034 ビーストケージ1~お向かいの魔道具店~


 場所:リヴィーバリー

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



 依頼達成の報告をすませ、ギルドから出てきたミラナは上機嫌だった。


 ゴブリンたちから回収した魔石を、買い取ってくれる店を教えてもらったのだそうだ。


 前に集めたディザスタークロウの羽根は、大通りから外れた場所にひっそりと店をかまえている、織物店で買い取ってもらった。


 ミラナはそのときはじめて、集めた素材ごとに違う店に売りに行く必要があることに気づいたようだった。


 だけど、彼女はこの街の地理にあまり詳しくないうえ、昔から少し方向音痴だ。


 いつも自分の進行方向にあわせて、地図をぐるぐると回転させている。


 織物店に行ったときは、完全に道に迷い、同じところを行ったり来たりしていた。


 不思議なのは、何回同じ場所に行っても、毎回迷っていることだ。


 基本的にはしっかりしているミラナ。だけど、いくつか苦手があることを、付きあいの長い俺は知っている。


 そんなときは困り顔で俺を見あげてきたりして、彼女に頼られたい俺は、浮かれてしまったりするんだけど……。



「前にビーストケージを作ってもらった魔道具店で買い取ってもらえるみたいなの! 行きやすいお店でよかったぁ」


「へー、どこにあんの?」


「メージョーさんのお店の向かいだよ」


「魔道具店の向かいにい魔道具店? それは商売敵ってやつじゃねーか」


「それがそうでもないんだよ。メージョーさんと前のお店のおじさんは親子なんだって」



 噂好きのシンソニーがそう言って、俺は「なるほど」と返事をした。


 よく小鳥姿で人混みのなかを飛び回っているシンソニーは、どこからともなくこんな情報を仕入れてくる。



「ほかにも用があったから、ちょうどよかったよ!」



 ミラナは子犬な俺を抱きあげながら、「うふふ」と嬉しそうな笑い声をもらした。



「じゃぁいこっか!」



 自信満々の顔で、地図を見ずに歩きはじめた彼女。だけど完全に方向が逆だ。



「きゃう……? ミラナ、メージョー魔道具店のほうならそっちじゃねーよ?」


「えぇっ!?」



 俺が声をかけると素っ頓狂とんきょうな声をあげてから、「むぅ……」と不満げな声を漏らして、腕のなかの俺をむぎゅむぎゅしてくる。


 教えてやったのに理不尽なことだけど、そんなミラナも俺は可愛いくて仕方ないのだった。



      △



 ミラナは大通りをしばらく歩き、メージョーの向かいの店まで来た。


 雑多な雰囲気のメージョーとは違い、一等地の高級店そのものという感じの店だ。ショーウィンドウに並べられている品々も段違いに高そうに見える。


 店先には『ローズデメール滄海の薔薇』と書かれた看板があがっていた。



 店に入ってみると、ほとんどの商品が透明のショーケースに並べられ、勝手に触れなくなっている。



――なんだこれ、めちゃくちゃかっこいいじゃねーか!



 ショーケースに入っているものは絶対高そうだから、比較的手に取りやすい場所に並べられていた両手剣を眺める俺。


 だけどこれも、ひと目見ただけで高級だとわかる重厚で堂々としたデザインだ。


 持ち手に施された立体的な装飾も細やかで洗練されている。


 金の歯車が回る精密そうな魔道具が埋め込まれていて、どうやら魔導武器のようだ。


 魔道具付きの装備はネースさんも作ってくれたけど、これは音が鳴るとか光るとかそういうおもちゃっぽいのではなく、もっと実用的ななにかだろう。


 埋め込まれている魔石ひとつにしても、質が違うことが素人目にもわかる。


 目を凝らして小さな値札を読み取ってみると、『大特化! 千二百万ダール』と書かれていた。


 その前に書かれていたらしい二千万ダールの文字が二重線で消されている。



――これは値段が桁違いだな。どうやらメージョー魔道具店とは、価格帯で棲み分けしてるみたいだ。


――でも、メージョーの品もそんなに悪くはねーからな。本店のほうが売れなくなって値下げしたんだろうな、これ。



 そんなことを考えている俺を抱えて、ミラナは店の奥に入っていく。



「こんにちは、店主さん」



 店の奥のカウンターには、金の片眼鏡をかけた白衣の男が座っていた。


 年齢は五十くらいだろうか。痩せてはいるが渋くて品のよさそうなおじさんだ。



「おや。きみは確か、魔物使いの……」


「ミラナ・レニーウェインです」


「そうだそうだ。その子犬、もしかすると噂の三頭犬かな?」


「そうなんです。その節はたいへんお世話になりました」


「いやいや。私の作ったビーストケージの調子はどうかな?」


「最高です。本当に助かってます」



 ミラナはそういうと、俺を店主の前のカウンターの上に座らせた。


 それから腰のベルトに取り付けていたケージをはずし、俺の前にコトンと二つ並べておく。


 いままでじっくり見たことがなかったけど、一見ベルトの装飾のようにしか見えない作りだ。


 美しく丸みをもって膨らんだ本体は、まるでカボションボタンのようだった。


 宝石のような透明感があり、内部に描かれた複雑な魔法陣が透けてみえている。


 そして、俺が封印されているケージは赤、シンソニーのものは緑に淡く光っていた。


 留め具には、さっきの両手剣についていたものと同じような、金の歯車が回っていて、ここで作られたものだということがわかる。


 サイズは大きめのコインくらいだろうか。


 ギルド試験で使われていたケージが鳥カゴくらいの大きさだったことを思うと、これはかなり小さい。


 だけど細部まで丁寧に作り込まれ、この店に並んでいるほかの品々と同じく、かなりの高級品に見えた。



「軽くて丈夫で強力で、そのうえ便利で可愛くて、言うことなしです!」


「ははは。気に入ってもらえたようだな。よかったよかった」



 ローズデメールの店主が、優しい笑顔で微笑んでいる。


 だけどこんな高級品を、ミラナはどうやって手に入れたのだろうか。


 俺のその疑問は、店主とミラナの会話で、そのあとすぐに解消された。



*************

<後書き>


 ちょっぴり(?)方向音痴なミラナが可愛いオルフェル君。


 魔石を買い取ってもらえると聞いて訪れた魔道具店は、メージョーとは違う高級な雰囲気。ミラナのビーストケージも、思った以上に高級品のようです。


 そのことに気付いた彼は、『いったいどうやってミラナはケージを手に入れたのか』と、首を傾げました。


 次回、第三十五話 ビーストケージ2~親子の店主~をお楽しみに!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る