だけどミラナは、諦めた顔で帰り支度をはじめていた。ここにいては処刑されてしまうのだから、ほかにどうしようもなかった。



「ミラナが帰るなら俺も帰る。ミラナがこれ以上つらい目に遭わないように、そばで守りたい」



 俺はミラナにそう言ったけど、彼女は絶対ダメだと首を横に振った。


 そして、俺に生徒会長を引き継いでほしいと、仕事のやりかたを説明しはじめた。


 本来なら、後任を選挙で選ぶところだけど、それでは間にあわないから副会長に引き継ぎたいと。



「オルフェル、いまの成績で生徒会長までやれば、絶対騎士になれるよ。私、期待して待ってるね。きっと、王様の怒りだって、そのころには治ってるんじゃないかな?」


「ミラナ……」


「やりかけの仕事、いっぱいでごめんね。あとはお願い! 頼りにしてるよ、オルフェル」



――ずるいぞ、こんなときだけ期待してるとか、頼りにしてるとかさ……。



      △



 それからしばらくして、生徒会長の再選挙があったけれど、俺はミラナの期待に応えるため立候補し、正式に生徒会長に就任した。


 生徒会長は本当に激務だ。成績を落とさずにやろうと思うと、顔をあげる暇もない。


 俺は、副会長にシンソニーとエニーを迎え、さらに書記としてエリザを迎えて、盛大に頼りながら仕事を進めた。


 一昨年生徒会長をしていたシェインさんにも指導を仰ぎ、周りに頼れるだけ頼って、やっと仕事が一人前だ。


 それでも俺は、三日に一度はミラナに手紙を送った。



「拝啓ミラナさん


 俺の背中はミラナのために、いつも開けてあるぜ! また好きなときに、とやってくれよなっ。夕飯の献立を考えるときとかに使ってくれてもいいんだぞ☆ じゃ! また会えるのを楽しみにしてるぜ!


 あなたのオルフェル」



 内容がくだらなすぎたせいか、返信が来たのは四ヶ月後だ。


 そこには、『元気にやってるから心配いらないよ』とか、『オルフェルが騎士になるのを楽しみにしてるね』とか、そんなことが書かれていた。


      

――――――――

     ――――――――



 そうだ。ミラナはすげー理不尽な理由で、突然退学になったんだ。俺はついて帰りたいのを我慢して、ミラナに言われた生徒会長を頑張った。


 彼女に頼られ、期待されて嬉しかったからだ。


 あのあと俺は、はたして騎士になれたのだろうか。


 いまはどう見ても、騎士じゃなくて子犬なわけだが。


 いまはミラナが自分の手に乗せた、彼女手作りのドッグフードを、目の前に差し出されている。



――俺、食うのか? これを……。ミラナの手から? ミラナの手を舐める以外、食う方法がねーんだけど?

「くーん……」


「あれ? いやだった? おかしいな。絶対おいしいから、試してみて?」


――いや、確かにすげー、うまそうな匂いはしてるし、腹も減ってるんだけどな? これはさすがに……。

「くー……」


 俺が戸惑っていると、人間姿のシンソニーが俺の顔を覗き込んで、「ふふっ」と小さく微笑んだ。



「ミラナ、替わるよ。なんか出かける準備があるんだよね? オルフェは任せて」


「あ。ほんと? ありがとう、シンソニー!」



 ミラナからドッグフードを受け取り、俺の前に差し出したシンソニーが、小さな声で俺に囁く。



「オルフェ、ミラナの雰囲気が変わってて、戸惑ってるんだよね。僕も最初、ちょっとびっくりしたよ」


――シンソニー、なにか覚えてるのか? どうして俺たち、ミラナに飼われてるんだ?

「きゃうきゃうきゃう……?」


「はは、なに言ってるかわかんないや。本当にきみ、オルフェなの? あいかわらず面白いなぁ」


――そうか、シンソニーも、その程度の理解度なんだな。腹減った。それ、口に入れてくんねー?


――ミラナが俺のために作ってくれた手料理だからなっ。残さず食うぜ!



 そのあと、買いものに行くというミラナに抱きあげられた俺は、彼女の胸に抱えられたまま、外の街に連れ出された。



*************

<後書き>


 イザゲルが起こしたひどい事件をきっかけに、故郷に帰ることになったミラナは、オルフェルに生徒会長を引き継ぎました。


 ミラナの期待に答えるため、ますますがんばりはじめたオルフェル君。だけど彼は、なぜか犬になってしまったようです。


 今回で1章は終わりです。2章からはミラナの住むどこかの街で、犬になった彼の新しい生活が始まります。もっとオルフェルたちの学生生活が読みたかった! という方は『カタレア一年生相談窓口!~初恋を諦めない俺は炎属性~ 』をぜひ!読んでみてください(*^o^*) オルフェルとミラナの登場する学園ラブコメです。https://ncode.syosetu.com/n1210ij/


 次回、第十七話 知らない街~アマンデールとメージョー~をお楽しみに!


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