033 チャンス~俺たちの記憶~


 場所:リヴィーバリー

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



 巨大な双頭鳥になったシンソニーは、大空を滑空し、あっという間にリボルサに到着した。


 そこで俺たちは依頼主に指輪を届け、依頼完了の署名をもらった。


 そして、またシンソニーに乗り、王都付近まで帰ってきたのだ。



「このままじゃ、街には近づけないね」



 王都の手前の草原で、シンソニーは人間の姿に戻された。王都まではまだ少し距離がある。


 今日の戦利品が入ったバッグをシンソニーが持ち、俺はミラナの胸に抱えられた。


 ゴブリンが落とした品は、大半はやはり、リボルサの村から盗まれたものだった。


 俺たちはそれをリボルサに置いてきたため、戦利品はゴブリンの核の魔石くらいで、荷物はかなり減っている。


 だけど、華奢なシンソニーが荷物持ちで、いくらかたくましいはずの俺が、ミラナに抱えられているという現状だ。


 俺だって本当は自分で歩けるのに、ミラナが俺を放してくれない。どうやら子犬な俺は、すっかりぬいぐるみ扱いなのだ。


 しかも、シンソニーにあんな巨大な姿を見せられて、俺はまた、複雑な気分になっていた。



「シンソニー! おまえ、ちょっと、すごすぎじゃねー? あれは生物の限界超えてるよな? 普通に考えてあんなのおかしいぜ? なんか次元が違うっていうか、世界が違うっていうかさ……」



 シンソニーを見あげ、キャンキャン言う俺。


 シンソニーは俺が冗談を言ってると思ったのか、可愛い顔で、「あはは」と笑った。



「オルフェ、また、大げさだよ」


「いや、大げさじゃねーって! いくらなんでも、早すぎだろ!」



 そう、俺が嫉妬心を燃やしていたのは、シンソニーの、移動速度だった。


 彼はここまで、俺の何倍もの速さで移動してしまったのだ。



――俺が吠えながら走った道のりがあんな一瞬で……!

「きゃうきゃうきゃぅん!」


――せっかくミラナの乗りものに昇格したのに、もう俺いらねーじゃんかっ。

「きゃうきゃう、きゃうあぅあぅん!」


「あはは。オルフェ、何言ってるかわからなくなってるよ?」



 ショックで犬語を話す俺に、シンソニーも呆れ顔だ。


 俺の走りだって、その辺の馬なんかに比べれば、かなり早いほうだと思う。


 だけどやっぱり、飛べるというのは大きかった。



「まぁ、早いって言ってもそこまででもないかも? 風向きとかもあるし、大きいから降りる場所も選ぶしね。目的地の近くまで素早く行けるのは、やっぱりオルフェだよ」


「きゃう……」


「それに、この姿はすぐ限界がくるから。オルフェと交代じゃないと遠くには行けないよ」


「きゃう……!」


「お互い得意なところ活かして、協力して頑張ろう!」


「シンソニー……!」



 シンソニーは、俺が犬語を話していても、俺の言いたいことを察してくれる。


 そしていつだって、俺のいいところを見つけて教えてくれるのだった。


 この嫌味のない穏やかな声と話しかた……。新緑にふりそそぐ木漏れ日のような優しい笑顔。


 俺はいままでに何度、この親友に救われたのだろう。


 こんな見知らぬ時代に三人ぼっちの俺たちだけど、シンソニーが一緒で本当によかった。



「俺やっぱり、シンソニーが好きだ! 愛してる!」


「えっ。うれしいけど、どうしたの?」


「おまえに、俺がいま作った愛の歌を捧げる!」


「うん、大丈夫だよ」



 シンソニーが俺の歌を軽く断ったところで、俺たちは王都の城門に到着した。



      △



「じゃぁ、依頼の報告に行ってくるけど……本当に、オルフェル、ここで待ってるの? 大丈夫かな。その姿だと、可愛いから、連れてかれちゃうかも」


「ミラナ、そんなに心配なら、僕が見てるよ」


「ほんと? ありがとう、シンソニー!」


「うん、まかせて!」



 冒険者ギルドに入っていくミラナを、ニコニコしながら見送ったシンソニーが、俺を見てプスプス笑いだした。



「うーっ、なんだよっ」


「だってね、ミラナがさ、あんまりきみのこと好きだから」


「いや、俺、すげー複雑なんだからな? からかってんじゃねーよ」


「ごめんごめん」



 珍しく、シンソニーと二人きりになった俺は、思わずごくりと生唾を飲んだ。


 俺はシンソニーに、ミラナの前では聞きにくい話がいろいろあるのだ。


 いまは、男同士で語りあえる、数少ないチャンスだった。



「なぁ。シンソニーはやっぱり、エニーがいなくて寂しいよな?」


「え……あ、うん、そうだね」


「なんだよ、寂しくねーの?」


「うーん、なんだろ。よくわからないけど、また会えるって信じてるからさ」


「やっぱり、エニーも俺たちみたいに、封印されてんのかな。なにか覚えてるか?」


「ううん……」



 ベンチに座らされた俺の横に、並んで腰掛けたシンソニー。


 切ない顔をして、首を横に振り、ほんの小さく微笑んだ。


 彼はなにも確信がないまま、ただ、会えると信じているようだ。



――そう思わねーと、やってらんねーよな。



「そうか。俺もよくわかんねーけど、エニーに会える気がしてるぜ!」


「そ、そうだよね!?」



 嬉しそうに、瞳を輝かせるシンソニー。なにか少しでも可能性があるなら、俺はシンソニーをエニーに会わせてやりたい。


 そのためにも、俺は逃げずに、自分の記憶と向きあわなくてはならないのかもしれない。



「なぁ、シンソニー。おまえ、三百年前のこと、どこまで覚えてんだ? 俺、記憶が生徒会長になったところあたりで止まってんだけど」



 俺がそう言うと、シンソニーは、キョトンとした顔で俺を見た。



「生徒会長って、ミラナが飼育委員と兼任してた?」


「え、いやそうじゃなくて、カタ学の……」


「え? カタ学?」


「えって、まさか、カタ学に入学したこと覚えてねーの?」


「いやぁ、それはなんとなく覚えてるんだけど。そっか、ミラナまた生徒会長になったんだね! さすがだなぁ」


「いや……うん」



 微妙な返事をした俺に、シンソニーは不思議そうな顔をする。


 シンソニーはどうやら、カタ学の一年目までしか記憶がないようだ。俺が生徒会長になったことは、彼の記憶にないらしい。


 ということは、あの、イザゲルさんの事件も、ミラナが王都から追放されたことも、シンソニーは覚えていないのだ。


 説明して、思い出させようかとも思うけど、どちらもあまり楽しい記憶でもない。



――ミラナはいつも、こんな気分なのかもな。嫌な記憶だから、俺たちが思い出さないほうがいいって、思ってるのかも。


――しかも、いまさら思い出したところで、三百年前なんだからな。



 言い淀む俺に、シンソニーが、グイッと顔を近づけてきた。



「なにか覚えてるなら教えてよ、オルフェ。僕、知りたい。知れば僕も、なにか思い出すかも」


「……そうだな。なら、約束しねー? 思い出したことは、お互い隠さず報告するって」


「うん! わかった!」



 俺たちは、そんな約束を交わし、隙を見ては互いに思い出したことを教えあった。


 そのたびにいろいろとショックは受けたけれど、俺たちには必要なことに思えた。



*************

<後書き>


 シンソニーの移動速度に嫉妬するオルフェル君。だけどシンソニーの優しさに、彼はいつも救われているのでした。


 大切な親友のためにも、自分の記憶と向きあわなくてはと思った彼は、シンソニーと記憶の共有を約束したのでした。


 次回、第三十四話 ビーストケージ1~お向かいの魔道具店~をお楽しみに!



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