第2章 犬と鳥

017 知らない街~リヴィーバリーとメージョー~

 場所:リヴィーバリー

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



 ミラナは俺を抱きあげると、小鳥になったシンソニーを肩に乗せて部屋を出た。


 そこは、三階建ての建物の二階のようだった。扉を出て階段を降りると、ふくよかなおばさんが、建物の入り口近くに座っている。



「こんにちは! ジェシアナさん!」


「おやおや、ミラナちゃん。子犬を連れてお出かけかい? 楽しそうだねぇ」


「はい! 魔獣を受け入れてもらえて助かってます! 騒音でご迷惑をかけてませんか?」


「うちは生きものならなんでもありの貸し部屋だからね! 気にしなくて大丈夫だよ」


「本当に助かります!」



 ジェシアナと呼ばれたこのおばさんは、この貸し部屋の大家のようだ。ミラナは大家のおばさんに深々と頭を下げている。



――というか、魔獣……って、まさか、俺か?



 てっきり犬になったと思っていたけれど、もしかすると俺は、魔物化してしまったのかもしれない。


 ただの犬にしては、体に感じる魔力が強い気がしていたのだ。


 人間が魔物化したという話は、俺もいろいろ聞いたことがあった。


 まずひとつに、森や山のなかを漂う闇のモヤに、長時間当てられることで、動物や人間が魔物化してしまう、という話がある。


 それから、めったに使われるようなものではないけど、人間を魔物化してしまう、恐ろしい魔法も存在している。


 イザゲルさんが王妃にかけた、もそのひとつだ。



――まさか俺、ミラナにデモンクーズかけられたとか?


――いや、そんなはずないか……。



 闇属性の魔導師は、悪意を持って魔法を使うと闇に堕ちてしまうといわれている。


 闇に堕ちた人間は、身体がカラカラに干からびたうえ、正気を失ってしまうらしい。


 あんな恐ろしい魔法を使えば、術者が平静でいられるはずはなかった。


 だけど、今俺を抱きしめているミラナは、どう見ても元気いっぱいだ。


 俺は、頭に浮かんだ疑念をすぐにかき消した。


 貸し部屋のある建物を出ると、細い歩道をはさんで、目の前は水路になっていた。


 両端の尖ったゴンドラ船が、買い物客を乗せ、ゆっくりと行き交っている。



――見慣れない景色だ。いったい、どこなんだ? 水路か……涼しげな街だな。



 振りかえって見あげると、立ち並ぶ建物の雰囲気が、イコロ村ともオルンデニアとも違っている。


 格子窓のついた四角い建物が、ぎゅうぎゅうにひしめきあっていた。


 だけど、どの建物も窓辺にはこんもりと花が植えられ、華やかで美しい街並みだ。


 ミラナの住んでいる貸し部屋は、黄色い壁の木造で、窓辺にはやはり、赤い花が咲いていた。入口には『ラ・シアン』と書かれた看板がかかっている。


 さっきの会話と、部屋のなかに物が少ないことから考えても、ミラナは最近、どこかから引っ越してきたばかりのようだ。


 俺を片腕に抱えながらも、小さな地図を広げて、方向を確認している。


 俺は一緒になって、ミラナの持つ地図を覗き込んだ。複雑に入り組んだ水路と街道の間にびっちり建物が並んだ大きな街のようだ。



――ベルガノン王国の王都リヴィーバリー? 聞いたことない国だな。見慣れない景色なわけだ。



 ミラナはキョロキョロしながら細い歩道を歩き、橋を渡って、向かいの筋からさらに向こうの筋へと、どんどん歩いていく。


 買いものがどうのと言っていたし、目的地は商店街のようだけど、結構遠い。


 だけど、ゴンドラ船に乗ろうという気はないようだ。



――あぁ。俺ずっとミラナに抱かれてるんだけど……。ミラナ、相変わらずいい匂いだ。尻尾がうずくぜ……。



 俺の尻には、短くて赤い尻尾が生えていたけど、うれしいとそれが、パタパタ動いてしまうらしい。


 こんな状況で尻尾を振るのはできれば避けたい。だけど、ミラナが近いというだけで、どうしても俺の尻尾はパタついてしまうのだった。


 俺が尻尾を振ると、ミラナの細い指がヨシヨシと俺の頭をなでる。なんだかもう、いろいろどうでもよくなりそうだ。


 俺が子犬であることへの些細な抵抗をやめ、ミラナとの散歩を楽しみだしたころ、俺たちは大通りに出た。


 高級そうな店が入った立派な建物が、石畳の街道の両脇に立ち並んでいる。しばらくいくと、ミラナは一軒の店の前で立ち止まった。



 店先には『メージョー』と書かれた看板がぶら下がっている。店に入ると、そこは、雑貨店のようだった。


 店のなかを見回すと、たくさんの商品が、陳列棚に並べられている。調理器具やペット用品から武器に魔道具まで、なんでもありといった感じの品揃えだ。



「メージョーさん、こんにちは~!」


「あ、ミラナちゃん。いらっしゃいませ! また来てくれたんだね!」



 ミラナが声をかけると、店の奥から店主らしき男が出てきた。


 茶色の短髪に、黒縁眼鏡の男だ。紺のエプロンをつけ、ミラナを見るとニコニコと笑顔を見せた。


 年齢は二十代半ばという感じに見えるけど、かなりモテそうな風貌だ。



――なにがミラナちゃんだ! 馴れ馴れしいぞ!

「きゃうん! きゃうあう!」


「可愛いわんちゃんだね」


――お前に可愛いとか言われたくねーから!

「きゃうあうあうーん!」



 力いっぱい文句を言って牽制けんせいしてみる俺。メージョーの店主は目を丸くして両手をあげ、少し身をひいた。



「わ、僕、もしかして嫌われてる?」


「ご、ごめんなさい、メージョーさん。もう、オルフェル! 賢くしないとケージに入れちゃうよ?」


「僕、なにかしたかなぁ……。ごめんね? オルフェル君。小さいけど、なかなかの迫力だね。ミラナちゃんが連れてるってことは、やっぱり、魔獣かな?」


「そうなんです。おかげ様で、無事にテイムできました!」



 そう言って、嬉しそうに俺を撫でるミラナ。俺はやはり魔獣で、彼女に捕獲されてしまったようだ。



「よかったね。だけど、僕はなにもしてないよ? うちじゃケージも作れないしさ」


「いえいえ! 魔笛を修理していただいたので、本当に助かりました。いただいた止まり木も、すごくいい感じです」


「それはよかったよ」



 メージョーの店主はそう言うと、またニコニコとミラナに笑顔をふりまいた。本当に馴れ馴れしくてムカつくヤツだ。



――おまえ! ミラナに気に入られようとしているのが丸わかりだぞ!

「きゃうきゃうー! きゃうあうあうー!」



 俺がまた店主に向かって吠えると、ミラナはため息をつきながら、腰にぶら下げていた魔笛を取り出した。



「オルフェル……。調教魔法・カームダウン!」

――ピーヒョロリン♪――


――ぎゃー! また沈静化っ!?

「きゃうっ!」



 燃えていた闘志が急激にさがり、体の力が抜けていく。



――ごめんなさい。俺、石になります。



「あらら……。オルフェル君、ぐったりだね。こっちに寝かせておく?」


「ありがとうございます。そうさせてください」



 俺は店の隅に置かれてた丸いクッションの上に乗せられ、ミラナの買い物を眺めることとなった。



*************

<後書き>


 子犬なオルフェルを抱えたまま、見知らぬ街リヴィーバリーを歩くミラナ。


 どうやら彼女も、この街には慣れていないようですが、雑貨店メージョーの店主とは知り合いのようです。


 イケメン店主を牽制しようとしたオルフェル君ですが、あっという間に沈静化されてしまいました。


 次回、第十八話 魔玩具~俺のトリガーブレード~をお楽しみに!



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